離合

 西支部内の廊下。


 副長のサードと、その副官のカゼッタが支部長室に向かって歩んでいる。


 反対側からは、同じようにもう一人の副長であるネリドルと、その副官のアンナがやってきた。


 支部長室のドアの前で、サードとカゼッタ、ネリドルとアンナが鉢合わせし、立ち止まる。


 サードとネリドルの両副長はお互いに眉をしかめ、無言で睨み合う。


 しばらくして、まず先にネリドルが口を開いた。


「先輩、例の査問会、何でメンバーが総入れ替えになってんですか?」


「中央の犬ばかりだと偏った判決になるから俺の方で変えといた」


「変えるも何も、もう筋書きは決まってるんですよ。最初から。中央に逆らう者の末路には死しかありません」


「んなこたぁねえだろう。現に俺はこうして生きている」


 馬鹿にしたような微笑を浮かべるサード。


「ベルダス中級司令官殿への釈明、どれだけ大変だったと思ってるんですか」


 恨み節を吐くネリドル。


「ほお、ベルダスの野郎が納得したのか?」


「納得してもらったんですよ。誠意をもって、粘り強く話して」


「なぁ~にが誠意だよ。そんなんであいつが意見変えるわけねえだろ。どんな魔法使った? 弱みでも握ってたのか?」


「どうでもいいでしょうそんなの。今回、先輩のせいでこんなことになったって、ベルダス殿にはきっちり伝えさせて頂きました」


 ネリドルが言うと、サードは鼻で笑った。


「へっ、そりゃあ事実だからな。正直でいいじゃねえか。今度会ったら伝えとけ。気に食わねえなら直接俺に言えってな」


「もしこれで、死罪以外の判決が出たらどう責任取る気ですか?」


「支部長の許可は得ている。俺と支部長の責任ってことになるな」


「支部長が自分の発言に責任を取ると思ってるんですか?」


「別に、査問会の判決が正当なものだったら、俺だって責任取る気はないがな。死罪だけが正しい判決とは限らん」


「王国説は異端だ。異端者は白女神の名において殺すしかないんですよ、殺すしか。査問官を変えただけで判決をねじ曲げられると思ったら大間違いです」


 ネリドルがそう言い、上下の犬歯を剥き出しにして歯を食いしばった。今にもサードの喉笛に食らいつかんばかりの、理性をかなぐり捨てたような狂気の形相。最早一個人としての尊厳は感じられず、これでは名実共に中央の犬そのものである。

 

 普段は他人の見えていないところで、適度かつ上手に手を抜き休むネリドルにしては珍しく、ろくに睡眠も取っていないのか、目は真っ赤に充血し、まぶたの下に浮かぶくまも酷かった。


「どうかな?」


 ニヒルな笑みを浮かべ、軽く言い返すサード。それを聞いたネリドルは人の悪い笑みを浮かべた。


「こっちはまだ切るカードが残ってるんです。当日をお楽しみに」


 ネリドルが密かにゴダ派の側近であるガブ法務官に、異端審問の条文解釈について何かしらはかっていることはサードも把握していた。それだけでネリドルが何をしようとしているのか、大方の想像がつく。ガブはどのような無理筋な屁理屈をこねてでも、中央の意に適う法解釈をひねり出すであろう。


 ただ、サードも負けてはいない。


「ネリドル、切り札ってのは、最後の最後まで隠し通すもんだ。戦場で散々教えてきたはずだぞ。お前はいつもそうやって調子こいて、手の内を敵に話したがるんだ」


 ネリドルがまだ手札を残しているように、サードも査問会の当日までに、まだ切れる手札を持っている。無論そんなことはネリドルに対し軽率に口にしない。


 サードとネリドル、お互い切り札を使った後は、査問会は純粋にサード派閥とネリドル派閥の政治力及び組織力の勝負となろう。


「もう私と先輩は対等の副支部長なんです。いつまでも先輩風吹かすのやめてもらっていいですか?」


「だったら困ったときだけ後輩面して泣きついてくるんじゃねえよ。それよりネリドル。何で今度の東との演習中止になったんだ?」


 話題を変えるサード。


「中央から変な疑いを持たれないよう、私の方で断っときました。支部長の許可は得てます」


「いやいやいやいや、白軍の支部同士が演習することの何が悪い? 何の障りがある? ええ?」


「そんな建前、中央には通じません」


「勘弁しろよお前。東に不義理切ることになったじゃえねか」


「東が中央に対し、圧倒的な不義理をしている事実が先にあるんです」


「お前、ウォルダ副長にどうやって断った?」


「ああ、何のこたぁありません。サード副長の立場を悪くする恐れがあるって言ったら、先輩に気ぃ遣ってすぐ承知してくれました」


「うわっ、お前、そこで俺の名前出したのか。お前って奴は……」


 苦虫を噛み潰したような表情をするサード。横に立つカゼッタの表情も曇る。


「はい出しました」


「そうかよ」


 サードは不機嫌そうに言い捨て、ネリドルとアンナの脇を通り過ぎた。カゼッタも続く。


 ネリドルとアンナも止めた歩みを進めたが、ネリドルは数歩歩いて思い直したように足を止め、サードの方に振り向いた。


 直後、支部長室のドアが開き、ゴダがのっそりと姿を現す。葉巻を片手に。査問官の総入れ替えと東支部との合同演習の中止、その両方に許可を出した張本人である。


 ネリドルはゴダに構わず、サードの背中に言葉を浴びせた。躊躇しつつも辛そうに、そして、堪えきれぬように。


「我々が中央に逆らって生き残れると思ってるんですか! 先輩は中央の恐ろしさを分かってない!」


 それを聞いたサードとカゼッタが立ち止まり、ネリドルの方を振り向く。


 そして。


「ネリドル、中央におもねれば生き延びれると、まさか本気で思ってるのか? お前は中央の恐ろしさを分かっていない」


 サードは言葉は荒立てぬものの、圧の強い口調で言った。


 両者、ゴダを挟んでしばし睨み合った後、二人の副長とその副官は再びそれぞれの方向に向き直り、廊下を歩いていった。


 ネリドルが去り際に、疲労と憔悴、そして負の感情を帯びた真っ赤な目でゴダを一瞥した。ネリドルの副官のアンナも、大きなレンズの丸眼鏡の奥から恨みがましい粘着質な視線をゴダにぶつけたが、両者の視線に気付いているのかいないのか、ゴダは泰然と葉巻をふかすだけだった。


「もし死刑判決が出るようなら、本当に西支部ウチはお終いですよ。そうなったら副長よりも先にここを見限るかもしれません。そのときは、申し訳ないですけど本当に」


 カゼッタがサードにかける言葉が微かにゴダの左耳に入ってくる。


「知った風なこと言ってんじゃねえ」


 そんな発言をした副官に対するサードの不機嫌そうな文句も。


「サード副長もいずれ思い知るでしょう。中央に逆らうことの愚かさを。異端の説を流布し秩序を脅かす者達に慈悲などいりません」


 アンナがネリドルにかける言葉が微かにゴダの右耳に入ってくる。


「分かったようなこと言わないでよ」


 そんな発言をした副官に対するネリドルの不機嫌そうな文句も。


 一人残ったゴダは、咥えた葉巻を手に取り、溜息と共に煙を吐いた。




<終>

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