第7話 本

 エルティの北支部本部に戻ったテイトが目にしたのは、学芸部の兵達が本館正面玄関前に乗り付けてある複数の荷車に、続々と本を積み込んでいる光景だった。


 本館の蔵書室と玄関の荷車の間をしきりに往復し、せっせと本を積み込んでいる。


 よく見ると、その作業をしている者達の中には中央の兵達も混ざっていた。学芸部の兵達は蔵書室の司書達だけかと思いきや、音楽科の軍楽隊まで応援に駆り出しているようだった。


 そんな中、学芸部の兵士の一人・ジュライが両手に積み上げた本を抱え、よたよたと玄関から現れた。ジュライは眼鏡をかけた気弱そうな印象の男で、蔵書室の司書である。


「ああ、おい! そこの眼鏡! 何もたもたしてんだよ。オラ、ちょっともう、よこせ!」


 玄関脇で積み込み作業を監督していた男が苛立ちながらジュライに駆け寄る。


 その男は中央の下級司令官・ラーバイルだった。上の立場の者に弱く媚びへつらい、下の立場の者には強い嫌な奴だ。


「ったくよお、ホンット学芸部の文官って力ねえんだよなあ。俺この後もやること残ってんだからさあ! ほらサッサとしろよ!」


 ラーバイルはジュライが抱える大量の本をひったくり軽々と持ち上げ、乱暴にドカッと荷車に積んだ。あのように乱暴に本を扱うと傷みそうだ。テイトは本をこうも雑に扱う者の神経が理解できない。


「すみません」


 ジュライがあたふたしながら謝罪する。


「おい一旦ここでストップだ! 積んだ本とリストを照らし合わせる。荷台本敷き詰めると隙間がなくなって確認できなくなるから。リスト誰が持ってる?」


 ラーバイルが言うと、本を持って玄関から出てきた中央兵が応じる。


「蔵書室の方にあります。必要な本探すために」


「ああそっか、ちょっと取ってくる。ああ積むな積むな! 一旦ストップ。背表紙隠すと確認しようがないから隙間ある内にどれだけ集まったかチェックすんだよ! ああ、それも一旦この辺に置いとけ。お前ちょっとまだ積ませんなって言っといて」


「はい」


 中央兵の一人に指示を出し、ラーバイルは小走りで本館の中に入っていった。


「どうしたの? 軍楽隊まで駆り出して」


 ラーバイルがいなくなったので、テイトはジュライに声をかける。


「テイト殿。中央からの指示で、本をよこせって」


「本を?」


「それも全部呪の本なんです」


 ジュライが困った顔つきで言う。


 テイトが数台の荷車に分かれて積まれている本の数々を見てみると、ジュライの言う通り、どれも呪に関する学術書や研究論文ばかりだった。


「ちょっと待ってよ。まさかこれ、全部中央に運ぶの?」


 テイトは面食らった。


 荷車にはかなり希少で価値のある本も積まれている。というか、そういった本は軒並み持っていくかの如くだ。よもや支部にある呪関連の文献を根こそぎ奪っていくとでも言うのか。俄かには信じられないことだった。


「すみません、もう決定事項で。支部長や学芸部長もやむを得ないと」


「またまたー。支部長やドラットさんがそんなの認めるわけないよ。ははは。ジュライってば相変わらず冗談きついね」


 嘘であってほしい。テイトは震え声で乾いた笑いを浮かべたが、辛そうなジュライの表情が本当であることを物語っていた。


「……冗談ならよかったのですが。残念ながらホントです。ハリアル支部長も苦渋の決断かと。くそ、あいつら」


 ジュライが顔をうつむけ、両の拳を握りしめた。


「いや、それは承服できない。こんなの酷過ぎる。呪の研究や授業に支障が出るよ」


 テイトは思わず顔を渋くして腕を組み、ジュライに言う。


「私も同じ思いですが、もう上で決まった話なのでどうにも」


「まずいなこれは。何でいきなりこんなこと」


「一応、部内では前々から希少な本から優先して我々で筆写したり、印刷したりすることで複数持つようにしてたんです。でも、やっぱり複製が間に合っておらず一冊しかない本も結構あって」


