第8話 王宮
王太子殿下に謁見を、となると大事になるのはわかっている。かといって婚約者候補として殿下に会いに、となったらどこから横やりが入ってくるかわからない。
少なくない葛藤を乗り越え、父に相談したイオリティは王宮へ上がった。
紋章付きの馬車は、御者と護衛達に囲まれている。
中を簡単に改めた門衛が下がると、再び馬車が走り出す。ここから王城の馬車停めまでまたしばらくかかり、そこで本人確認等がなされるのだ。
「イオリティ・カスリットーレ公爵令嬢の宰相室への訪問許可が降りております。ようこそ、リアンテ王宮へ。ご案内はこちらの騎士が行います」
お供の者全員の確認が済み、待合室に待機する者とイオリティに付き従う者の確認もなされた。
宰相室の父の元にむかうのは、イオリティとヘレナ、ナナに加えベテランの公爵家の護衛だ。物心着いたときから守ってくれる頼れる中年だが、如何せん顔も身体もごつい。
華奢なイオリティと可憐なヘレナ、可愛らしいナナと居ると犯罪者のように見える。
「周りの視線が、相変わらず失礼ですな」
護衛が楽しそうに呟いた。
「いつも、こんな感じなんですか?」
びっくりしたナナが小声で問いかける。
「まぁ、美しく可憐な華々に従うことのできる対価でしょうか」
ドヤ顔で胸を反らせる護衛。
「この顔と見てくれに恐れ戦いて、お嬢様にちょっかいを出す輩がいなくなってくれれば、重畳ですな」
はっはっはっ。
あっけらかんとした護衛は、イオリティが妃教育で王宮に通っていた頃、他の候補達やその関係者からのちょっかいを防いでくれていた。
「今回は、過剰戦力ですが」
ヘレナを見て、護衛はにやりと笑った。
「あら、貴方も充分過剰よ。王宮騎士では見ないレベルだわ」
前にいたヘレナが、振り返らずに答えた。
「お褒めにあずかり、光栄です」
和やかな雰囲気で進む四人を案内する細身の騎士二人は、何時も以上に緊張している。
公爵家の護衛だけでなく、辺境伯家の令嬢まで居るのだ。何かあって彼らが敵に回った場合、剣を抜くことなく首と胴が伐り離される未来が待っている。
「こちらで、我々は失礼致します。お帰りの際はまた誰かしら案内を着けますので、ご連絡をお願いいたします」
ほっとした案内の騎士が四人に告げる。王宮内は、そこで働くものや許可の有るもの以外の単独行動を認められていない。
「ありがとうございます」
イオリティは笑顔で御礼を伝え、宰相室の前の護衛騎士に来訪を告げた。
「ようこそおいで下さいました。宰相閣下がお待ちです」
騎士によって扉が開かれる。
内側にはさらに廊下が垂直に伸びており、扉がいくつか見える。
そこに控えていた侍従の一人が頭を下げてから、4人を案内する。
「閣下は執務室でお待ちです。」
奥に有る扉へ案内され、そこを守る騎士に中へ入れてもらう。
扉の内側にはいくつかの机があり、左奥に大きな宰相の机ーーそこにイオリティの父がいる。
護衛は、扉の横にスッと控えて立った。
イオリティはヘレナとナナを従える形で、父の元へ進む。
「あぁ、良く来てくれたな、イオ」
眼鏡を外して柔らかく微笑む宰相に、3人は頭を下げた。
「お忙しいところに、申し訳ありません。こちら、差し入れです。皆様でどうぞ」
イオリティが告げ、ナナが近づいて来た文官に籠を渡す。
「そうか。ーー皆、しばらく休憩にしてくれ」
その言葉で文官達が立ち上がり、頭を下げて部屋から出ていった。
「我々も、寛ぐかな?」
いつの間にか現れた宰相の専属執事がヘレナから小さめの籠を預かり、部屋の隅にある会議テーブルにセットしていく。
「優雅な場ではないが、少しは寛げると思う。ーーイオは、こちらに」
宰相が机の後ろの本棚に隠れた扉を開き、娘を入れた。
「節度を保つようにお伝えはしてあるが……くれぐれも、な」
「……はい」
(節度を、と言われるような関係ではないと思うのに)
返答に困る忠告を受け、宰相の仮眠室へ入る。
小さめのソファーセットと、仕切りの奥にベッドや浴室なども備えられた部屋だ。
