第3話

ー3ー



「結論、ワクチンはある。そして対抗武器もだ」


「オーケィ、朗報だな。どこにある?」


「それはトップシークレット。正規研究員の中でも限られた者しか近寄れない。つまりはレベル3のカードキーが必要不可欠だ」


「そんな都合よく見つかるとは思えんが」


「この荒れ様だ。探してみる価値はあるだろう」



 3人はラウンジを後にして、施設内部へと歩を進めた。レベル2のカードキーを端末に翳し、いざ研究室へ。


 目に映るのは細い通路に並ぶ小部屋。それと、折り重なるように倒れる研究員たちの姿であった。



「チッ。どこもかしこも死人だらけかよ」


「気を抜くなよマイク。いつ襲ってくるか分からんぞ」


「2人とも、警戒は恐らく不要だ。これらの死体はゾンビにならない」


「どういうことだよ?」


「よく観察してみろ。白衣の所々に赤いシミがある。ゾンビに襲われたにしては、体がキレイすぎるだろう」


「確かに。言われてみれば、壁に弾痕もあるな。つまりは……」


「彼らは人の手によって、無惨にも殺されたに違いない」


「ウィルスに感染しなければ、物言わぬ亡骸か。眠れ、安らかに」



 研究所の荒れ方は目を覆うほどだ。人も物も蹂躙され尽くし、在りし日の姿を想像する事さえ困難だ。


 それから3人は通路奥のメインラボへと辿り着く。ガラスの培養器に多くの生物が格納されており、こちらは、不自然なまでに無傷である。



「さすがの乱入者たちも、これらに手を出すことは恐れたか」



 培養器の中身は異様そのものだ。人間の臓器に無数の触手が生えたものや、頭が3つに分かれたヘビなど、理解不能な素材が多く並ぶ。


 マイクがにわかに吐き気を催したのは、正常な反応だと言える。



「うえっ。悪趣味すぎんだろ。神の怒りを恐れぬ所業ってやつか」



 マイクはテーブルに手をついて座り込んだ。すると、視界の端で何かが動くのを見た。敵か。咄嗟に転がると、物陰から1人の男が飛び出した。



「うわぁぁクタバレ! 性懲りもなく私を殺しに来たんだなぁぁ!」



 それは白衣に身を包んだ研究者だった。彼は拳銃を両手持ちにして、新庄達に向けて乱射した。その大半は外れたものの、一発だけ命中させられてしまう。



「ぐぁ! 痛ぇ!?」


「マイク! クソッ。よくも仲間を!」



 ロレンスは、マイクが落とした拳銃を拾い上げると、すかさず応射。精密な射撃が脳天を貫き、沈黙させる事に成功した。


 しかし、ロレンスに喜ぶ気配は無い。それよりもマイクの容態が気掛かりのようだ。



「しっかりしろ。左肩を撃たれたか。弾が抜けたのは不幸中の幸いだったな」


「すまねぇ、ドジッちまった。こんな時に」


「気にするな。それに、オレ達の旅も佳境のハズだ。そうだろう、新庄?」



 新庄は問いに答えなかった。代わりに、両手を合わせて、白衣の亡骸に哀悼の意を示した。そして懐を弄っては、それをロレンス達に見せつけた。



「レベル3のカードキー、見つけたぞ」


「それは良かった。ということは、その男は上級スタッフだったのか?」


「プロジェクトリーダーかな。冷徹な男だと聞いていたが、発狂するまで怯えるとは。気掛かりだ」


「確かに。ゾンビを恐れる様子とは、少しだけ違っていた。もっとも、死んでしまえば考察も無意味か」


「おいロレンス。これも研究資料ってやつじゃないのか!?」