「そうか。完全に失われる本は把握できる?」


「はい。知の蓄積の流出はドラット部長も断腸の思いです。今回持っていかれる中で一冊しかない本に関しては今蔵書室で大急ぎでリスト化してます。司書総出で。実は、さっき本をもたもた運んでいたのも半分演技で、喪失する本を正確にリスト化する時間を生み出すために、わざとゆっくり運んでたんです」


「ありがとう。助かるよ。それさえ分かればまた集めることはできる」


 テイトが胸を撫で下ろす。不幸中の幸いだ。テイトは心の中で、被害を最小限に食い止めようとする学芸部の司書達に敬意を表した。


「事前に中央から何が欲しいか言ってもらえれば、前もって複写するなり対策取れたんですが、下級司令官殿が今日の今日いきなり来て、大量のリスト、何百冊もあるの突きつけて『これを用意しろ』って。中央の連中、呪関連の蔵書、七割ぐらいガバッと持っていくって。この後市民図書館にも行くらしいです」


「無茶言うなあ。何でこんなこと」


「どうも大聖者様の勅命らしいんです」


「大聖者様の?」


 やや驚くテイト。


「どうも、大聖者様が何かの呪を研究してるみたいで、書物を必要としているみたいです」


「こんなにいっぱい?」


「それが、ドラット部長曰く、大聖者様が必要としている本は、この中でもごく一部で、他は何を研究しているのか悟られないためのカムフラージュに過ぎないんじゃないかって」


「何それ……」


 テイトの心中に沸々と怒りが込み上げる。


「貸出中で今日集まらない本は、後日まとめて白都はくとの本部まで持って来いって」


北支部こっちがルテルに来いと?」


「はい」


「何それ……。冗談だよね、笑えないよ?」


 言いつつ微笑むテイト。


 ジュライがその笑顔の裏に隠れたテイトの憤りにてられたようで、やや気圧された様子を見せる。


「冗談じゃありません。悲しいけどこれが現実です。明後日中に持って来いって下級司令官殿が。大聖者様がお待ちかねだから締切厳守との事」


「ジュライ、明後日って何日後だっけ?」


 テイトが笑顔でジュライに質問する。


「はい。明後日とは明日の次の日。一般的には、二日後のことを言います」


 ジュライが馬鹿正直に答える。


エルティここから白都はくとってどのくらいかかるか知ってる?」


 更にテイトが問う。


「はい。およそ丸一日。但し、途中サンフ砦にもロムにも泊まらずぶっ通しで歩き続けて」


「だよね? 貸出中なんだから揃わないよね? 明後日は無理だよ? ジュライその冗談はちょっと寒いよー。芸風変わった?」


「そう信じたい気持ちは痛いほど分かりますが、これが寒い現実です。貸出中のが合計十七冊あるんですが、今日明日中に全員から回収して、夜出発です。本を十七冊、

特大の軍用リュックに背負って、ぶっ続けで歩いて、ギリ日暮れ前には着くかなって感じです」


「そんなクソ仕事誰がやるっていうの?」


 あくまでにこやかに問うテイト。


「私です(やっべえ、テイト殿の口から「クソ」なんて言葉遣いが出てきた……。まさかテイト殿からそんな単語が出るなんて。ヤバ過ぎる!)」


「何で君なの?」


「みんな忙しくて、丁度私が明後日休暇取っていたからです。休日返上で行きます」


 ジュライが光を失った、死んだ目で言う。


「何それ……。ちょっと無茶振り過ぎない?」


「ですね。さっきあいつらが話してましたが、どうやら同時に他の支部からも集めてるらしいです。一斉に」


「何それ……。残念だね。残念なことだよ。これは」


 テイトは目を細め、笑顔の中にも失望と無念を滲ませた。


「もちろん我々も納得はしていませんが、中央には逆らえません。理不尽ですね。理不尽……」


 肩を落とすジュライ。彼は続けて言う。


「気がかりなのは図書館の方です。今さっき部長が指示を出すために急遽向かいましたが、こっちと違って司書が数人しかいないから人海戦術使えないですし……。総務部と警備隊の人達も応援で向かってくれたけど、やっぱどの本棚にどの分野の本があるか全部頭に入っている人間じゃないと、いきなり正確なリストなんて作れないと思います」


