第5話
飲み屋から少し歩いた先に要の自宅はあった。
近所でよく通ってる飲み屋だから、という言葉は嘘ではなかったようだ。
今日始めてあった男に自宅の在処をサラっと言って、しかも酔っ払いを連れ帰る。
それってどういうあれなんだろかと、物がほとんど置いてないワンルーム、人を駄目にするという噂のクッションに身を委ねながら考える。
どうやらそれが布団らしく、寝かされうえに毛布を掛けられてしまった、優しい。
親切で良い子。
金品盗まれても恨めない。
騙されたなら、も、それでいっか。
井出切は考えることを放棄した。
どうかなっても、もう、いいと思えるくらいに要と居る時間が愛おしいと感じてしまっているからだ。
要は小さなキッチンでうがいをしていた。
バスルームが無いそうだ。
だからトイレも無いそうだ。
すっごく素泊まり感の強い自宅だなぁと、がらがらっぺってする背中に問う。
「うがい、えらいねぇ」
「ピアスのかんけーで」
「えらいえらいー」
「…」
なんだか不服そうに振り返った要は歯を磨いていた。
それもピアスの関係なのだろうか。
手も顔も洗っていたから、清潔な習慣、身についてて本当に偉いと。
このまま寝ようとしていることを、井出切は恥ていた。
だから何か取り繕わないと。
不思議と溢れ出る多好感に満たされながら、井出切は口を開けてしまった。
「ねえ」
「あに?」
「キスする時ってピアスどうするの?」
好奇心。
好奇心のままに。
疑問を。
その唇。
キス。
するのだろうか相手は居るのだろうかどんなキスをするのだろうか。
沈黙が、長く続いた。
まだ続いた。
そこで気付いた。
というか気付いた。
変な、こと、言った。
キモいこと、聞いた。
サっと血の気が引く。
酔いも冷める。
口を濯いだ要が、口元を拭いながら井出切の傍に座った。
「え、へへ、ごめ…」
ん、と言う瞬間、唇に柔らかなものが触れた。
あまりの柔らかさに井出切は目を見張る。
ほのかに青い、要の双眸。
感触、離れた、のに、目の前に要の顔がある。
その唇にはピアスがついていなかった。
ないだけで、ものすごく、かわいらしさが、増していて、井出切は、思わず頬に触れていた。
そのまま要の顔が近づいて、唇にまた柔らかな感触。
今度は長く。
感じられた。
気付いたら夢中で重ねていた。
角度を変えて。
舌も絡めて。
抱き締め合って。
吸って舐め合って。
キスしてた。
「とるけど」
唇を啄まれ、井出切は覆い被さる要の頭を撫でる。
「若いから誰とでもとか思ったら殴る」
ちゅって首筋強く吸われて、それ俺もしたいって思った井出切は、
「思わないよ、でも…俺、おじさんだし…」
こんなことがあっていいのか。
現実なのか。
混乱した。
「20代でおじさん発言は怒られるぜ」
「おじさんだよ…おれ、なんか、カナメくんには…」
そう、自分が、というのが強かった。
こんなにカッコイイ優しい好青年が、自分とだなんてあり得るのかあり得て良いのか。
すると要が不安そうな顔で井出切を見つめて、苦しそうな声で問われる。
「…口にピアスだらけの男は、やだ?」
それは、何?
何、言ってるの?
違うじゃん。
井出切はぎゅううううっと要を抱き締めた。
想像以上に力が抜けてて、暖かくて愛しかった。
「や、じゃない。好きだよっ、でも、今、酔ってて、たたないっごめんっ」
どうにかしたい雰囲気なのに、井出切はもう心地よくって眠くって、抱き締めて本音を口にすることしか出来なかった。
そしたら要もぎゅっと抱き付いてくれて、笑ってくれた。
「…ふっ…ははははっ…も、サイコー…」
最高で良かった。
要の明るい笑顔に井出切は安心して、急激な眠気に転がり落ちていく。
「井出切さん」
「うん…」
「すき…」
「うん…すき…」
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