末期状態(2)

 アールとエールを含む護衛兵達はその場に留め置かれ、別館の宿舎の方へ案内されていった。


 代表者であるゴダ、ネリドル、カゼッタの三名だけが施設内に通される。


 馬車を降りた後もナバの先導で南支部の施設内を歩いていくが、ゴダ達は周囲の将兵達から刺すような、冷ややかな視線を一身に浴びせられる。


 完全に敵地に乗り込んできたかの如く。歓迎ムードは微塵もない。


 ゴダは先ほどから尿意を催しており、到着したらまず一番にトイレに行こうと思っていたが、まるで罪人の護送のようにいそいそと廊下を通されるものだから、話を切り出すタイミングがつかめない。


 ナバに通されたのは、まるで納戸を急遽片付けたような、埃っぽい狭い部屋だった。


 部屋の隅に背もたれのない丸椅子が幾つも重ね置れ、とりあえず避けといたような備品が部屋の隅に寄せて置かれている。


「ここで待ってて下さい。後はエリナっていう女性兵が担当するんで、エリナが呼びに来るまで大人しくここで待ってて。あ、勝手に外出ないで下さいねー。変に悪目立ちして騒がれても面倒なんで。いちいち説明しなきゃいけないし。じゃ、こっから先は俺もう一切関係ないんで。何かあったらエリナに聞いて下さい。さよなら」


 ナバが一方的に言いたいことを話し、それを聞いたこちらの反応すら確認せずに部屋を出ようとしたので、慌ててゴダが呼び止める。


「おい!」


「はい? 今俺エリナに聞けっつったの、聞いてませんでした? 俺はここまでなんで!」


 ナバが嫌そうな顔をして振り向く。


「トイレはどこだ? 馬車の中からずっと我慢してたんだ!」


「……うわ、めんどくせー」


 ナバが更に嫌そうな顔をする。


「勝手に出ちゃ駄目なんだろ? 何ならここでしたっていいんだぞ!?」


 ゴダがズボンのチャックを開けて脅す。


 ニヤニヤ笑うネリドル。カゼッタは呆れ顔。


「はいはい、今教えます。こっちです。それじゃあ他の人達も一緒に済ませちゃって下さい」


 ナバに促され、ネリドルとカゼッタも立ち上がり、トイレに案内されて仲良く三人で連れションする。


「随分な歓迎ですね……」


 隣の小便器で用を足しつつ、ネリドルが嫌そうな顔をして言う。


「ああ」


 放尿しつつ真正面の壁を見ながら、ゴダが言った。


 トイレを終えると先ほどの部屋に戻される。


 ナバが去ってから、茶の一つすら出ない。


 黙って待っていたが、いつまで経ってもエリナなる人物は来ない。


 更にしばらく待つと、ようやく南の兵達の数名がドアを開けて入ってきた。


「おお、始まるか」


 ゴダが言う。


「あのー、すいません、僕らこの部屋今から打ち合わせで使うんですが……」


 兵達が困惑したように言う。


「えっ? ナバという兵に、ここで待つよう言われたのだが」


 ゴダが言う。


「いや、そう言われましても……。ほら、打ち合わせで使うって、僕達予約して押さえてるんです」


 兵の一人が壁にかかっているコルクボードの『予約表』を指差す。


 簡素なカレンダー風の予約表には、確かに冬の90日に彼らの代表の名前(であろう)が書き込まれていた。


「じゃあ、我々はどうすればいい?」


 ネリドルが兵達に問う。


「知りません。ナバに聞いて下さい。とりあえず、まず部屋だけ開けてもらっていいですか?」


「ナバはどこにいる?」


 ゴダが問う。


「すいません、ちょっとこれから打ち合わせなんで」


「エリナという女性兵は?」


 更にゴダが問う。


「ホントすいません。とりあえず部屋だけ開けてもらって」


 兵達は露骨に話を打ち切りたがっており、関わることを嫌がっている様子だった。


 仕方なく、ゴダ達三人は部屋を出る。


 その刹那、光の速さでドアが閉まる。


 どうしようもないので、三人は部屋を出てすぐの、廊下の隅で並んで立ったまま待つことにした。


「何なのあのおっさん達?」


「知らない。西支部?」


「何しに来たの? 怖っ」


「知らない。何なの? 気持ち悪いんだけど」


 壁を挟んだドアの向こうから兵達の声が漏れてくる。


「聞こえてんだよね~……」


 ネリドルがうんざりしたように、ぽつりと言った。カゼッタも重苦しい溜息をしつつ「参りましたねえ」とこぼす。


「カゼッタ、事ここに至ってはブロテス殿の言葉を信ずるのだ。今という時はただ、ひたすらに信ぜよ。ブロテス殿は必ず南に話を通してくれている。ミラハ殿は、南支部は、洗礼を決断したのであると。一度信じてみようではないか、カゼッタ。『人』というものを。人を疑うは人、人を信ずるも、また、人なり