「そうか。もうドラットさんが上手く切り抜けてくれるのを信じるしかないね」


 テイトはそう言うのが精一杯だった。


「よーし、一旦チェックするぞ! 俺がリストにペンで消し込みしてくから誰か背表紙読んでって!」


 玄関口では、ラーバイルがリストを手に蔵書室から戻ってきたところだ。


「はい!」


 中央兵が荷車の一台に乗り込み、「じゃあ端から行きまーす!」と声を出す。


「ちょっとラーバイル殿と話してくる」


 テイトが言うと、ジュライが顔を引きつらせる。


「テイト殿、もしかして怒ってます?」


「ううん。全然怒ってないよ?」


 テイトがにこやかに首を振る。


「テイト殿落ち着いて下さい」


「落ち着いてるよ?」


「ここは何卒、穏便に、平和的に」


「ただ話すだけだよ」


「本当ですか? 信じますよ?」


「もちろん。ただ、君がそんなクソ仕事しなくていいようにしないと」


「ええっ!? ちょちょちょ!」


 テイトはラーバイルにすたすたと歩み寄り、「ちょっといいですか」と言い彼が持つ何枚にも渡るリストを覗き込む。目に飛び込んだ紙だけでも、希少かつ有用な文献が大量に記載されていた。


「何だテメー、邪魔すんな!」


「ラーバイル殿はこの本の価値がお分かりですか? こんな積み方で本が傷みます」


 テイトが笑顔を滲ませながら言う。怒りの笑顔を滲ませながら。


「何だと!? これはベイデルハルク様直々のご命令だ! ハリアル支部長とももう話はついてる。北で呪に関してはテメーが仕切ってんのかもしれねえが、所詮主任教官レベルが騒いだところで覆りはしねえよ」


 居丈高に威張り散らすラーバイル。テイトは本が傷むことを言っているのに全然話が噛み合っていない。


「それは致し方ありません。ですがせめて、もう少し丁寧に扱って頂けないでしょうか? どれも希少で、価値のある本です」


「テイトさんよお、わりぃがそんな時間ねえんだわ。これから市民図書館でも同じ作業があんだからよ!」


 テイトは歯を食いしばる。


 先ほどジュライが言った通り、支部の蔵書室ならともかく、市民図書館の方ではさすがに失われた本を全て記録することはできないだろう。このようにごっそり持っていかれては被害状況の把握もままならない。


 それも本当に必要としているならともかく、必要な本を悟られないためなどというふざけた理由でこれほどの本を持っていくのだとしたら横暴極まりない。


「ふざけないで下さい」


 笑みを消し、真顔となったテイトが切り出す。


「あ゛ぁ゛~ん!?」


 顔を噴火した溶岩のように紅潮させ、額にビキビキと青筋を立てて凄むラーバイル。剣呑な雰囲気が醸成されていく。


「あなたのような人に本を扱う資格はない。本は置いていって下さい」


「テイト殿!?」

 

 狼狽するジュライ。他の学芸部の隊員達や、ラーバイルの部下の中央兵達も緊迫した面持ちでじっと二人のやり取りを見守る。


 テイトは以前、中央軍が北支部の兵を洗礼を施す目的で拉致しようとしたとき、セトが怒りの余りその下級司令官を半殺しにした事件を思い出していた。


 ラーバイルをわざと挑発して怒らせ、中央と北支部間のトラブルに発展させることで本を移動させることが有耶無耶になるかもしれない。危険な賭けだが、これほどの貴重な知の財産群を失う事態と天秤にかければやってみる価値はある。あのときのセトのように、ラーバイル相手に受けて立つ覚悟はある。


