元魔王の皇帝陛下と元OLで平民の私が、なぜか結婚することになりまして!?

朝姫 夢

元魔王の皇帝陛下と元OLで平民の私が、なぜか結婚することになりまして!?

 そもそもなんで私は今、こんな豪華なお城の廊下を歩いているんだろう。


 ふと我に返った時に思ったのは、そんな純粋な疑問だった。

 元々アラフォーの独身OLだった私は、ある日の運転中に突然真横から大型トラックに激突されて。そのまま死んでしまうという、何とも呆気ない最期だった。

 そして気が付けば、なぜか知らない世界でとある村の子供として生きていて。いわゆる転生だなと思ったのは、私が六歳の時だった。


「皇帝陛下がお待ちです。どうぞ」


 そう言って開かれた扉の向こうは、謁見えっけんの間と呼ばれる場所らしく。そんな場所にどうして平民が呼ばれているのかと言えば、単純に未だお妃様どころか婚約者もいない皇帝陛下の嫁探しを、ついに貴族からというのすら諦めたから。そして首都から徐々に、それこそしらみつぶしに女性を連れてきて会わせているというのが実情。

 その白羽の矢が、ついにわが村にも立ったというだけの話で。私は別に何か特別な理由があってここに連れてこられているわけでは断じてないわけだ。


 ただし、拒否権は一切なかったけれど。


「娘をここへ」

「はっ!」


 どちらかというと連行されてる気分だなーなんて思いながら、促されるまま赤い絨毯の上を歩いて。階段へと続くその手前で止まる。

 見上げた先、薄いカーテンのようなもので仕切られた向こう側には、かすかな人影。玉座に座っているのだろうあの人が、この世界の皇帝陛下。


 噂によれば黒い髪に赤い瞳の、それはそれは美しい人なのだとか。ただその容姿と強すぎる魔力に、女性のみならず男性までも震えあがってしまって。黒い髪というだけで、この世界では畏怖いふの対象になる。魔力が強ければ強いほど、髪の色は濃くなると考えられているらしいから。それでも髪だけなら、まだよかった。魔術師なんてほとんどの人たちが黒髪らしいから。


 ただ、赤い瞳だけは特別だった。その血のような色は、最初は災いを呼ぶと考えられていたらしいけれど。いざ成長してみれば、完璧に魔力を操ってみせる誰一人敵うことのない皇太子になって。けれどその分、抑えきれないほど強い魔力に両親ですら近づけなくなってしまったのだとか。


 正直それを聞いた時には、どこの少女漫画だ!? と思ったものだったけれど。それはたぶん、私が現代日本で生まれ育った記憶があるからなんだろうな。

 そうじゃなければこの世界の常識にのっとって、私も震えあがっていたかもしれないから。


「娘、体調はどうだ?」

「え? いえ、特には何も……」


 むしろそう聞いてくるあなたの顔色の方が若干悪い気がして、こっちが心配になってくるんですけど。

 歯向かう相手には容赦しないって聞いたことあるけど、そんなに皇帝陛下怖いんですか? その人と今から顔合わせるんですけど、私。


 というか、ですね? 入ってきたときからなんとなく感じてはいたけれども……。

 この謁見の間の空気、重すぎませんか!?

 なんか全員重苦しいというか、緊張しすぎじゃないですかね? それこっちに移りそうだから、本当にやめて欲しい。


「陛下。大事なさそうですが……いかがいたしますか?」


 偉い人なんだろう。直接そうカーテンの向こう側に話しかけているこの人は、年齢も高そうだし。

 どうでもいいことを考えながら私も顔を上げれば、僅かに見えている人影が手を振る仕草を見せて。その瞬間、全員が一斉に頭を下げた。


「……え?」


 あれ、これ……私も従っておいた方がいいやつ? ねぇ、その方がいいのかな!?

 元日本人気質を遺憾なく発揮して、とりあえず私も頭を下げておく。たぶんその方が無難だと思ったから。少なくとも間違いではないだろうし。


 そう、思っていたら。


「娘、顔を上げろ」


 聞こえてきたのは、静かで落ち着いた低めの声。そこにあるのは威圧感じゃなく、むしろ少し吐息が混ざったような色っぽい雰囲気で。

 一体どんな人からこんな声が出ているんだろうという興味も持ちつつ、言われた通りに顔を上げたその先にいたのは。



 ありえないほどの、美青年――。



 いやいやなにそれ!! ここは本当に漫画の世界とかなんかですか!?

 いや、異世界なんだけどね!? 現代日本から見たらそうなんだけどね!?


 さらりと流れる黒髪は、僅かな光さえ反射してつやつやと輝いて見えて。気だるげに頬杖をつきながらこちらを見ている赤い瞳は、怖いというよりはただただ神秘的で。それなのにどこか諦めたような雰囲気なのは、その姿に怯えられてきたからなのか。


 っていうか、ちょっと待って! あんまりにも綺麗すぎて、逆に直視できないんですけど!?


 顔が赤くなりそうで、思わず視線を外すのと同時に俯く。

 あれは危険だ。綺麗が過ぎてむしろ目に毒だ。見慣れたら一生結婚できなくなるやつだよ。


「……俺が、恐ろしいか?」


 それなのに聞こえてきた声は、やっぱり何かを諦めているかのようで。

 でもその質問に対する私の答えは、ノーだ。


「そんなことはないです」

「では、なぜ目を逸らす?」

「それは、その……」


 そんな綺麗な顔直視出来るかぁ!!!!


 なんて、言えるわけないじゃないですか。私は小市民なんです。平民なんです。生まれる前から庶民派なんです。

 でもだからって答えないわけにはいかない。だからこう、元日本人らしくがっつりしっかりオブラートに包みつつ……。それでも要点だけは、ちゃんと伝えることにした。


「陛下のお顔が、綺麗すぎて……は、恥ずかしいので……」

「…………」


 ちょっ! そこで黙るのやめてくれませんかね!? 割と本心でもあるんですよ!?

