第4話

ー4ー


 ようやく苦労が報われると思われた矢先、徒労だと気づく。その衝撃に、もっとも騒がしく反応したのはマイクだ。


 彼は所構わず蹴り飛ばし、憤慨ぶりを露わにした。

 


「フザけんなよボケ! こんだけ危険な目に遭ったのに、報酬も無しか! やってらんねぇよ!」


「腐るなマイク。対抗兵器の方は残されているだろう。当初の予定通り、そちらだけを貰っておこう」



 薬品の並ぶガラスケースの中には、不自然な事に、バズーカ砲が安置されていた。ゾンビを殲滅するために使用するのだ。


 だが弾丸は通常の物とは異なる。炸裂させるだけの火薬と、指定された薬品を混在させた特殊弾が必要不可欠だ。



「新庄、オレらには何のことか分かんねぇ。テメェが作れ」


「今からでも考え直せ。生存者を巻き込む方法は賛成できない」


「何度も何度もうるせぇんだよ。ぼちぼちテメェも死体の山に加わるか?」



 今度はロレンスも止めなかった。最悪、死なせても良いぐらいには考えていそうだ。


 観念した新庄は、マニュアル通りに弾丸を作成し、それをマイクに押し付けた。



「弾は出来た。だが、バズーカの扱いなど、私は知らない」


「オレらには使えんだよ。心配すんなクソ野郎」



 物が揃ってしまえば、最早研究所になど用は無い。ゾンビに対抗しうる兵器を携えつつ、地上出口へと戻った。



「新庄。具体的にはどう使用するんだ? まさかゾンビに直接打ち込む訳ではないのだろう?」


「空に向けて撃て。弾が上空で破裂すると、薬品が周囲にバラ撒かれる。それでゾンビたちが発火して倒れるという寸法だ」


「なるほど、理解した。だがもし不発であったなら、その首を心配してもらうぞ」



 ロレンスは、バズーカ砲を肩に担ぎ、狙いを定めた。夜空に向けて発射。弾丸は白煙で軌跡を描きつつ、星空の中へと消えていった。


 しかし、いかに待っても破裂する気配がない。それどころか、打ち上げた弾が彼らの元へと落ちてきた。弾丸は炸裂しなかった。そして落下の衝撃でひしゃげ、煙を撒き散らすばかりになる。



「新庄テメェ……! 土壇場で小細工しやがったな! ゲホッゲホ」


「お前には愛国心と言うものが無いのか、新庄。僅かばかりの人間を助ける為に、国家を危険に晒すなど、どう考えても釣り合わな……ゲホッ! 何だこの匂いは……!」


「どうした2人とも。目が虚ろだぞ」


「あれ、おかしいな。夜だと思ったのに、すんごく明るいぞ。それに花畑まで見えるんだがアハハ」


「マイク、お前もか。確かに、大草原が広がってるな。さっきまで違う場所に居たはずなのに、あれは何だっけかな、アッハッハ」



 ロレンスとマイクのどちらも、虚空に手を伸ばしてはウロついた。新庄からすれば『何も無い』のだが、彼らには、別の物が見えているようである。


 新庄はこの瞬間、成功を確信した。実は弾丸に細工を施していたのだ。



「誘引剤と幻覚薬を混ぜておいた。君たちは正気を保てまい。もっとも、まともに聞こえてもいないか?」


「あぁ、ワクチンも手に入ったし、これで大金持ちだぜ。マンハッタンの一等地に住めるかもなぁフヘヘへ」


「それよりもロレンス、マイク。あちらを見たまえ。君たちのような勇敢な男には、美女の接待が待っているようだぞ」


「あぁ、本当だ。あんな美人見たことねぇぞ。妖精か、いや女神かなウヘヘヘ」


「何人居るんだ。この歳でどこまで相手できるか、心配になるなワッハッハ」



 2人は白目を剥きながら『美女の群れ』を目指して歩み寄った。そこに待ち受けていたのは、ゾンビの一団である。



「あぁ、日本の女は激しいんだな。すっげぇ積極的……いて、いてて。イデデデデッ!」


「こんな歓迎は珍しすぎる。最高だったと、友人のボビーにも教えてやらなきゃァアアアアァァアア!!」



 嬌声の声は、やがて断末魔の叫びと変わる。新鮮な血が飛び、肉が転がるうち、2人とも動かなくなった。


 その一部始終を眺めていた新庄は、静かに歩み寄った。反応したゾンビ達が顔を向けたが、ウェットティッシュを振って追い散らす事に成功。アルコール臭の撃退効果は抜群だった。



「どうだマイク、ロレンス。最期に良い思いをして死ねたんだ。幸福だったろう?」



 新庄は、自身の顔からフィルムを剥がすと、亡骸に歩み寄った。2人の瞳に生気はない。見開いたままで、在らぬ方だけをジッと見つめている。



「お前らにとっては他所の国だろう、だが私にとっては大切な故郷だ。焦土化だなんて見過ごせる訳がない、何があろうともだ!」


「新庄……バカな男だ……」


「マイク。まだ息があったのか?」


「これで、日本中がゾンビで溢れ返る。僅かな犠牲を拒んだせいで……」


「本土にまで被害は及ばんよ。内海が阻むからな」



 新庄は、マイクの顔にウェットティッシュを被せてやった。別れだと言わんばかりに。


 それからは踵を返して、静かに歩き出した。



「もう夜か、どうりで腹が減るはずだ。薬局で弁当を買おう。運が良ければ、半額商品が残ってるかもしれない。あとは除菌スプレーなんかが有れば」



 会社敷地を出た後は、暗い夜道を歩き続けた。街頭はあれど通電していない。月明かりが頼りである。


 歩く最中、遠くにゾンビの集団を見た。その姿を新庄は、寂しげに見つめては、先を急いだ。


 弁当が有るかすら分からない、ドラッグストアを目指して。




ー完ー

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【短編】たとえ死人にまみれても おもちさん @Omotty

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