 激怒したラーバイルの方から先に腰の剣でも抜いて仕掛けてきてくれたらしめたものだ。周囲にはジュライを初めとした学芸部の兵達が大勢いる。どちらが先に手を出したか、彼らが証言してくれるだろう。


 ラーバイルは怒り心頭の様子でテイトを見下ろしていたが、急に肩の力を抜いて鼻で笑った。


「お~っと、その手には乗らねえぜ。どうひっくり返ったってテメーとケンカして勝てるわきゃねえからな」


「怖いのですか?」


 更に挑発するテイト。ラーバイルが堪えきれない様子で口元から笑いを噴出させた。


「いや、普通に怖いに決まってんでしょ。北でナンバーワンの呪使いとわざわざケンカする馬鹿がどこにいんだよ。俺ぁ勝てねえケンカはぜってーしねえのよ。あくまで我がラーバイル隊は大聖者様の勅命任務を正当に遂行せんとす! こっちからは仕掛けねえから、手ぇ出してえんならテメーの方から仕掛けてきな! その結果、北の立場がどうなるかよ~く考えてな。テメー本たくさん読んでて頭いいだろうから、分かんだろそんぐれぇ?」


 ラーバイルがテイトに向かって言うと、それに合わせて彼の部下の兵達も馬鹿にしたように、ヘラヘラとテイトを笑い飛ばした。


「ぐっ……」


 ラーバイルは挑発に乗らず、逆に挑発返しをしてきた。絶対にこちらから手を出すわけにはいかない。テイトは怒りを飲み込むことしかできなかった。


「ああ、キリス。お前ちょっと抜けてもいいぞ」


 ラーバイルが勝手にテイトとの話を切り上げ、他の兵と話し始める。


「えっ? いいんですか?」


「もうこっちは大丈夫そうだ。このペースなら図書館も暗くなる前には終わんだろ。せっかくエルティに来たんだから、一旦レナさんに顔見せてこいよ」


「で、でも俺だけ」


「いいっていいって! 図書館の後半戦から合流してくれりゃあいいから会って話してこいよ! こっちは大丈夫だからよ 」


「ありがとうございます、行ってきます!」


「おうよ! ゆっくりでいいぜ! じゃあ後でな!」


 キリスと呼ばれた兵が晴れやかな表情でラーバイルに敬礼し、通りへ颯爽とした足取りで駆け出していく。ラーバイルと他の中央兵の面々は、爽やかな顔つきで敬礼を軽く返し、キリスの背中を見送っていた。ラーバイルは「いやーいいなー、青春してんなー」などとのたまい、部下の兵達も「そうっすねー」などとごちゃごちゃ談笑していた。


 テイトとジュライは恨みがましい目でラーバイルや中央兵達を見るが、彼らはそんな刺々しい視線を知ってか知らずか、まるで意に介さず粛々と積み込みのチェック作業を始める。


 そんな光景を前に、テイトやジュライ、他の学芸部の隊員達は何もできずにただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


「でもよう、大聖者様はこんなにたくさん本を集めて一体何の呪を研究してんだろうな?」


 チェック作業が終わった後、ラーバイルが部下に言う。


「そうですよねー」


 部下の一人も不思議そうだ。


「大聖者様、これ全部読む気か? 速読術でも習ってんのかなあ?」


 浅慮かつ頭からっぽのラーバイルが言うと、兵の一人が「きっとそうですよ。さすがは大聖者様だ!」と一層間抜けな受け答えをする。


 テイトは思う。やはりドラット学芸部長が推測しているように、大聖者は研究内容を知られたくないがために本命以外の文献も大量に取り寄せているに違いない。


「ただ、この世の頂点に君臨してて、何でも思い通りのはずな大聖者様が、支部中からこんなに本を集めてまで研究したい呪ってことは、きっととんでもない呪にちげぇねえぜ! 何かロマンあるよなぁ」