 マイクの言葉に2人が駆けつけた。それはパソコンのモニターで、ログイン状態を維持していた。



「私が代わろう。粗野な男に触らせては、予期せぬ事態になりかねん」


「クソが。しくじるなよ、鉛玉をブッ込むからな」



 新庄は中身を探るうち、掴むことになる。このゾンビウィルスにまつわる全てについて。



「我がタクラムワークスは、某国より密やかに依頼を受けていたらしい。研究は困難を極めたが、やがて結実する。その成果は『Zーウィルス』と呼ばれる事になった」


「Z……。終焉を示唆するつもりか。他には?」


「Zーウィルスに感染した人間は、知能と身体能力を著しく損なう。また血の匂いを好む一方、アルコール類の刺激臭を苦手とするらしい」


「そんな些末な事はどうでもいい。ワクチンと、対抗武器だ」


「Zーウィルスは特定の薬品に強く反応し、高温化した後に発火する。その性質を利用した対抗兵器が、施設の奥にある。ワクチンも同様だ」


「へぇ。だったら両方とも頂いて行こうぜ。その兵器とやらをブッ放して、安全に逃げる。その後にワクチンをどこかの企業に売り飛ばせば、きっと大儲けだぜ」


「いや、それを許す訳にはいかない」


「何だと新庄!? もういっぺん言ってみろやボケが!」



 マイクは新庄の腕を強く捻った。片腕を負傷している割に、締め上げる力に遜色は感じられない。



「クッ……離せ。まだ調査の途中だ」


「知らねぇし、もうどうでも良いんだよ。ワクチンや武器の目星が付いたんだ。テメェを生かしておく意味もなくなったよなぁ!?」


「ワクチンなら好きにしろ。それをどう扱おうが知った事ではない。だが兵器だけは使わせんぞ」


「テメェは何を見てやがった。どこもかしこもゾンビだらけだ。まとめてブッ殺さなきゃ、ジリ貧になってコッチが殺されんだろ!」


「さっきも言ったが、ゾンビをまとめて発火させる兵器だ。人間サイズの可燃物が、そこかしこで燃えたら、この街はどうなる。大火災になる事は必定だ! 辛うじて難を逃れた生存者までも、みんな巻き添えにしてしまうぞ!」


「知ったことか! 他所の国で何万人死のうが関係ねぇよ!」


「この、無知蒙昧な外道め……!」


「落ち着けマイク、そこまでだ」



 ここでようやくロレンスが割って入る。新庄もやっと腕の自由を取り戻して、自身の手首を労った。


 しかし議論は途中である。ロレンスも、要求を変えるつもりは無いのだ。



「新庄。同胞を守りたい気持ちは分かる。しかし、このままゾンビを野放しにすれば、日本全体が危機に陥るだろう。今の段階で殲滅しておくべきだと思う」


「だから対抗兵器を使えと? 逃げ隠れる人々を巻き込んで、事情も知らさないままに焼き尽くせと?」


「それらは尊い犠牲だ。一人ひとりが、祖国を救うために命を捧げた英雄だ」


「そんな称賛、何の足しにもならない」


「別に良いじゃねぇかよ。お前ら日本人はワーカホリックだ。街が焼け落ちても、数年あれば元通りだろ?」


「死んだ者まで元に戻るか!」


「マイクより私の話を聞け、新庄。ともかく君の理屈は理解した。しかし、我々にはそれに付き合う余裕なんて、最早どこにも無いんだ」



 ロレンスの手元に冷たい光が宿る。その研ぎ澄まされたナイフが、静かに、新庄の首筋を撫でた。



「陳腐な台詞だが敢えて言おう。命が惜しければ、我らに従え」


「武器の扱いと言い、随分と手慣れている。お前たちは一般人じゃないな?」


「今は素人だよ。もっとも、退役軍人だがな」

  

