第2話

ー2ー


 タクラムワークス社の敷地は広大だった。地方都市とは言え、これほどの社屋を構えるのだから、財力の凄まじさを感じさせる。



「はぁ~〜。こんだけデカイとか、怪しげな研究やってるだけはあるよな」



 マイクがボヤく通り、見るもの全てが立派である。入口の大きな門に、整った歩道。随所に植えられた樹木も丁寧に剪定されている。



「新庄。ここには電気が通っているのか?」


「敷地内に発電所があるらしい。と言っても馬鹿デカイものではなく、小型化されたコンパクトなものだと聞く」


「そうか。今はどこへ向かっている?」


「私のデスクがある別棟だ」



 大きな建物は避けて、裏の方へと回る。すると通路は、進むほどに粗雑になっていく。アスファルトが欠けるだとか、白線が途切れがちだとか、目に見えて不備が増えた。


 表面が華やかであっても、裏側はこんなものである。新庄にとっては、別に新鮮でも無い事実だ。



「ここが別棟だ。生存者が居るかも知れない。注意してくれ」


「んなもん、ブッ殺しちまえば一緒だろうがよ。動くやつを見かけたら、率先して撃つからな」


「……フン」



 新庄の懸念は外れた。自動ドアを開けて小さなロビーを通過し、オフィスへと到着する間、誰とも出会わなかった。それが幸か不幸かは、悩ましい。



「さて新庄。やりたかった事と言うのは?」


「これだ」


「その紙は何だ? 日付や時間が羅列されているが」


「タイムカード。これを打たないと落ち着かなくてね」


「……ハァ?」



 新庄は、機器を操作して打刻した。そして恍惚とした笑みを浮かべる。背後で般若の如き顔になる2人とは、大きく違って。



「おいテメェ! まさかこんな事の為に、危険を冒してやって来た訳じゃないだろうな!?」


「マイクの言うとおりだ。返答次第では、痛い目を見てもらうぞ」


「2人とも落ち着け。理由なら他にちゃんとある」


「本当だろうな、オゥ?」


「さて、本日は小包が届く予定だが、来てるかな?」


「来るわけねぇだろボケ!!」



 来てた。新庄は満面の笑みで包みを開けると、感嘆の声をあげた。



「素晴らしい。これはもう職人技だ。パートナー企業も日々成長してるのだな」


「それは何だ。セロハン紙かフィルムに見える」


「これは開発中の新製品でね。顔に貼ると花粉やウィルスなど、微粒な諸々をシャットアウトしてくれる。ちなみに本筋とは一切関係ない」


「おいテメェ」


「例えばこのようにして、ヒモを通してマスクのように扱う。透明だから目立たない。しかも呼吸は楽々。毎年のように花粉症に苦しめられる日本国民にとって、夢のような発明であると――」


「さっきからフザけてんのか、この野郎!」



 痺れを切らしたマイクが、椅子を蹴り飛ばしては駆け寄った。そしてまたもや銃口を突きつけてくる。


 今度はロレンスも、取りなしてくれる素振りを見せない。彼も憤慨した様子で腕組みをし、成り行きを見守っていた



「さぁフザけた研究者よう。死ぬ覚悟は出来たかコラ?」


「私を滅してどうする。君たちだけでワクチンが手に入るとでも?」


「んなもん、やってみなきゃ分からねぇだろ!」


「セキュリティに阻まれるのがオチだ。ともかく手を離せ。これでは何も出来ない」


「偉そうにしやがって。それが最期の言葉で良いんだな!?」


「マイク、離してやれ」


「おい、マジかよロレンス!」


「新庄の言葉に一理ある。我々のような素人だけでは限界もあるだろう。建物の構造すら知らないのだから」



 マイクが渋々手を離すと、新庄はこれ見よがしに衣服を正す。ワイシャツの襟を撫でて、裾を強く引っ張り、スラックスの中へ押し込んだ。


 彼なりの『嫌味』はここまでだった。



「新庄、今は何を?」


「手の汚れが気になる。ちょっとウェットティッシュで身綺麗にしようかと」


「後にしろ。それはポケットにでも突っ込んでおけ。私だっていつまでも冷静な訳じゃない」


「ハァ……忙しないな。本社屋・研究所エリアに入るには、管理者クラスの許可が必要だ。だから主任のパソコンを借りよう」


「他人の物なのに、パスワードが分かるのか?」


「主任は、部下に仕事を押し付ける天才だったからね。パスワードを聞き出すことくらい、難しくなかった」



 新庄がエンターキィを熱く叩く。タンタァン。するとオフィスの中で、何かしらのОA機器が作動した。



「できた。ゲスト用のカードキーだ。これで研究所の端っこくらいは歩き回れるだろう」


「それに何の意味が? 収穫が得られるとも思えない」


「職員のロッカーなりを漁れば、更に上位のカードキーも見つかるだろう。めぐり合わせに期待しようか」


「仕方あるまい。他に手段も無いだろうしな」



 こうして彼らは研究所へと潜り込んだ。そこは、受付ロビーとラウンジが一体化したスペースだ。


 彼らを出迎えたのは多数のゾンビだ。屋外の静けさからは想像も出来ないほどの規模だった。これにはロレンス達も困惑し、劣勢を強いられた。



「マイク、頭だ! 眉間を狙って撃て!」


「そんくらい分かってんだよ、クソッタレが!」


「ナイスショット、良い腕だな」


「はぁ……思いの外多くて、さすがにビビった……。つうか弾がヤバい。どっかに9ミリ弾落ちてねぇかな」


「日本は銃社会じゃない。あまり期待はできないな」


「そんでよ。何か見つかったのか、お荷物の新庄さんよ?」



 そんな声をかけられるなり、片手を挙げた。成果ありと知らしめたのだ。 



「これを見て欲しい」


「……紙コップ?」


「中身だ。この色味、山ぶどうスカッシュに違いない。研究所務めになれば、これがタダで飲めるのだろう。妬ましい事だ」


「マジクソ野郎。次フザケたら、両手足を縛ってゾンビどもに投げ込むぞ」


「慌てるな。幸先良いことに、ファイルケースを見つけた。報告書でもあれば一気に謎が解けるだろう」



 新庄は、置き去りにされたバッグを漁り始めた。まずはカードキー。レベル2とある。それからA4サイズのファイルケースを取り出した。



「こんな最先端の研究所でも、紙ベースで仕事してんのか。アナログだな」


「我ら日本人は、古き良きを大切にする種族だ」



 新庄は、片っ端から目を通していく。そして、途中で手が止まる。



「見つけた。ゾンビウィルスに関する機密情報だ」



 ロレンス達に見せてやったのだが、2人とも眉間にシワを寄せた。母国語でない上に、専門用語が踊り狂う文書だ。詳細に読み解くことは難しいようだ。



「では、掻い摘んで説明する。騒動の発端となったゾンビ化ウィルスだが――」



 新庄の説明に、2人は真剣な面持ちで耳を傾けた。その顔は、間もなく喜色に染まる事となる。

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