ここには、代々の宰相が制約に縛られた上で内密にしている王族専用の秘密通路に通じた入り口も有る。
背後で、扉が閉まる音がした。
「良く来てくれたね、イオリティ嬢」
ソファーに座るのは、王太子だ。
「お会いできて光栄です、殿下」
優しい声がかけられたので礼を以て挨拶をすると、くすりと笑う気配があった。
「二人きりだから、俺もイオとよばせてもらうよ。良ければ、ユアンと」
随分寛いだ口調だった。
「畏まりました」
とはいっても、そんなに簡単に呼べない気がする。
「いつも、なかなかゆっくり話が出来ないから、今日は楽しみにしていたんだ」
ソファーを勧められてイオリティが座ると、王太子は用意されていたお茶に口を着けた。
「少し冷めているかもしれないが、機密性を高めるため、と思ってくれ」
「もちろんです」
イオリティはじっと見られてるのが気恥ずかしくて紅茶を口にするが、飲み込みにくくて仕方ない。
「あ、の……ユアン様?」
マナー違反と言えるくらいじっと見つめられ、自分が何かをしてしまったのかと思うが、責めるような眼差しではない。
「あぁ、すまない。つい……」
にっこりと微笑んだ王太子は、漸く視線を外した。
「イオが俺に会いたいと言ってくれたのは、初めてだな」
ほっとした途端のこの台詞だ。
「ええ、その、はい」
決められたお茶会のみで会うことが、暗黙の了解となっている。それ以外は相応の事由なくては婚約者候補とは気軽に会うことなど出来ない。
「本来なら、お茶会でしか会えないのが原則だが……まあ、母上がサンドレッド嬢を側に置きたがるせいで、不平等なことになっているからね。俺も、そろそろイオとの時間を作りたかったんだ。今回、君から言ってくれて本当に嬉しいよ」
王太子が個別にイオリティと会わなければと思うほど、サンドレッドと会っているらしい。
(平等にしなくちゃいけないのも、大変ね)
「そうでしたか」
上手く、笑えているはずだ。
(二人きりの時にユアンと呼ばせるのも、平等なんでしょうね)
前回のお茶会で、サンドレッドが『ユアン様』と呼び掛けてから言い直していた。
(ーーそっか……)
名前呼びを知られてしまったし、片方に呼ばせたのだから、もう片方にも……ということか。
(サンドレッド様が口を滑らせなければ、それもなかったかもね)
ふと王太子を見ると、麗しの顔には眉間のシワが現れていた。
(何か、失敗した?笑顔はちゃんとできてたはずよね?)
「俺は、君を怒らせたのか?」
王太子の口から小さく呟きが溢れた。
「え?」
うまく聞き取れず王太子を見たが、言い直すこともなくこちらを見つめたまま黙ってしまった。
(ええーと、どうしてしまったのかしら?何か大事なことを聞き逃した?ーーいえ、そんな感じじゃなさそうだわ)
どうにか空気を変えられないかと焦るが、丁度よい話題が浮かばない。
(あ、そうだ)
袖口に隠した魔道具から小箱を取り出し、袖から出したような見せかけながら、テーブルの真ん中へ置いた。
「こちらは、ユアン様へのプレゼントです」
「ありがとう。開けても?」
「どうぞ」
中からブレスレットを取り出し、あちこちから眺めた王太子は、イオリティを見た。
「これはーー魔道具?」
「はい。私が造りました。使い方は、そちらの紙にあります。家族とごく親しい者にしか渡しておりませんので、時が来るまでご内密にお願いいたします」
「そうか……。ありがとう。嬉しいよ」
先ほどとは打ってかわった満面の笑みで、王太子はブレスレットを腕に着けた。
「これは、本当に便利だな」
(良かった。ご機嫌がよくなって)
どの様な使い方をするかなどの話をしていたら、あっという間に終わりを迎えてしまう。
「また、是非ゆっくりと話をしたい」
たとえ王太子からの社交辞令であろうとも、イオリティは嬉しさを感じていることを自覚してしまった。
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