 ゴダが自分に言い聞かせるかのように、カゼッタに言う。


「はい。信じます……」


 カゼッタは答えるも、どうにも腑に落ちない様子であった。


「カゼッタ君、信じないでいいよ」


 ネリドルが小指で耳の穴をほじくりながら、冷めた様子で軽口を飛ばす。


「あれれ~!? おっかしいぞ~!? 何か言ったかぁ~、ネリドル?」


 ゴダがネリドルをじろりと一睨みすると、彼は「い、いえ! 何も!」と言い咄嗟に明後日の方向を向いた。


 そのまま廊下で立っていると、脇を通りかかった数人の兵達に腫れ物に触れるような視線で見られた。


 その内の一人が話しかけてくる。


「あの、何してるんですか?」


「今日ミラハ殿と会談する予定になっているから、ここで待っているのだ」


 ゴダが答える。


「ああ~……はいはい。聞いてます」


 兵士達が嫌そうな顔しながらお互いを見合わせ、小刻みに頷いた。


「すいませんが、そんなとこに立たれてても困るんで、別の所で待っててもらえますか?」


「どこで待てばいい? この部屋で待つようナバという者に言われたんだが、ここは打ち合わせで使うんだとさ」


 ゴダが閉ざされた部屋を指差して言う。


「知りません。そういうことはナバに聞いて下さい。全部ナバ担当なんで」


 兵が言う。当事者意識の欠片もない態度だ。話にならない。まるで、『知らん、サードに聞け』といつもサードに丸投げしている自分自身を見ているようだとゴダは思った。


「そのナバなる者は、もう自分は関係ないからエリナに聞けと言っていたのだ」


 ゴダが言う。


「知りません。とりあえず関係者以外の人がここに立ち入るのはやめて下さい。一応、ここってちゃんとした軍の施設なんで。困るんですよね、こういうの。まず移動だけしてもらっていいですか?」


「どこに行けばよいのだ?」


 ゴダが内心辟易しながらも問う。


「分かりません」


 それだけ言うと、兵達は足早に去っていった。


「とりあえず適当に歩いてみますか? ここにいちゃ迷惑らしいんで」


 ネリドルが無表情で提案する。


「ああ」


 ゴダも無表情で応じる。


 三人が途方に暮れて廊下を歩いていると、奥から女性兵が一人歩いて来る。


「おい、ナバか、エリナという女性兵を知らんか?」


 ゴダが声をかけても女性兵は足を止めようとせず横を通り過ぎていくので、三人は慌てて後を追う。


「おい、ナバかエリナがどこにいるか知らんか? どっちでもいいんだ」


 後を追いながら再びゴダが問う。


「ハァ? 態度デカッ」


 女性兵は吐き捨てるように言い、足を速めてその場を去ってしまった。


 しばらくすると、また別の女性兵が歩いて来た。


 今度はカゼッタとネリドルが女性兵に尋ねようとしたが、それより早くゴダが再び声をかける。


「おい、ナバがどこ行ったか知らんか?」 


「何なの? おじさんナバの友達? ウチの女性兵に手ぇ出さないでよ! ホント困ってんだからこっちは!」


 女性兵は勝気な様子でそう言うと、ゴダの反応を待たずに足早に去ってしまった。


 しばらくすると、また他の女性兵が一人。今度はこちらに駆け寄ってくる。


「もう、何なんです? 勝手にうろうろされると困ります。大人しく部屋で待ってろって言われませんでした? 子供じゃないんだから」


 女性兵がうんざりした様子で言う。


「ミラハ支部長と会談するために来た。通された部屋を出された。どこで待てばいい?」


 ゴダに代わり、カゼッタが女性兵に問う。


「知りません。ナバに聞いて下さい」


 女性兵の口から出たのは、先ほどから何度も聞いたような愚にもつかぬ台詞である。


 ゴダは軍服のポケットに両手を突っ込み、思わず天井を見上げた。


「君、エリナという者を知らないか? その者がナバの役目を引き継いてるっぽくて」


 それならばとネリドルが問う。


「知らない。ナバに聞けって言ってんでしょ」


「一体そちらではどういう話になっているのだ? ブロテス上級司令官殿が話を通してたんじゃないのか」


 前に立つネリドルとカゼッタの後ろから、ゴダが問う。


「知らない。あたしを巻き込まないで。関係ないんで」


 女性兵の態度は辛辣だ。


「ではどうすればいいのだ?」


 再び問うゴダ。


「ナバに聞いて」


「ナバはどこに? エリナという女性兵でもいいのだ」


 三度問うゴダ。


「もうしつこい! 知らないって言ってんでしょ! とりあえず部外者がうろつくのやめて! 軍の施設なんですここ。不法侵入で逮捕することだってできるんですよ? さっき向こうで変なのがいるって大騒ぎになってました。正直言って迷惑です」


