第14話 サンドレッド
「アレクサンドラ様。宜しかったら、私共とご一緒に昼食はいかがかしら?」
廊下に座り込んでいるサンドレッドに見向きもせず、イオリティが義姉を誘って行ってしまった。多くの者が彼女に見惚れるようにしてその場を後にする。
(なんで?)
誰もサンドレッドを心配してくれなかった。
(なんで誰もわたくしを心配してくれないの?やっぱりイオリティ様のせい?)
ふらり、と立ち上がったサンドレッドは教室へ向かった。もう勉強などしている気分ではない。このまま王宮へ向かって王妃とお茶でもしようと、早々に帰る気だった。
(王妃様に選ばれたのは、わたくしなのに……!いつもいつも、イオリティ様が私のためのものを壊していく!)
連絡して馬車を呼び、乗り場へ向かう頃には少し落ち着いていた。
(でも、そうね。あの方は優秀だけれど……いつも愛されているのはわたくしだわ)
王太子ユアンも王妃もサンドレッドを大事にしてくれている。
お茶会だって望めばすべての予定より優先して開いてくれる。
(わたくしこそが、愛される妃としてユアン様の隣に立つのにふさわしいのだわ)
馬車に乗り込み王宮に着くころには自分の対する自信を取り戻し、いつもの愛らしい微笑みを浮かべることができるようになった。
王宮に着いて馬車を降りた途端、待ち構えていたのは王太子とストラリネ女史だった。
「よく来てくれたね、サンドレッド嬢」
「お迎えくださって、ありがとうございます。ユアン様」
サンドレッドは嬉しそうに礼をしたが、ストラリネ女史の眼差しが冷えたことに気づかなかった。
(やっぱり、わたくしの方が愛されているのよね)
ここにいないイオリティに対して内心で勝ち誇って見せる。
すっと王太子が近付いてきてサンドレッドの右手を掬い取った。
「今日からストラリネ女史とみっちり勉強することになっていたと思う。私のためにも頑張ってくれ」
にこやかに微笑まれてぽーっとなってしまい、反射的に「勿論ですわ」と強く頷いていた。
「では、女史。任せたよ」
すっと手を放し踵を返した王太子は、振り返りもせずにすたすたと行ってしまった。
「えっ……?」
サンドレッドが戸惑っている隙に、ストラリネ女史がさっと彼女の腕をとる。
「まいりましょう、コンタスト伯爵令嬢。舞踏会までみっちりと学んでいただかねば、我が国の恥を曝すことになります」
かなり冷たくきつい口調だった。
「え?」
護衛と侍女が音もなく表れて周りを取り囲み、逃げることも周りに何かを訴えることもできないようになっている。
「さあ、まいりましょう」
サンドレッドは無表情な人の壁に押しやられるように進むしかなかった。
学園の休みも重なったことから家にも帰してもらえず三日間勉強尽くしだった。
サンドレッドの頭の中にストラリネ女史の声が響き渡り、帰りの馬車の中でさえ冷たく鋭い指摘が聞こえてくるようだった。
泣き言も哀れを誘う訴えも一顧だにされず、淡々と授業を進められ、出来るまでひたすら繰り返すだけの時間。休憩も食事も指導が入り、出来るまでやり直しと繰り返しばかり。トイレと風呂と就寝のみが自由時間というスケジュールが三日続いた。
今まで半日もまともに勉強したことの無いサンドレッドにとって、苦行どころか地獄である。
それでも及第点とはいかず、明日の学園が終了したら王太子と同じ馬車で王城に戻って特訓再開だと言われた。
(ユアン様とご一緒できるのに……その後、勉強だなんて)
王妃に連絡を取ろうにも、すべての連絡手段を取り上げられており、家に帰っても誰にも手紙を出したり連絡をしたりすることができなくなっているそうだ。
学園の間も、連絡を取ることは控えるように言われた。もしばれた場合は舞踏会の参加は認められない。王妃からの誘いに乗った場合、最悪妃候補から降りてもらう。
陛下の侍従がやって来て、書状を読み上げたときはにわかに信じがたかったが、周りの視線が事実であると訴えていた。
(なんで、わたくしだけこんな目に)
イオリティはとっくに終わったと聞いた。何だったら今やっている内容は、彼女が一瞬で終了させた内容だとか。高位の貴族であれば当然の内容が大半を占めている、というストラリネ女史の言葉が意地悪にしか聞こえなかった。
(勉強好きのイオリティ様と一緒にしないでほしいわ!)
サンドレッドは愛が大切なのだ。可愛らしく愛される自分が王太子の重責を負うユアンを癒すのだと信じている。
(良いわ。明日、ユアン様にお話ししてみれば、どうにかしてくださるわよね)
可愛らしく、悲しげに訴えてみよう。
きっと大丈夫だと言われるはず。勉強ばかりしなくても、自分の可愛さは陰ったりしないのだから。
馬車が止まり、声がかかったので「開けて頂戴」と答えると扉が開かれた。
執事が待っており、馬車から降ろしてくれる。
「おかえりなさいませ、サンドレッドお嬢様。居間で奥様がお待ちです。このまますぐに、とのことですので」
そう言って有無を言わさずサンドレッドを案内する執事。
「お義母様が?でも、わたくし疲れていて――」
「なんでも、危急の知らせがあったとか。さあさあ、お急ぎくださいませ」
サンドレッドのセリフを遮り、追い立てるように進む執事。
(何なの、一体!)
むっとした気持ちが顔に出てしまっていたが、疲れて取り繕う気にもなれなかった。
執事が今の扉をノックして開いたのも、義母に呼ばれたもの全く気付かず、ふくれっ面のままサンドレッドは居間へ入った。
「サンドレッド、おかえりなさい。まずは、座って落ち着いてほしいのだけれど」
義母はそう言って彼女をソファへ座らせ、お茶を出した侍女を下がらせた。部屋には、義母と義姉二人と執事、そしてサンドレッドだけになる。
「はい」
お茶を一口飲むと、少しほっとした。
「今から言うことを落ち着いて聞いて頂戴」
義母は両手をぎゅっと握りしめてサンドレッドを見た。
「お父様が、伯爵が乗った船が嵐で座礁して、全員が安否不明になったそうよ」
「……は……?」
義母の言葉が耳を滑り落ちた。
「これを、読んで」
そういってテーブルに置かれたのは、一枚の報告書。
『期日から一月を超えても船が到着しなかったため、捜索したところ、違う航路で座礁し大破したコンタスト伯爵の船を発見。下級の乗組員と思われる死者が数名確認されたが、積み荷の大半と伯爵を始めとしたその他の乗組員は見当たらず、安否不明のままである』
簡単にまとめるとそう書いてあった。
「ど、どう言うことでしょうか……」
「そうね……。簡単に言うと、伯爵――お父様がどうなったか……生きていらっしゃるか分からない、ということ」
「そんな!」
「あと。船の積み荷や乗組員の補償等で、莫大な賠償金が発生するわ。――だから、場合によっては降爵位をして子爵か男爵になって領地を手放す必要が出てくるかもしれない」
義母のセリフが頭の中を滑っていく。
「降、爵位……」
「勿論、そうならない様に手は尽くすわ。だけれど、しばらくは新しいものを購入したり、出かけたりはできないものと思って頂戴」
「お、お父様が帰ってくれば……」
「ええ、そうね。帰って来てくだされば……。でも、荷の賠償はどちらにしても必要でしょうね」
かみ締めた歯の隙間から音をたてながら、義母が説明をするその言葉も現実のモノとは思えなかった。
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