第9話 戦闘――『焔食い』のドヴェルグ

「【フレイムランス】」

「【アクアジャベリン】」


 指輪が輝き、ドヴェルグの杖が赤く染まる。

 瞬間、水の投擲槍と火の騎乗槍が放たれちょうど中間の位置でぶつかり合う。

 火が水を蒸発させ、水が火の熱を奪い、爆発的な水蒸気を生み出し視界を潰す。


「ふんっ!!」


 すかさずドヴェルグが金槌を振るう。

 細い体躯に見合わない膂力で振るわれた金槌は風を生み、水蒸気を薙ぎ払う。


「中々に危険だな」 


 その間に壁を走り抜け、間合いを詰めた私はドヴェルグを射程に収めると同時に箱に魔力を与える。


「【鋭骨】」


 箱の蓋が開き、中から白亜の短槍を放つ。ドヴェルグは白亜の短槍を裏拳で破壊すると、両膝を屈める。

 その思った瞬間、ドヴェルグの身体は既に私の手前にあった。


「ッ!?」


 迫る足に目を見開き、即座に魔力を血へと変換し間に割り込ませる。血の盾と前蹴りがぶつかり合うと同時に私は手に血を纏わせ、左手を壁に突き刺す。

 振り下ろされる金槌を突き刺した左手を軸に箱を蹴って身体を捻り躱すと右手を向ける。


「【アクアバレット】」


 突き出した手から水の散弾を放つ。

 弾丸の衝撃でドヴェルグの身体は吹き飛び、地面に叩きつける。私は壁から左手を引き抜き、空中に浮かびながら腰を捻り、血に染まった腕に力を込める。


「【血染め一振り】」


 錐揉み回転しながら血の斬撃を振るう。振り下ろされる血の斬撃をドヴェルグは金槌を振り下ろし破壊し地を蹴る。

 同時に、衝撃が腹に響く。


「がっ……!?」


 路地を吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 何事か、そう考えるより速く地面を転がり金槌の一撃を躱し、続けざまに金槌の横振りを肉体を霧に変えて躱し、箱に魔力を与える。


(魔法を出力し身体能力を底上げしているわけではない。となると、外的要因による身体能力の強化か。無茶をする)


 単純な身体能力に影響を与える魔法。魔法の中でいえば、それは呪詛魔法の領分だ。肉体内部の筋力を改造し、能力を底上げする。

 しかし、魔道具技術を用いることで似たような現象を発生させることを可能にしている。

 内部からが無理なら、外部から身体能力を底上げすれば良い。

 外部からであるため限界以上の出力で身体能力を底上げできる反面、肉体が自壊しかねない危険な手法。前世で言うところの、『パワードスーツ』のようなものだ。


(となると、黒い外套の下にある鎧。あれが身体能力強化の源か)


 私が立ち上がりざまに後ろに飛び、すかさず魔力を与えた箱の蓋を開ける。


「【霊獣の遺灰】」


 箱から吐き出されるのは赤い灰。大量の灰は次第に狼や猪といった獣に変わり、一斉にドヴェルグに襲いかかる。

 ドヴェルグもまた応戦するように金槌を振るい獣たちを薙ぎ払う。獣たちは地面や壁に叩きつけられ、灰に戻り、再び獣へと変わる。


「っ……!!獣の骨を用いた呪詛魔法か」


 獣の灰に紛れ込み、肉薄し繰り出した手刀を躱されながら、私は笑う。

 【霊獣の遺灰】は死した生物の死体を焼き、残った骨を砕いて血に浸し、乾かして灰とし撒くことで灰の獣を生み出す母が作った呪詛魔法だ。


(尤も、そこまで効果があるとは思えないが)