「そんな騒ぎになってるのか?」


 ゴダがネリドルやカゼッタと顔を見合わせる。「不審者扱い?」とネリドル。


「そもそもミラハ支部長は外出中です」


 女性兵が言う。


「そうなの!?」


 驚愕するゴダ。これにはネリドルやカゼッタも唖然の表情。


「そうです。アポなしで突然来られても困ります。あなた達と違ってウチの支部長は忙しいんです。非常識過ぎてホント無理」


「いやいや、アポ取ってるって! そっちが我々を呼んだんじゃないか!」


 たまらず反論するゴダ。


「知りません。ナバに聞いて」


「……どうも上級司令官殿の話とは違うようで。今日はもう無理かもしれません。一旦出直してはいかがでしょうか?」


 カゼッタが言う。


「うむ、仕方あるまい」


 ゴダは頭を掻きながら応じた。


「あたしもその方がいいと思いますよ」


 女性兵がそう言い、「お帰りはあちらで~す。キモイんでさっさと消えて下さ~い。道中白女神のご加護があらんことを」と出口の方へとゴダ達を促した。


「ぐっ……」


 歯噛みするゴダ。カゼッタはしかめっ面、ネリドルは全くの無表情。


 仕方なく支部の建物を出た三人。


「ったく……。話にならない。さっさと帰りましょ」


 ネリドルがゴダに言う。


「ああ、帰ろ帰ろ。不愉快な時間を過ごした。まったく、訳が分からん」


 ゴダも言う。本当に訳が分からなかった。


 ブロテスは一体、南支部とどのような調整を行ったのであろうか。


「じゃ、みんなを呼んできますね。宿舎で待ってるはずなんで」


「ああ、頼む」


 ネリドルが宿舎の方へ走ろうとしたそのとき、支部から一人の高官らしき中年男性の軍人が慌てた様子で走って来た。走り回っていたらしく、汗だくである。


「ああ~っ! ゴダ支部長ーっ! やっと見つけた! こんな所にいた! もう何やってんですか! さっきからず~っとミラハ支部長待ってますけど!」


「ええっ!? そうなの!? いるの? ミラハ殿」


 仰天するゴダ。ネリドルやカゼッタも同じ反応だ。


「いやいやいやいや、あんたさあ、何考えてんだよ! おたくらがどうしても会いたいって言うから、今日、支部長は時間作って待ってたんじゃないですか! 人待たせときながらあり得ないでしょ! あんただって仮にも一支部のトップ張ってんだろ、お願いしますよマジで!」


 高官が軍服の袖で額の汗を拭いつつ、苛立ち露わにまくし立てる。


「ええ~っ……」


 腑に落ちないゴダ。


「ほらエリナ! いたぞ! 早く応接室に案内しろ! お前ちゃんと見張っとけよ! ったく西ってホントひでぇんだなぁ、評判通りだよ! さすがは兵を洗礼に差し出すような支部だ!」


