第7話 魔道具
実に十日。
携帯できる収納魔道具ができあがった。
細身のブレスレットに小さな魔石がずらっと一列に並んではめ込まれている。その一つ一つに様々な衣装や装飾品などが入っており、出し入れができる。
一つの石に一つのアイテムを収納してあるのだ。いくつかは未だ空であるが、これなら当面の生活に支障は無い。いざというときの備えにもなるはずだ。量産できれば、騎士や兵の遠征などでも重宝するだろう。
問題は魔力量の少ないものには重く感じる、という点だ。
コンコン。
「どうぞ」
「失礼いたします。……あ、完成したんですね」
お仕着せ姿のナナが、カートに食事を乗せて入ってきた。
「取り敢えずね。求めているものには、程遠いけれど……」
物を出し入れするのは誰が使っても出来るが、変身のような機能は魔力消費が激しすぎて、実用的ではない。操作性も不安定で、下手をすると袖に首を突っ込んで窒息……ということもあり得る。
とは言え、これだけでもかなりの大発明だ。
「これ、光魔法を使ってないんですね」
「!」
ナナのセリフに、一瞬動揺が走った。無属性なら、もの凄く使った。それはもう、ふんだんに。
「魔道具の研究だけじゃなくて、属性魔法の研究もお忘れなく」
「忘れていたかったわ」
無属性の研究も兼ねてるの、とは言えない。光魔法を忘れたかったのも、事実だ。
「この魔道具に、組み合わせられないんですか?」
「光を?」
「いやまあ、確かに、できそうな感じは少ないですけどねー」
「いえ、いいアイディアよ!ありがとう、ナナ」
イオリティは微笑んでお礼を伝える。
「では、私の業務はこれで終了ですので、今から自分の研究にかかります」
「ありがとう。ナナも頑張ってね」
「最近忙しそうだったけれど、成果はでたの?」
サロンの個室付給仕を下がらせて、ガチガチに緊張したナナにお茶を勧めた途端にこれだ。
「せっかちね、ヘレナ」
「あら、申し訳なかったわね。初めまして、ナナ。ヘレナ・ストラディアよ。私とも、ぜひ仲良くしてちょうだい」
令嬢としておっとりした色気を醸しながら、目の奥では獲物を狙っている鋭さを閃かせているヘレナ。
「ナナと申します。宜しくお願いいたします」
緊張と恥ずかしさと本能的な恐怖で、ナナは頭を下げるのが精一杯だ。
「これ、ヘレナへのプレゼントよ」
小さな箱をそっと渡す。
「あら?ありがとうーーまあ、可愛いわね!私の瞳に合わせてあるなんて、嬉しいわ」
ヘレナの色を使った細身のブレスレットは、彼女が持つとしっくりくる。早速、利き手で無い方に着けた。
「これ、魔道具なのね……」
ヘレナは色々と触り、仕組みを理解したらしい。
昨夜渡したイオリティの家族は説明するまで魔道具とは気付かなかった。ナナにも渡してその場の全員に他言無用を誓わせた。
使うのが楽しみだわ!と母の興奮した気配に少し引いたが、ばれないようお願いするに留めた。
「流石ね、解るの?」
「辺境伯家の人間を舐めないでよね。これ、なんだか中が広いの……?」
「え、そこまで解るんですか?」
ナナがびっくりしすぎたのか、緊張も忘れて問いかけた。
「ざっくりとだけど。魔石の中に空間を創ったのね……。へえ。わたしにはできない魔力の使い方ね」
「使い方はその中の手紙に書いておいたわ。家族と親しい人にしか渡していないから、まだ公にはしないで欲しいの」
「勿論よ、こんなに素敵なものを本当にありがとう!家族や婚約者にだって、内緒にしてみせるわ」
そう言ったヘレナは、にやりと笑った。
「#親しい人__・__#に渡すなんだからーー当然、殿下にも献上するのよね?」
「ーーえ?」
「だって、大事な婚約者候補だわ。ーーねぇ?」
ヘレナはわざとらしくナナに同意を求めるように微笑みかけた。
「え、いや、その……」
ちらり、と助けを求めてナナを見やるも思い切り裏切られる。
「ちゃぁんと御用意されてたではありませんか」
にまにまとイオリティを見返すナナ。
