第6話 公爵家

「公爵家に、住み込み、ですか……?」

 ナナがびっくりしたように問い返してきた。

 昨日、王太子とのお茶会が終わって家に帰った後、次兄のトリスタンにいらないことを言うなと釘を刺しつつ物理的に締め上げ、父親と相談をした。

『無属性?光だけでは無く、か』

 父親には、国王だろうが家族だろうが秘密にして貰うように制約魔法を駆けた上で、少しばかり省略して話をした。

『ええ、ですから両方の研究をしようと思っています。最近の王妃殿下の動向を鑑みても、切り札としておくべきかと。光魔法しか周りに知られていませんので』

 そのための制約魔法だ。

『目立つような功績を表に出すのは、今後が決まってからでも良いかと。ーー婚約者を決めてから教育を終わらせればいいとお考えかもしれませんし』

 王妃の贔屓はそれくらいの予想を匂わせる。

『悪意はないが足らない者を王太子妃にするのは、愚策とも言えるが』

 二人きりで、しかも防音の施された部屋とは言え、はっきり言うものだ。

『やはり、悪意はないと思われますか?』

 サンドレッドから明確な悪意を向けられたことは無い。私の方を見て、私の方が頑張ってる、私の方が……というアピールが多いだけ。

『悲劇の主人公ぶっているうちは放っておけ。どうせ同病相哀れんで居るだけだ』

(きっつー。はっきりいいましたね、お父様)

『解りました。それと、以前勧誘した専属侍女候補のナナですが、火炎魔法と判明しました』

『ーー!』

 父親の驚いた顔を見たのはいつぶりだろうか、などのんきなことを考えていると

『それは、また、強力なカードを、手にしたものだな』

 絞り出すように答えた父親に微笑んだ。

『契約を済ませておいて僥倖でした。ただ、今後を考えて寮から我が家へと居を移すべきではないかと思っています。勿論、周りには炎魔法と伝えることになっております』

『そうだな。すぐに手はずを整える。可能なら明日にでも越せるように』

『はい』

 そして、現在に至る。

「悪いけど、学園には連絡しているので今日はお休みして、引っ越しして貰うわ。勿論、雇用の繰り上げとなるので給金も発生します。放課後に少しずつだけど、基本的な侍女教育も受けてもらうようにしたわ。ただし、学業優先にしている分、給与は安いけど、衣食住は保証する」

 強引で申し訳ない。

 だが、お互いの身の安全や諸々を考えると急ぐのだ。

「最高の条件ですね!勿論すぐに参りますとも!」

 前のめりに答えられた。

「良かったわ」

 公爵家から連れてきた侍女と侍従の手を借りて、すべての荷物を魔道車に乗せるのに二時間ほどかかり、退寮手続きを終えて屋敷に帰ってきてくつろいだのは昼前だった。

 ナナの家族に状況を説明する手紙を出さなくてはならない。

 お仕着せを身につけ、部屋にやってきたナナを見てほっとしたイオは、早速ナナに伝えた。

「家族に前倒しで働くことになったことを伝えてくれる?雇用条件等は筆頭執事から聞いていると思うけど」

「はい、最っっ高の条件でした!ありがとうございます」

 めっちゃ笑顔だ。

 横に控える初老の筆頭執事を見ると

「勿論です。貴重な魔法の使い手で、後に王宮でお嬢様にお仕えする予定のご学友。それに加え学業の成績も優秀であれば、好条件での雇用は必至。礼儀作法などはこれから学んでいただきます。必要であれば、家柄もご用意するとのことです」

 こちらもいい笑顔で答えられた。

「良かったわ。ナナのご家族に、事情を説明した手紙を我が家からも出すように。後、学業優先は譲れないわ」

「そのように手配しております。学生の間は給金が少なくなりますが、生活そのものは以前より良くなるはずです」

 筆頭執事の言葉に安堵して、イオリティはナナを下がらせた。

「では、お昼になさいますか?」

 朝登校前に昼は部屋で簡単にませると伝えてあった。

「そうね。図書室に行くから、準備ができたら呼んでくれる?」

「かしこまりました」

 無属性創造魔法がどのようなものかがいまいち解らないため、こっそりと調べなくてはならない。なんとなく使い方は解る気がするのだが、試行錯誤が必要だ。初めて手に入れた今までに無い新機種のIT機器の活用方法の様なもどかしさ。

