第3話 魔族差別

 木材を買う。言葉にするだけなら簡単ではあるが、この世界では難しいことだ。


「木材が欲しい?はっ、魔族のガキ売ることはできねぇよ。さっさと帰れ」


 材木屋の職人に露骨に眉を顰められ、背中を押され私は店の外へと押し出される。


「っと……」


 足がもつれ、私は地面に尻もちをつく。そんな様子を店員は鼻で笑い、店へと戻っていく。


 周りから怪訝気な視線を向けられる。侮蔑、或いは恐怖の視線が向けられていることに私は眉を顰めそうになり、臀部の土を払いながら立ち上がり、地面に落ちた帽子を被る。


(理由ある差別とはいえ、流石に取り付く島もない。不愉快ではあるが表町だからブラト・イヒレンやラットを襲わせることもできなくてもどかしい)


 ポーチの中にある試験管が壊れてないことを確認し、私は街を歩く。


(しかし、この街はいつものことながら騒々しい)


 私が住む街――『ハルヴェス』の街はグランドーン地方の港湾都市の一つである。

 海に面した港では他大陸や地方への輸出入が行われており、海に繫がる3本の河川の岸には商会の倉庫が立ち並ぶ。

 そうした都市であるため、人通りは多く騒がしい。ヒューム、エルフ、ドワーフは勿論、時折ピグミンやドラゴニュートといった珍しい種族が横切ることもある。


(しかしまぁ、当然とはいえ魔族は少ないか)


 この世界では人間は人族と魔族の二つに分類されている。

 文明の発展を好み、善を愛する人族。

 文明の破壊を好み、悪を愛する魔族。

 根本的な価値観の相違、神々の呪いである『穢れ』への拒絶、実際の魔族による被害。

 様々なものを通したが故に、人族は魔族を差別する。自分たちの身に危険が及ばないように、危険を遠ざける。

 そして、ノスフェラトゥは本来魔族に属する怪物だ。


(まぁ、私がどちらかといえば例外側であるのは事実ではあるか)


 向けられる視線に含まれたピリピリとした悪意を感じ取り、不快感を石を蹴って紛らわす。


(……まぁ、考えても仕方ない。気晴らしに【接触濃縮】の誘引物質を作るための果物でも見ていよう)


 脇道に逸れ、海岸線の市場へと向かう。

 海岸線の市場は海からの魚介と果実を売る露店が多く立ち並ぶ。それを求めて多くの人族が足を運び、その流れの中に私も混ざる。


(今日は柑橘系が多い。腐らせるには丁度いいか)


 コバエに使う誘引物質の材料は熟れた果実と度数の高い酒であり、酸っぱい臭いとアルコールを混ぜ合わせて作っている。

 酒はスラムの店でも買えるが、新鮮な果実は表町に行かないと中々手に入らない。


「おじさん、この果物を10個」

「あいよ。20ガメルだ」


 無愛想な露店の店主に銅貨を10枚渡し10個の果物を受け取る。

 その果物は黒い靄に包まれ、影も形も無くなる。


「おい、そこの魔族」

「なんでしょうか」


 本来の目的である材木屋に向かおうとしたとき、声をかけられる。

 高圧的で悪意に満ちた声に実験のことで気分が高揚していた私は眉を顰めながら顔を向ける。


(……警邏か)


 青い貴族風の制服と胸に付けられた星型のバッジは勲章であり、同時に身分をひと目見てわからせる。

 右腰に提げられたサーベルと短杖は前世の『侍』を想起させる。

 警邏。より正確にはハルヴェス警邏隊。ハルヴェスの治安を守る警備隊であり、貴族などで構成される軍の部隊。

 軍帽を深く被り、鋭い目を向けてくる青年の態度に私は呼吸を介し魔力を練り上げる。


「何故ここにノスフェラトゥがいる。何を企んでいる」

「私はここの国の国王陛下から居住許可を得て生活しております。それがどうかされましたか?」


 青年はその手をサーベルの持ち手に置く。


(ノスフェラトゥを見かけたから正義感から声を掛けた……いや、違うな。端から私を……)


