第4話 劇症の呪詛

 スラムへと戻り、ゴキブリたちが塞ぐ入口を開けて中へと入る。

 ゴキブリたちに命令を下し自室に入るとベッドに倒れ込む。布団の固い感触が顔を包み込み、私は不愉快な気持ちを布団にぶつける。


(ムカつく……ムカつくムカつくムカつく!!)


 何度も、何度も何度も何度もベッドに拳を打ち付ける。息があがり、苦しくなったところで手を止めると天井を見上げる。


「……私に何の落ち度があるんだ」


 理性では差別を受け入れても、感情は受け入れてない。


 人族の理屈は分かる。自分たちのテリトリーに入り込んだ異物はどれだけ無害でも排除しないといけない。アレルギー反応と同じようなものだ。

 排除される側という立場である以上、人族から石を投げられるのは当然のことで、隠しているが人殺しや人殺し以上に悪辣なこともしているため受け入れなければならない。


(産まれた時からこの街に住んでいるが、人族の目は変わらない。……ああ駄目だ、殺意が湧く。実験して気分を紛らわそう。そうしよう)


 ベッドから起き上がり、居間へと向かう居間で蠢き、身体と身体を擦り合わせ音を鳴らすゴキブリたちに私は視線を落とす。


(1、10、100……個体数は174体か。【捕食濃縮】の拡散率は99%、実験可能か)


 そして、心の激情を魔力に練り上げ口を開く。


「【同族捕食】」


 言葉一つ。命令一つ。たったそれだけで蠢くだけのゴキブリたちの動きに変化が起きた。

 ただ蠢くだけだったゴキブリたちは近くにいた他のゴキブリを捕食し始める。共食いだ。

 共食いは共食いを呼び、翅や触覚が宙を舞う。


(呪詛魔法は魔法師によって見方が変わる。ある人は心を奪う術、ある人は肉体を改造する術、ある人は魂を穢す術……一つの魔法体系においてここまで認識が違ってくるのは呪詛魔法の深さと方向性の無さを現している)


 現在世間一般に認知されている魔法系統は主に5つある。


 魔力を属性に区分し最適な現象を発生させる『属性魔法』。


 自然界の生命力から誕生した分体――『精霊』と契約し魔法を発生させる『精霊魔法』。


 神への深い祈りと信仰心によって神の奇跡を直接操る『信仰魔法』。


 滅んだ先史文明の遺産である『魔導術式』。


 そして科学に限りなく近い魔法である『錬金術』。


 これらの魔法は見た目から何をしているのか理解しやすい。そのため認知されやすく、同時にある程度の方向性が決まっている。方向性を決めないと危険な魔法が研究されてしまうからだ。


 しかし、呪詛魔法は違う。元より、生命を冒涜する技術であるが故に人の悪性、悪意、欲望によって無秩序に広げることができる。

 そのため呪詛魔法は他の魔法体系では類を見ない解釈の幅ができてしまう。


(私は呪いを『病』や『毒』といった解釈としている。この呪詛魔法に含まれる性質……【捕食濃縮】だって生物濃縮から着想を得たものだしな)


 生物濃縮はある種の化学物質が生態系の食物連鎖を経て生物体内に濃縮される現象を指す前世の言葉らしい。そのため、外界より生物体内のほうが化学物質の濃度が高くなるらしい。

【捕食濃縮】はそうした生態系内の現象を呪詛魔法で再現した魔法特性だ。

 微弱な呪詛魔法を散布しその影響を受けた生物同士を共食いさせる。そうすることで散布した呪詛以上に強い呪詛を生成することができる。


(……と、そろそろ最後の一匹になるか)


 食い食われ、百匹近くいたゴキブリたちは一匹になった。私は黒い靄の中から皮手袋を取り出して装着し、床を走り回るゴキブリを摘み上げるとガラスケースに入れ蓋をする。

 掌から黒い靄が床に広がり、全裸の男が出てくる。今日の朝、襲ってきた『狩人』だ。

 服を剥き、両手足を荒縄で縛り、開口器を口に嵌めてもなお私を睨みつけてくる。

 その敵意は称賛に値し、それ故に被検体とする。


「このブラト・イヒレンには【劇症型レンサカース】という特製の呪詛魔法を仕込んである。噛みつくことで呪詛が流れ込み、肉体に影響を与える。理論自体は完成しているが、臨床していない。だからこそ、お前のような『狩人』が被検体として最適だ」


 魔法の研究、特に人体に直接影響を与える呪詛魔法の実験には被検体として人間が必要になる。それは呪詛魔法が呪いである以上、仕方ないことだ。

 例としてあげるなら植物と生物の病気が挙げられる。植物が罹る病気に生物は罹らず、生物が罹る病気に植物が罹らないように、実験体は対象と同種、或いは近似種でなければならない。

 そして私が扱い、組み立てる呪詛魔法は主に人間用のものが多く、自然と被検体も人間となってくる。

 しかし、人間というのは被検体にすると存外後処理に手間がかかる。痕跡を消さないと追跡されるし、痕跡を消そうとすると費用と時間がかかる。

『狩人』などは根無し草が多く、そうした費用と時間を省略できる。そのため、襲ってくる者は積極的に捕獲し被検体にしている。


 摘み上げたゴキブリを被検体の身体に置く。ゴキブリはその触覚を動かし男の肌の上を歩き、そしてその皮膚に噛みついた。


「うあっ!?」


 男が悲鳴をあげる。人の肉を噛み千切る噛力で噛まれた部分から血が洩れる。


「あ、ああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 男が腕が黒くなる。その体は濃縮された呪いが細胞を腐らせ壊死させていく。

 転げ回り、痛みに悶える男を眺めながら椅子へと座り黒い靄の中から懐中時計型のストップウォッチを取り出すとボタンを押す。


「さて、なるべく耐えてくれよ」


 魔法の効果、その限界まで命が消えるその瞬間まで引き出すことを望みながら、私は笑うのだった。

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