「道理で。命の価値を安く見積もる訳だ」


「無駄話はこれまでだ。お前には道案内してもらうぞ」



 こうして3人はメインラボを後にした。新庄を先頭にし、2人は背後から銃を構えて続く。それはゾンビだけを警戒しているのではない。


 もはや人質である。新庄も、ワイシャツを赤く染められることを想像しては、無音の研究所内を歩き続けた。


 しばらくして新庄が足を止めたのは、通路のど真ん中。壁に大きく『3』と描かれている事以外に、目立つ物は何もない。



「どうしたんだよ。キリキリ歩けよコラ」


「ここが入口だ」


「アン? 適当ブッこいてんじゃねぇ――」



 新庄は、壁の穴に指を差し込み、手を引いた。すると電子パネルが現れたので、カードキーを翳す。



「ワクチンが貯蔵されているのは地下だ。アクセス方法は、このレベル3エレベーターのみらしい」



 虚言では無かった。壁と思われたのは、エレベーターの扉であり、機械音とともに左右に開かれた。


 壁の向こうにこんな設備があったのか。知らぬ者にすれば驚愕必至の出来事だ。しかし驚くべきことは別にあった。



「うわ! なんだコイツ、死体か!?」



 エレベーター内部には、何者かが倒れ伏していた。装いもヘルメットに防毒マスク、自動小銃と、酷く物々しい。警備員ですら、ここまでの武装を許されてはいなかった。



「特殊部隊……? どこの差し金だ」


「これは銃撃されたかな。身元が割れそうなモンは、やっぱり何も持ってねぇわ」


「マイク。使えそうな武器は?」


「自動小銃……はダメだな。弾がねぇ。9ミリ弾だけ貰ってく」


「では先を急ごう。どうせこれもゾンビにはならないのだろう?」


「害は無いっつうけど、死体とご一緒なんて気が滅入っちまうよ。クソが」



 3人はエレベーターに乗り込み、地下施設へと移動した。


 長い時間をかけて降った先は、またもや通路だ。最奥には、ワクチンを格納するラボスペースがある。


 だがそこへ辿り着く途中には、驚愕の光景が広がっていた。今しがた一緒に降りた死体など、可愛く思える程に。



「何だこれ……戦争でもやらかしたのかよ?」



 中は死体、死体、死体の山だ。数え切れない程の人間が、そこかしこに転がされている。遺体の損傷も激しく、これだけの数があるのに、五体満足であるのは1人として居なかった。



「食い荒らされたって感じじゃねぇよな。引きち千切られたのか……?」


「おいマイク、これを見ろ!」



 ロレンスが指を差す先には、更に眼を疑う物が転がっていた。熊か狼か、体毛に塗れた巨体が、床に倒れ伏している。


 人間を遥かに超える体つきに、3人は怖気を覚えた。



「マイク。生死確認だ、撃ってみろ」


「おうよ。状況次第じゃ、エレベーターに逃げ込むぞ。走る準備をしておけ」



 ダン、ダン。続けざまに2度発砲。謎の巨大は体を弾ませるも、憤激するといった生体反応を示さなかった。死んでいるとしか思えない。



「どうやら化物は打ち倒されたらしい。この特殊部隊らしき連中がな」


「この被害じゃ、部隊は壊滅だろ。お偉方は顔を真っ青にしてるかもな」


「どこの連中かも知らん奴らに、気遣いなんて無用だ。行くぞ」



 そこから、見通しの良い通路をゆけば、突き当りにドアが有る。自動で横に開くと、何ら妨害もなく、目的地へと辿り着いた。



「そんじゃ新庄、とっととワクチン取ってこいや! これで大金持ちになれっぞ!」


「いや、無いな」


「アァ……!?」


「ワクチンはもう無い。何者かに奪われたらしい」


「おい、適当ブッこいて、ワクチンをかすめ取ろうってんじゃ……!」



 不審がるマイクだったが、間もなく彼も理解する。新庄が冷凍装置を指し示すので、覗き込んで見れば、中は空である。


 恐らく、この中にワクチンが格納されていただろうと、素人目にも想像できた。そして既に持ち去られてしまった事も。

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