 ラーバイルが楽しそうに言う。


「ですよね! 我々のような下々の一兵卒もこうして大聖者様の研究のお手伝いができるなんて、光栄ですよホント。しかも直々の勅命で」


「まあ別に大聖者様自らが俺らの前にお見えになって命じたわけじゃねーけどな。上級司令官殿を間に挟んでるわけだけど」


 ラーバイルが肩をすくめながら言うと、兵の一人が「まあまあ、そりゃあいいじゃないですか」と軍手を外し、手を風に晒しながら言った。


「一体どんな呪なんだろ。早く完成しないかなぁ」


「きっと黒軍なんか一瞬で吹き飛ばせるような凄いのかもしれませんね! ひょっとしたら僕らが生きている間に聖戦の終わりを見れるかもしれないですね」


 離れた場所にいた中央兵達も荷車に腰かけ次々に話題に入っていき、とりとめなく小休止の流れとなり、玄関前に笑い声が響く。


「ああ、それも白軍の大勝利でな! そしたら大陸の東側にも行ってみてぇなあ。聖戦を越えた先には、どんな世界があるんだろうな。可愛い子いんのかな?」


 鼻の下を伸ばすラーバイル。ラーバイル隊の連中は無駄話に夢中になってなかなか作業を再開しようとしない。


「それにしても大聖者様自らが研究してるって凄いよな。だって普通だったら部下にやらすじゃん。中央本部にはこいつと同等か、それ以上の呪の使い手はわんさかいるんだからよ!」


 ラーバイルが側に立つテイトを指差して兵達に言う。不躾に指を差され話のだしに使われたテイトは、不快感を覚え眉をしかめる。ラーバイル下級司令官は中央からの厄介な指令を通達しにちょくちょくエルティにやって来るのだが、会う度に、いちいち感じの悪い男だ。


『その結果、北の立場がどうなるかよ~く考えてな』


 先ほどのラーバイルの言葉が頭の中で蘇る。


 あのとき、テイトはよく考えてしまった。冷静になってしまった。


 洗礼未遂事件のときのセトのように、中央の連中と事を構える覚悟を持ったつもりだったが、やってしまったらハリアルに、学芸部に迷惑をかけるかもしれない。そう思ったとき、セトほどに捨て鉢にはなれなかった。


 テイトは、いつも考え過ぎてしまう自分を恥じ、つい自嘲の笑みを浮かべてしまった。今だけは、いつも中央の軍令書を金科玉条の如くひけらかすラーバイルが羨ましく思えた。彼のように考え浅く、細かく疑問に思わず生きていけたら。


 あの男はこの大陸の東側に思いを馳せて胸躍らせていたが、この七百年で向こうの世界がどうなっているのかを我々白の民は知らない。東側の世が素晴らしい保証などどこにもない。もしかしたら白軍中央の独裁下であるこの西大陸より、もっとろくでもない世界かもしれない。どうしてああも能天気に考えることができるのだろう。テイトは不思議でならない。そして、また考え過ぎてしまっている自分に気付く。


「大聖者様は、どんな呪を研究しているんでしょうかね」


 ジュライがテイトを現実に引き戻す。


「さあ。大聖者様の深いお考えは下々の僕らには分からないよ。雲の上の偉大なお方だから。生きる世界が違う。決して交わらない。そんな研究に少なくとも僕らが関わることなんてないんだから。関係ないよ」


 考えることで気持ちがクールダウンしていたテイトは、中央の者達に聞こえないよう、抑えた声量で返す。他者の研究や知識取得の機会、知の蓄積を意味もなく奪い取って行う独りよがりの研究など、知りたくもない。どのみち、そんな研究にテイトが触れる機会など、一生巡ってこないのだから。


「違う世界に生きる。そうなのでしょうか?」


 ジュライが、中央兵達の向こう側に生える木から飛び立った、一羽の鳥を目で追いつつ言った。


「そうだよ」


 諦念を持て余し悲観するテイト。


「そうですよね……」


 小さくなって青空に消えた鳥を眺めるジュライの横顔は、どこか虚しさを忍ばせていた。

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