【血染め一振り】でドヴェルグの太腿を切り裂き、相打ちの形で火の矢を右肩で受けながら、私は距離をとる。 

 古強者の男が足を広げ、深く腰を落として背負う形で金槌を片手で構え、もう片方の手を垂らす。思考力の乏しい獣たちは一斉に男へと襲いかかる。


「【破壊せよ】」


 そうして振り下ろされる一撃が地面に直撃する。

 その瞬間、爆発音と熱波が巻き上がり地面を揺らす。血で全身を覆った瞬間、衝撃で吹き飛ばされる。

 身に纏う血を流体に戻し、周囲を見渡す。

 灰の獣たちは霧散しており、衝撃で周囲の建物が崩れ土埃が巻き上がる

 そんな中、古強者の『狩人』は悠然と歩き出て口元に笑みを浮かべる。


「歳にしては強いな、吸血鬼」

「それはどうも」


 箱の中から一つのハンドベルを取り出す。ベルをチリンと鳴らすと周囲に黒い人の形をした靄――レイスを生み出す。

 中に浮かぶ髑髏は黒い炎を燃やし、ジッと『狩人』を見つめる。


「……無駄なことを」

「こんなものでどうにか出来るとは思っていない」


 再び金槌を両手に持ち変えたドヴェルグに私はベルを箱に戻す。


 私も母も、扱う魔法の多くは戦闘特化ではない。

 技術を幾つか戦闘用に転用したところで戦闘特化の魔法師や戦士に対して有効打になり得ない。

 それは明確な事実であり、どうしようもない欠点でもある。


「ただまぁ、勝ち目がないからって命を差し出すつもりはない。それだけのことだ」


 建物の瓦礫に手をつき、魔力を流す。魔力は瓦礫から瓦礫へ、塵から塵へと伝わり支配していく。


「近接戦でも魔法戦でも勝ち目が殆どない以上、卑怯も卑劣もやる。下衆な話だが、私にとって生物が住む環境ほど……」

「ふん!!」


 高速で間合いを詰め、金槌をかち上げる。

 人体を壊すのに余りにも殺傷力の強いその一撃を前に、私は笑みを浮かべた。


「がっ!?」


 その瞬間、ドヴェルグの身体が真横に飛んだ。何度も地面をバウンドし、しかし勢いを利用し着地しブーツの靴底をすり減らし勢いを殺す。

 魔力を与え、ほんの一瞬人造の魂を生み出し、それを操作してぶつける。魂を扱う呪詛師が良くやる手だと母から教わった。


(これで死なないか。まぁ、別にいい。もう一つの呪詛魔法を与えておいたし)


「これは……」


 ドヴェルグの身体、より正確には鎧に変化が生じる。

 鈍く光沢のあった銀色の鎧は赤茶色に酸化し始めていた。

 その部分が少しずつ増えており、ドヴェルグは胸鎧に手を置き、魔力を流す。その瞬間、ドヴェルグが身につけていた鎧がボトボトと地面に落ちていく。


「呪詛魔法か」

「正解。正確にいえば、金属を分解する微生物の性質がベースかな」


 金属を長時間土の中に埋めておくと微生物によって少しずつ分解され、最終的に大地に還る。

 その性質に着目し、呪詛魔法として似たような性質を他の微生物に付与し付着した金属を分解する。


(まぁ、微生物や寄生虫で病気になるケースもあるから捕まえたゴブリンやコボルトに土を食わせてた際、たまたま見つけたものだが、存外使える)


「【大地に還る黄金】……アンタの身体能力を支えていた鎧は壊させてもらった」

「……『ハウンゼンの鎧』を壊した程度で粋がるな小娘」


 ドヴェルグが両手で金槌を握り、背負うように構える。その気迫は先程より強く、重い。

 息が詰まりそうな空気に冷や汗が垂れ落ちるのが嫌でも分かる。


「まだ十年にも満たない小娘に何人も『狩人』が殺られたと聞いたが、なるほど。確かに強い。……が」


 その刹那だった。

 ドンッ!!そう形容できる音が体から響く。体が宙を飛ぶ浮遊感と全身に感じる激痛に私は愕然とする。


(……はっ?)


 高速で間合いを詰め、高速でかち上げられた。

 たったそれだけの、シンプルな力技で私の身体は薙ぎ払われた。


(まず……!)


 本能が悲鳴をあげる。脳が焼けるように熱い。

 全身の生命力を即座に魔力に変換する。


「ここで死ね」


 が、それすらも遅かった。

 肉薄したドヴェルグが振り下ろす金槌が私の防御より速く、身体を殴打した。防御すら間にあわない一撃に私は地面に叩きつけられる。


「ぐうっ!?」


 背中に衝撃が伝わり、骨と内臓がシェイクされるような感覚に襲われる。

 並みの人族なら確実に死んでいるであろう一撃を受け、私は口から血の塊を吐き出す。


(咄嗟に背面を『霧化』させ衝撃の一部を分散させたが……流石に内臓と骨がいくつかやられたか。生命力はまだ使える……なら、戦える)


 震える足で立ち上がり、血を吐き出しながら振り下ろされる金槌を横から叩いて軌道を逸らす。

 後ろに跳んで距離を取り、私は金槌を構え直すドヴェルグを睨みつける。

『狩人』。私たち魔族を殺すための技を磨いた存在。そんな相手を前に、命を賭けることを躊躇った時点で敗北する。 


(勝ち筋はある。たとえ細くても、無理を通す。無理を通してこその魔法師だ……!)


 勝ち目があるなら拳を握れる。


 どんなにか細くても、生きるために足掻ける。

 それが私だ。

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黒き月夜の吸血鬼〜吸血鬼にTS転生した私は宿業の中で生き続ける〜 黒猫のアトリエ @8101918

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