第7話
「着替えありがと」
「サイズ、ダイジョブそ?」
「うん、大丈夫」
飲み屋で出会って恋に落ちて一発、とはならず一泊した井出切は、シャワーを浴びて着替えを要に借りた。
井出切が無駄に背高な所為でサイズの心配があったのだが、要がオーバーサイズも好んで着るということで、結果上下大きさ調度良い感じ。
ただ、似合ってない。
似合ってないなって、鏡で見てないけど井出切には分かった。
なにせ要が着て似合う服なのだ。
井出切が普段着る服とは真逆の、実にお洒落なシャツである。
黒が強めのストライプ柄である。
ズボンも黒だ、でも形がなんかおしゃれだ。
合わせておしゃれな黒の上下。
普段は大手衣料店の服を着ている井出切。
黒は着ないこともない。
でも、この上下は売られてても選ばない。
でも、脱ごうとは思わない。
だって、彼服ふふふふ。
良い匂い。
着心地も良い。
次は次回はこれを着ている要が見たい。
なんて思っていたら、なんと似たような黒い服に着替えた要が井出切の襟を弄り始めた。
心なしか拗ねた御様子に、何この可愛い御顔御写真撮らせて頂けないだろか。
「ね」
「はひぃ?」
距離が近い。
ああ、昨夜この子とキスしたのかと、その唇を見つめてしまう。
そしたらチュッてキスされた。
井出切は要に一生敵わないことを悟った。
「普段さ、何着てんの?」
「某大手衣料店のマネキンですぞ」
「…ホントにどーてー?」
「昨晩君としたのが初キスだって言わせたいんだね?」
29歳独身童貞です!だったのに、一体要は何を疑っているのか。
やや憤慨する井出切の、胸に手を添え要がじぃっと見上げてくる。
ほのかに青い瞳が不安気に揺れていた。
「…あんまかっこいーかっこしないで」
そうして腰にぎゅって抱き付いて肩口に頬を寄せてくる。
無駄な背高であることを、井出切は初めて両親に感謝した。
人生で何一つ役立たなかった背丈。
それが、今、身体のsize感じゃすとひっとで、えれぇ、佳き。
今日、日の目を浴びた背高でもってして、井手切は要抱き締め感無量す。
「カナメくん、俺は陰キャモブですぞ?」
そう、この背の高さを何にも利用出来なかったもの。
隅をひそこそ生きて来たもの。
今、愛しくってあったかいもの抱き締めることが出来て、頑張ってきてよかったとしみじみ。
井出切は要にそっと頬ずりした。
「…きょー、井出切さんち行きたい」
「あ、いいよーおいでー」
「いますぐ行く」
妙なやる気に満ちた要が、善は急げと井出切の手を取り家を出ようとする。
「え、あれ?ピアスは?」
さきほど気軽にキス出来たのは、要の唇にまだピアスが装着されていないから。
出掛けるのなら当然付けるものだとばかり思っていた井出切を玄関まで引っ張った要が、
「キスするから」
何言ってんのと首を傾げる。
「…っぅう…おれの初彼がかわいぃぃつらいぃぃ」
井出切はつまりこれはおうちデートだということに、今気付いて胸押さえる。
29歳独身童貞です!初デートは自分の家。
常に綺麗にしていた甲斐が、あったぁ。
「何してんの、いこ」
感動でじんわり泣きそうになっていた井出切を、要が急かす。
それも可愛いでしかなく「「うん」井出切は嫌な顔せず、靴に足を突っ込んだ。
「あ」
「うん?」
手を繋いで少し歩いてから、要が何か思い出しかのように井出切に身を寄せた。
なんだろうかと、耳を傾ける。
傾けた左耳の穴、要が囁く。
「おれだって、ほんとにしょじょだかんねっ」
井出切は。
井出切は。
「…ハっ、意識飛びかけたっ」
「ふふ、ほんっと変わってね、井出切さんって」
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