第9話 一回目のお見舞い
保健室に行く途中、あたしは廊下で
彼女の気持ちを察しようと顔を
それを見て、嫌な予感がせずにはいられなかった。
よくわからないが、彼女はかなり衝撃を受けたのだろう。
「恵梨華、何かあったの?」
あたしの問いに、恵梨華は突然立ち止まり、こちらを向いてきた。
「
恵梨華の目は生きている人のものとは思えなかった。
「彩夏は、授業中に指を紙で切ったのに、血が大量に出てきて、全然止まらない」
恵梨華がそう言うと、廊下の血だまりに納得がいった。やはり、それは全部彩夏の血だったのだ。
それでも、確かにちょっとした切り傷でこんなに血が出るとは考えにくい。
「ところで、どこに行ってるの、恵梨華?」
彩夏が怪我したのに恵梨華がそばにいないことに、あたしは今更ながら違和感を覚えた。
友達が困っているときに、助けるのは当然だ。もしかして、恵梨華はそれを知らないのか?
「あの、もちろん彩夏のそばにいたかったんだけど、先生に
「叱られても構わないでしょ? 友達が怪我してるのよ。一人にさせる場合じゃない!」
――まったく、この生徒会役員というやつは! とやまやま言い足したかったが、恵梨華の
「ええ、そうなのね」
恵梨華は
「とにかく、時間がないでしょ? 今すぐ保健室に行かなきゃ!」
「でも、先生に――」
「先生のことはどうでもいいって! いいから行こうよ」
そう言って、あたしは恵梨華の腕を
彼女は驚いたせいか、全然抵抗しなかった。
恵梨華の気が変らないうちに、あたしは彼女を引っ張りながら、保健室に向かう。
やっとのことで保健室にたどり着くと、あたしは拍子抜けせずにはいられなかった。
なぜなら、彩夏がもうそこにいなかったから。
恵梨華がためらったせいで、手遅れになってしまったのだろう。
あたしは振り返って恵梨華をにらんだが、彼女は知らんぷりを貫いただけ。
「だから、今すぐ行こうと言ったのに……」
あたしは溜息交じりに恵梨華を叱った。
――生徒が生徒会役員を叱るなんて、立場が逆転しすぎていないか?
「すみません。確かに、私は石川さんの足を引っ張ってしまったね」
「
恵梨華はしばらく首をかしげていたが、数秒後、納得したと言わんばかりに頷いた。
そして恵梨華は心の準備として深呼吸をして、あたしの名前を口に出そうとする。
「ナナミ」
まるで言い慣れない言葉を言おうとするような
「うん、奈波でいい。覚えておいてね」
「ええ。とにかく、彩夏に会いたかったんでしょう?」
恵梨華の言葉に、あたしは思わず
「そうだけど、もう入院したよね。どこの病院に送られたのかわからないし、今日は会えないでしょ?」
「そうでもないと思うよ」
そう言いながら、恵梨華は何かが
「私、生徒会役員だからね。色々な情報を知っているわ」
それがどういう意味なのか、あたしにはよくわからなかった。つまり、今日はまだ彩夏に会えると言いたいのだろう。
そう信じて、あたしは一歩踏み出した。
頼もしさを取り戻した恵梨華に導かれて。
結局、恵梨華は近くに居合わせた保健室の看護師に話しかけ、彩夏がどうなっているのかがわかったようだ。
助かったが、正直言ってあたしは恵梨華の活躍にもっと期待していた。
「で、何かわかったの?」
あたしはこちらに戻ってくる恵梨華に訊いた。
「病院の名前は知っている。あと、今から行っていい、と言われたの」
「これが生徒会役員の力なのか!」
明日でもいいから、早く生徒会に入りたい。いろいろ便利そうだし。
「まあ……そうかもね。でも、悪用してはいけないよ」
「そういえば、図書館であたしを席を譲らせたのは悪用に入らないのかな?」
冗談めかして言ったが、恵梨華は真面目に答えた。