ぶわり、と顔の中心から熱が広がり視界の端がぼやけてくる。
「そ、そうなんだけど……その……」
扇を取り出して軽く扇ぎ、口元を隠しながらちらり、ちらりと二人を見る。
「それなら、きちんと渡していらっしゃいな」
ヘレナはにやりと笑みを深め、紅茶に口をつけた。
「どうせ、#あの方__・__#に遠慮してるんでしょう?」
「そ、ういう訳でも、ないんだけど……」
渡していいものか。受け取ってもらえるのか。
サンドレッドなら素直に渡して、喜んで受け取って貰えそうなのに、と思う。
「大丈夫よ。もしバレても、あの方ならちゃーんと嘆き悲しんで、周りを巻き込みまくって、悲劇のヒロインとして振る舞ってくれるわ」
ぶふっ。
ヘレナのセリフに、ナナの喉は耐えられなかったらしい。ごぼごぼと咳込みながら、ハンカチで口元を押さえるが、肩は小刻みに揺れている。
「だ、大丈夫?!」
「は、はい……ぶっ。申し訳ありません……ふくっ。あの、方は、やっぱり、いつもそんな感じなんですね……くくっ……こほっ」
イオリティとともにいる時、何度かサンドレッドに遭遇した。その結果、アレは小さな天災だなとナナは結論付けた。
イオリティがどのような言葉を返しても、自分を哀れな存在に位置付けることができるのだ。
(ナニコレ、嫌がらせ?)
初めての遭遇で抱いた疑問だった。話しが通じないなんてものじゃない。一人舞台の演出にされるのだ。
イオリティが言質を取られないように話せているのが凄い。
「アレ、かなり精神的に疲労が溜まるのよ……しかも、悪意がないからーー余計にタチが悪くって」
あー、とナナは頷くしかなかった。
サンドレッドの凄い所は、絶対に他者を悪く言わないところだ。他者を持ち上げたり、ちょっとした言い回しで己を悲劇の中に放り込み、周りの哀れを誘い、味方につける。
劇場を展開する
「王宮で渡せば良いじゃない。あの方が学園にいる時で、殿下が執務で城にいらっしゃる時があるでしょう?」
優秀な王太子は卒業資格を当然得ているため、生徒会のためだけに学園に訪れる。
「そうね……」
そこまでするものか、と思う。
「イオがしてるブレスレット、殿下からのプレゼントでしょう?お返ししなくて良いの?」
「は!?えっ?!な、なん……?」
(なんで、知ってるの!?)
動揺のあまり、言葉を紡げないイオリティにナナがキラキラとした目を向けている。
「そのお話、ちょっと、詳しく聞きたいです!」
「話すことなんて、特にないのよ。突然渡されただけなんだから」
言われたのは、常に身につけることだけ。
「プレゼントを貰ったなら、ちゃんとお返しが必要よね。こっそりいただいたなら、こっそりお渡しでいいとと思うわよ」
「ちょっ」
済ました顔で紅茶を飲むヘレナが憎たらしい。
「だって、明らかに貴方と殿下の色じゃない、それ」
そう言ってヘレナが目をやった先にはイオリティの手首に光る細身のブレスレット。慌てて隠すも、ナナもヘレナもしっかりと見た後だった。
「でも」
「あら、ーー何が不安なの?」
ヘレナに言われ、イオリティの視線がブレスレットに落ちる。
「サンドレッド様は、もっと違うものをプレゼントされているかも知れないのよ。それに、わざわざ御礼を差し上げて、ご迷惑になるかもしれないわ」
現在の学園でのお茶会にしても、以前の妃教育中のお茶会にしても、サンドレッドが他の候補より優遇されていたのは、確かだ。
「そんなに心配しなくても、ちゃんと付き添ってあげるわよ。私の方が、下手な護衛より良いと思うわ」
「あ、あたしも侍女としてついて行きます!」
心強い申し出だが、気恥ずかしくもある。
「せっかく作ったんですから。だめだったら、持ち帰りましょう!やらずに後悔するのは、ダメですよ!後々、絶っっ対、引きずります!」
ナナのいう通りかもしれない、とイオリティは頷いた。
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