第3話

追加のおつまみを注文してチラ。

それをカウンター越し受け取ってチラ。


二度のチラリで確認出来たのは以上のスペックである。

とにかく記憶の中の口ピアスの青年、そのまんま。

恰好はパンク系で凄い白に近い金髪。

そして、顔面偏差値が、すごく、高い。

井出切は、本当に存在するバンドの青年なのでは?と思った。

その為にチラ。

いや、ちょっと違うか。

首を僅か傾げ酔ってる脳内で照合する。

照合出来ない。

チラ。

ううん、チラ見じゃもう分からない。

井出切は伸びをした。

がっつり見た。

目が合った。

その目は僅かに青を帯び、しっかり井出切の双眸をとらえていた。


「なんすか?」


「あ、え、あ」


井出切は、取り繕うことも出来ずキョドってしまった。

妙な汗が背中からじわじわ出て来る。

井出切より小柄ながら、こちらを見据える姿形は屈強そうで、しかも低い声にも強さが帯びてて。

インドアかつ陰キャでモブを自覚している井出切にとっては関わってこなかったタイプで。

でも気になっちゃって仕方なくって。


「口のピアス酒沁みない?」


「は?」


井出切は思ったままを口にしてしまっていた。

言ってから後悔した。

呆れの『は?』に、ビビッてもいた。

でも口から出した言葉はもう飲み込めない。

なんでそんなことを聞いてしまったんだ俺よ、と聞いてもしょうもない心内。


「…傷、ついてなけりゃ、へーき」


思わぬ優しい返答に、井出切は感動してしまった。

こんな陰キャモブに対して、大人な対応が出来るなんて有難い。

こうなったら気さくなお話を。

飲み屋で出会った一期一会な感じ丸く収めようと井出切は、


「そうなんだ。引っ掛かったりしない?」


ああああああ、内心叫ぶ。

酔っているからもう好奇心が抑えられない。

聞きた過ぎる。

訊ねた過ぎている。

これ以上はもう失礼だから、口のピアスに触れるのは止めようと、酔った頭言葉を探す。


「ご、ごはんとかたべにくかったりしない!?」


ああああああああああ。

頭を抱えたくなる。

それは怪し過ぎるから我慢した結果変な顔を浮かべてしまう。

それを見たからか、呆れたのか。


「はは」


青年が笑ってくれた。

心の広い方で本当に良かった、と。

井出切は水を飲んで冷静に、しゃっきりと、頭を下げた。


「ごめん」


「いえ」


クールな反応だったが、嫌な気分にさせたに違いないと井出切は、自分に置き換え反省した。

自分が好きでやってるファッションを、チラ見されたあげく好奇心純度100%の質問をぶつけられたら。

おお嫌だ。

好きでやってるファッションなんてないけれども。


「あの、一杯奢ります」


「え、いいよ、別に」


「いえ、好奇心が勝って不躾なことばかりして、ほんと、すみません」


「謝れるほーがムカツク」


「…これも何かの御縁、一杯驕りらせてくだせぇ」


「…アンタかわってんね」


青年が苦笑しながら井出切の方へ身体を向ける。

ついでに椅子も身も、井出切へ寄せて来る。

それは一緒に飲もうという距離ということなのだが、なんでかドキっとした井出切は「びびびび、ビール2杯おなしゃっす!」大層どもりながら注文したのだった。

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