「何、貴様が蛮族である以上警戒せねばならない。何より、貴様が盗人であることは明確だ。青い宝石の指輪も盗んできたものだろうし、仕立ての良いワンピースだって盗んできたものだろう」

「先入観というのは認識を歪めるとよく聞きますが、随分な言いがかりですね。もしくは、あれですか?警邏隊という身分を使って合法的に魔族に処罰を下すことで八つ当たりをしているのですか?」

「貴様!!」


 青年の腰からサーベルが引き抜かれ、ピタリとこちらに向けられる。青年の怒号は周囲に響き、市場を歩く一般民衆は驚き、露店の店員は不快げに目を細る。


「蛮族の分際でこのヴァルドルフ家三男、エリク・ヴァルドルフを侮辱したな!!」

「おや、随分な怒りようでございますね。まさか事実だったとは露知らず申し訳ございません。……それと、一つ訂正を。私たちは蛮族ではなく魔族です。私は気にしませんが、誇り高い魔族相手に蛮族などという蔑称を使えば……貴方は死ぬより恐ろしい目にあうでしょう」


 魔族には魔族としての誇りがある。

 誇りを傷つける行為や発言は魔族にとって逆鱗であり死ぬより恐ろしいものだ。


 私の警告に対し、顔を真っ赤にし青筋立てる青年はより深く、大きな皺を作る。


(さて、騒ぎを大きくしたが……他の警邏隊が来た様子はないな。参ったな、私の試験管を用いた呪詛魔法は爆発力があっても瞬発力がないのが欠点である以上少々困る)


 試験管を取り出し、キャップを外し、薬液を撒き、引かれた生物に呪詛を付与し、攻撃させる。

 何処でも武器を調達できるということは常に1から武器を調達しないといけないことと同義だ。


(向こうも襲いかかってそうな空気ではあるし……仕方ない、目立つ形にはなるが抵抗するとしよう)


「おいエリク!何をしている!!」


 腹を括り、攻撃を仕掛けようとした時だった。

 群衆の中から強い口調の声が響く。私が声のした方向に顔を向ける。


「死ね魔族!!」


 その瞬間、私に向けて青年のサーベルが振り下ろされる。明確な命を狙った攻撃、私は振り下ろされるサーベルに視線を向け、殺意の籠められた一撃に目を見開いた。


「いい加減にしろ」


 振り下ろされるサーベルは服を切り裂き、私の身体をすり抜ける。

 驚きと困惑に体勢が崩れた青年に私は足を踏み込みその腹に深々と拳を打ち付ける。骨に響き、内臓へとめり込む感触が伝わってくる。


「ガハッ……!?」

「弱点を弱点として残さない。欠陥があれば原因を把握しカバーする方法を模索する。……研究者、探求者のバイタリティを舐めるな、ゴミ野郎」


 体重を乗せた一発の拳に男の身体が前へと倒れる。

 地面に倒れた男に侮蔑の視線を向けると、私は背を向けた。


(ワンピースが切られたな。能力の使い方には慣れたつもりだが、服の方はまだまだだな)


 切られた服の断面を摘み私はため息をつく。


 ノスフェラトゥは生命力を消費することで自身の肉体を霧状に変化させることができる。『霧化』と呼んでいる能力使用中は物理攻撃を無効化することができ、防御性能は高い。


「き、君!大丈夫かい!?怪我はないかい!?」


 青年が群衆を掻き分けて出てくる。青い警邏服は倒れたゴミと一緒の隊に所属する者であることは目に見えた。

 青年は私の両肩に手を掴み、じっと私の身体を見下ろしてくる。

 瞬間、頭にノイズが走った。


「離せ!」


 ドンと。


 私の足が青年の身体を蹴り飛ばす。

 青年の体は蹌踉めき、私は群衆を掻き分けスラムへの帰路へついていくのだった。

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