(……余計解らなくなったわ……なに、IT機器って)

 自分で自分に突っ込む羽目になるとは思わなかった。前世が無駄に小出しされてくる脳内で、アイデンティティーが脅かされそうだ。





 その辺の民家よりもはるかに大きな図書室は、広大な屋敷の奥に位置する。あらゆる分野のものを取りそろえているため、かなりの規模だ。今朝のうちに特殊属性に関しての本を準備しておくように司書に伝えてある。その中で必要なものを順に探そうと思っているのだ。

「お待ちしておりました、お嬢様」

 公爵家の司書は二人。そのうちの一人は年配の女性で、イオリティの求める本をいつも的確に見つけてくれる。

「特殊属性に関する本はそれなりの量がございました。まずは、こちらの二冊からがよろしいかと思い、ご用意いたしました。特殊属性の基本事項から全般に関して学園の教材より詳しく載っております。そしてこちらが、特殊属性の中でもさらにまれな属性に関するものです」

「さすが、完璧ね」

 本当に彼女は外さない。

「こちらは、持ち出していいのかしら?」

「はい、汚さないようにお気をつけくださいませ。希少本ですので、本そのものに価値があります」

 ということは、内容は写し済みだが、本自体に何らかの価値や仕掛けがあると言うことだろう。

「解ったわ。ありがとう」

 二冊の本を持ってきた布に包み、扉の外に控えていた侍女に渡して部屋へ戻った。本を包むのは、保護と情報漏洩を防ぐため。誰が何の本を持っているかという何気ない情報が漏れることは無いだろうが、それでも気を遣わなくてはならない。

 自室で簡単に昼食を済ませ、お茶を飲みながら本をじっくりと読んだ。

 過去二回に現れた光属性の成し遂げた偉業がすごすぎて、もはやファンタジーだ。

 荒廃していた土地を祝福し、豊かな土地に変えただとか。疫病を食い止め、治癒してまわったとか。魔物が氾濫した時に一斉に浄化してしまったとか。戦争時に兵士の負傷と死を癒やしたとか。邪悪なものを滅っしただとか。邪龍を結界で封じただとか。

(ファンタジーだわ。ファンタジーの世界に居るのに、さらにファンタジー)

 ファンタジーがゲシュタルト崩壊しそう。

 無属性に関しては、魔力そのものを使っていろいろなことができるのが解った。主に体を守ったり強化したり、武器を強化したり、魔力そのものを飛ばしたりなど色々できる。少し負担が大きいが他属性の魔法のように使うことも可能だ。そして、創造魔法は魔力でものを加工したり、作り上げたりできる。一から作り上げるのは半端ない量の魔力と負担を要する。

 とりあえずは加工から、というところだ。

 夕食後、錬金部屋ーーこだわって作りすぎて小屋とも言えるーーの一角の使用許可をナナに出した後、ほとんど履かない靴と魔石を組み合わせて、携帯用の靴にできないかを試してみた。

 大きさを変えると、もとに戻すのが難しく大きくなりすぎたり、形が崩れたりする。ならばそのままで、収納できないかと考えてみた。少し良い魔石の内側に特殊な空間をつくり、そこへ入れてしまえばいい。

 そこまでは簡単だった。

 問題は、脱いだ靴を再び収納する手間を省くことだった。

 子どもの好きな戦隊もののように一瞬で着替えられ、脱いだものを収納してしまいたい。前後ろ、身につける場所、順番などを間違えずに取り付けられるようにするには、それなりの複雑な手順が必要になってくる。

 また、すべて一度に着替えるのでは無く、望む部分のみ着替えられなくてはならない。

 試行錯誤を繰り返さなければ。

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