 高官が悪態をつきながら施設内部に戻っていくと、ほぼ入れ違いに一人の女性兵が「申し訳ありません! すぐに!」と言いながらこちらに走ってきた。


 エリナと呼ばれて出てきた彼女は、何と、つい先ほど話したばかりの、ゴダ達に帰るよう促した、ミラハは外出していると言った女性兵だった。極めて不機嫌そうな表情である。


「もう! 勝手動くのやめてって言ってるでしょ!」


 何故かエリナが怒っている。怒りたいのはこちらの方だ。


「君がエリナだったのか? 私さっき聞いたよね?」


 ネリドルが問うが、エリナは無視して「こっちです」と言いどんどん歩き始めた。


 仕方なくエリナの後をついていく三人。


「どうしてさっきミラハ殿はいないと言ったんだ?」


 歩きながら小声でゴダが問う。


「そんなこと一言も言ってません」


 普通に嘘をつくエリナ。不機嫌そうな態度は堅持したままだ。


「貴様」


 ゴダが言いかけると、カゼッタが「支部長」と口を挟んだ。ゴダが言葉を止めて顔を向けるとカゼッタは無言で首を左右に振る。


「断っておきますが、会うだけ無駄だと思いますよ」


 エリナが三人を先導しながら、振り向きすらせずに言う。


「兵卒が口を挟むことではないだろう」


 カゼッタが言う。


 南支部側の一連の態度がさすがに腹に据えかねたのか、珍しくカゼッタの口からもやや高圧的な言葉が出てきた。ゴダの立場をおもんぱかっているのであろう。


 しかし、カゼッタの言葉もエリナは無視した。


「アウェイの空気にも程がありますね。ここまでぞんざいな扱いされるのは久しぶりだなぁ……」


 小声で苦笑するネリドル。


 ゴダはまだミラハにも会っていないというのに、既に頭の中は徒労感に支配されていた。


 一体ブロテスはどういう話のつけ方をしたのだろうか。


「……まずは会談に遅刻した件をミラハ支部長に謝罪して下さい。話はそこからです」


 歩きながら、エリナがゴダに言う。


 それこそ一兵士の分際で、支部長同士の会談の内容に注文を付けるようなものではない。


「何を謝ることがあるいうのだ」


 ゴダが正直な気持ちで言う。


 何を謝れと言うのか。ゴダは本気で意味が分からなかった。


「さぁ? そんなことも分かんないの? ミラハ支部長に聞けば?」


 エリナがつっけんどんに言う。


「ああ、そうだな。ミラハ殿に聞くとしよう。お前がちゃんと案内しないから遅れたが、何に対し謝罪すればいいのかと」


 ゴダが言い返した。


「やめて。何でそういうこと言うの?」


 途端にエリナの顔がさっと血の気が引いたように青ざめ、声が震えた。


 若い女性兵の動揺ぶりを見たゴダは、相手にするのも馬鹿らしいと思い、エリナの無作法をミラハに問う気力も失せてしまった。


 相手の心に矢を百発射かけるかの如く、散々攻撃的な言葉を浴びせるくせに、自分の心に一発でも矢が当たるとこうも心を乱すとは。


「冗談だ。安心しろ」


 まだ年若い女性兵だし、年配者として大目に見てやることにするが、それにしても他者に攻撃的な言葉をかける割に、自分が同程度の攻撃を受ける覚悟がなさ過ぎる。


「好きにしたら? 無駄だと思うけど。あんたの言うことなんて支部長が信じるわけないんだから。支部長にメチャクチャこき下ろされればいいのよ」


 エリナは泣きそうな顔で言った。


 三人とも、誰も言葉を返さない。エリナはそのまま続ける。


「あたし達は洗礼なんて絶対に認めない。兵の心を奪うのがそんなに楽しい?」


「楽しい、楽しくないの問題ではない。洗礼は軍令なのだ。白軍は軍隊なのだ」


 ゴダが言う。


「そんなに洗礼がいいって言うんならまずあんた達が受ければいいじゃない」


「いいなどとは言っておらん。恐れ多くも大聖者ベイデルハルク様が、白女神の託宣を授かったんだぞ? その意味を分かれ。まあ、お前の言う通り、我々も中央の期待に応えられなければ洗礼を受けることになるかもな」


 西支部の事情など毛ほども理解していないであろう、下っ端の一兵士の物言い。


 ゴダは不快感を覚える。


「支部長」


 ネリドルがゴダの発言を諫める。「構わん」とゴダ。


「ま、いい面もあるぞ? 洗礼を受けた者は文句言わず激戦地へ行ってくれるから助かってる」


 ゴダがあえてエリナの逆鱗に触れてやる。


「口が臭い。喋るな。何でおじさんって揃いも揃って息臭いの?」


 エリナが吐き捨てるように、ゴダに言った。


「はいはい。おじさん口臭いからねー。すまんかったねーお嬢ちゃん」


 これ以上話すのは無意味と感じ、ゴダはそれだけ言ってもう黙った。エリナも小声で「セクハラ野郎」と呟いたきり、黙った。


 そうこうしている内に、応接室の前までやってきた。


「ゴダ支部長、ご到着です!」


 エリナがドアをノックし、まるで別人のような態度でハキハキと声を出す。この女性兵、本当にいい根性している。


 西支部の兵士だったらすぐクビにしてやるものを。ゴダはそんなことを思っていた。


「どうぞ」


 ミラハの冷たい声色がドア越しに聞こえてきた。


 結局、ミラハとどう話していくかは全くのノープランであった。

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Rehearts二次創作 ユウラサイドストーリー・闇組織を叩け! 伊達サクット @datesakutto

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