「いいえ。あのとき、君の態度がすごく悪かったから」
「あはは、それは否定できないね……」
あたしは嘲笑を浮かべて言った。
それから、あたしたちは会話を切り上げ、校舎を出た。
幸いなことに、病院はかなり近くにあるらしい。バスに乗ればせいぜい三十分かかるだろう。
恵梨華はどのバスに乗ればいいのかわからないようだったので、今回はあたしが指揮を執ることになった。
あたしはそれを悪用したい気分だが、まずはちゃんと彩夏の見舞いに行かないと。
⯁ ⯁ ⯁
長い階段を上ると、彩夏のいる病棟がすぐそこにある。
当直の看護師たちが病室内を歩き回り、患者を
あたしたちが病室に入ると、看護婦が出迎えてくれた。
恵梨華が事情を説明している間、あたしは病室内に視線を泳がせた。
「そうですか。風田さんの友達ですね。それなら、私についてきてください」
あたしたちは言われるがまま、看護婦に従った。すると、彩夏の寝ている姿が目に入ってきた。
看護婦は無言でカーテンを閉め、
「来たよ、彩夏」
恵梨華はベッドの横にしゃがみ込み、ささやいた。
あたしも彼女に釣られてそうする。
しかし、彩夏はあたしたちの声に微動だにしなかった。
小声で言ったから聞こえなかったのか?
「もっと大きな声で言ったほうがいいかも」
そう提案してから、あたしはまた彩夏に挨拶しようとした。
それでも、彩夏はただ眠り続けた。あたしたちの声が聞こえないのか?
「まあ、疲れているでしょうね」
恵梨華は肩をすくめ、溜息を吐いた。
「でも、なぜあたしたちの声を無視してるの?」
あたしの問いを盗み聞きしたのか、さっきの看護婦が戻ってきた。
「風田さんは昏睡状態なんです」
「コンスイ?」
あたしは聞いたことのない言葉に首をかしげ、看護婦をぼんやりと見つめた。
頭がよくないのを自覚していても、こういう時は恥ずかしすぎる。
「意識を失って眠り込むことなのよ」
看護婦より先に、恵梨華がその定義を解説してくれた。
「そうか……つまり、彩夏は何もできない?」
「そうです」
今回は看護婦が答えてくれた。
「あの……彩夏は元気になりますよね?」
「それは、まだわかりません。とりあえず、風田さんの看病をして、待つしかないです」
その言葉に、あたしも恵梨華もうなだれた。
彩夏が入院したばかりなのに、看護婦はもう、彼女が元気にならないかもしれない、と言外に匂わしている。
あたしは廊下で恵梨華を見かけたときと同じような嫌な予感がした。
看護婦は踵を返し、他のベッドに向かっていく。
ベッドの向こう側にしゃがみ込んでいる恵梨華を一瞥すると、彼女は途方に暮れている様子だ。
「学校に帰ろうかな?」
あたしの提案は恵梨華に無視された。
数秒後、恵梨華は立ち上がり、彩夏にこう言った。
「大丈夫よ、彩夏。君なら、この病気は克服できるはずなのよ」
彩夏には見られないだろうに、あたしは作り笑いを浮かべた。そして、恵梨華と同じように彼女を励まそうとする。
「そうそう! あたしたちは毎日見舞いに来るから安心してね!」
あたしはどうしても恵梨華の言葉を信じたかったが、嘘だとすぐにわかってしまった。
彩夏は、自分だけでは病気を克服できないのだ。だから、あたしは彼女を救わなければならない。
「あのね奈波、生徒会役員でやり残したことがあって、そろそろ学校に戻らなければいけないんだけど……。彩夏の面倒を見てもらっていい?」
言って、恵梨華は申し訳なさそうな顔をする。
「あ、実はあたしもこのあと用事があって……」
あたしは都合のいい嘘で返事したわけではない。
その用事とは、彩夏を救う方法を調べることなのだ。
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