 まさか自分がこんな恥じらう乙女みたいな状態になる日が来るなんて、思ってもみなかったんですから!!


「娘……まさか…………」

「……はい?」

「……良い。全員、下がれ」

「はっ!!」


 ん? これは私もお役御免という事かな?

 じゃあ遠慮なく村に帰りましょうかね、と。一応お辞儀をしてから回れ右をしたのに。


「娘、どこへ行くつもりだ?」

「へ……?」


 なぜかいつの間にか玉座どころか階段まで下りてきていたらしい皇帝陛下に、後ろから腕を掴まれて歩けなくなる。

 あれ? なんで? だって今、全員下がれって……。


「お前だけは残れ。話がある」

「え? あ、はい……」


 そう言われたら、従うしかないんですが。

 っていうかちょっと待って!? いつの間にか全員本当にいなくなってるよ!? いくら何でも早すぎない!?


「ふむ……こうして俺が傍にいても、触れていても恐れない、か。興味深くはあるが、さて……」

「え、っと……? とりあえず、まずはお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」


 正直手も離してほしいけれど、流石になんかそれを言える雰囲気じゃなかったから。代わりに別の提案をしてみる。


「あぁ、そうだったな。だが、その前に……お前は俺が以前別の世界で、魔王として君臨していたと言ったら……信じるか?」


 んんんんん!? なんか突拍子もない話題が出てきたぞ??

 とはいえ、だ。信じるも何も、私だって……。


「それを言うのなら、私だって別の世界で生きてきました。魔王とか魔法とか関係ない、割と平和な国でしたけど」


 あの世界では、割と平和な国だったと思う。国内での戦争なんてなかったし、犯罪率も比較的低かったし、衛生的にも最先端だったし。

 この世界も今は戦争がない状態だけど、犯罪率はそれなりに高いし不衛生な場所もまだまだたくさんある。あの生活に慣れ切ってしまっていた私には、むしろちょっと生きづらいなと思うくらいには。


「……なるほど、な。転生者同士というわけか。道理で」

「というか、なぜ魔王様がこの世界で人間の皇帝陛下に? そもそも寿命ってあったんですか?」


 ちょっと気になって聞いてしまったけれど、そうでもしないとなんか一人で納得して終わりにされそうだったから。こっちにちゃんと意識を向けてくれないと困る。

 あ、いや、ごめんなさい。やっぱりその綺麗な顔でこっち見ないで。


「一応寿命はあるが、長寿ではあるな。……いや待て。聞いておいてどうしてこちらを見ない」

「いや、あの、だから……顔が、綺麗すぎるんですってば……」


 さっき言ったよ? ねぇ、私さっき同じこと言ったよねぇ?


「そういえば、そんなことも言っていたな。とはいえ、慣れろ。俺を見て恐怖を覚えない人間は、お前が初めてなんだ」

「……それは、前世も含めてってことですか?」

「ん? あぁ、まぁ。確かにそう、だな……。とはいえ俺は一度も人間に対して危害を加えた覚えはないがな。どうやら人間というのは疑り深く、かつ戦いを求める生き物らしい。何もせずただ領地に籠って生活していた魔族に、ある日突然襲い掛かって来て戦争を始めたのだからな」

「それは……確かに、人間は争う生き物、ですよね」


 人間の歴史なんて、そのほとんどが戦争の歴史だ。それはきっと、どこの世界でも変わらないんだろう。

 まさかそれが異世界でも同じだとは、さすがに思わなかったけれど。


「勇者だのなんだの言っていたが、結局は侵略者であることに変わりはないだろうに。まぁ、目的は魔王の討伐だったようだからな。望み通り死んでやったわけだ」

「わざと死んだんですか!?」

「どうせまた新しい魔王が誕生するだけだ。そうとも知らずに、今頃はきっと人間同士で争っているだろうさ。つぶし合うのなら勝手にすればいい」


 そう言いながら少し遠い目をしていて。けれどそこにあったのは、郷愁(きょうしゅう)と呼ぶにはあまりにも冷たくて暗い色だった。


「……だから、戦い合う意味のないこの世界に……転生したのかもしれませんね?」


 この世界は皇帝陛下一人の魔力で支えられている。あの玉座に座っていることこそが、世界を安定させるための仕事そのものなのだ。

 そしてそれは、生半可な魔力の持ち主では支えきれずに世界を崩壊させる。だから皇帝陛下は常に世界で一番魔力の強い人が選ばれる。

 とはいえ基本的に魔力の強い人というのは貴族だから、結局皇族が一番魔力の強い人を生むことになるわけだけれど。


「……ん? あれ? でもじゃあ、魔力なんてほとんどない平民を陛下の前に連れてきちゃ、ダメなんじゃないですか?」

「本来なら、な。だが、まぁ……どうやら前世が魔王であった名残なのか、どうもこの見た目と魔力量は恐れの対象らしくてな。貴族の女は、誰一人として俺の前で立っていることすら出来なかった」

「…………それは……陛下が綺麗すぎるから、ではなくて?」

「そんなことを言いだしたのはお前が初めてだぞ? そもそもこんな風に会話を交わせるなど、男ですらなかなかいないというのに」

「わぁお」


 それはそれで、逆に人生ハードモードですね、元魔王様。


 っていうか、本当に魔王が存在する世界とかあるんだなー。

 いや、ここだって現代日本からしたら十分異世界なんだから、あり得なくはないんだろうけど。


「さて。では式の日取りなどを決める前に、先にお前の要望を聞いておきたい。どんな衣装がいい?」

「……ん? え、っと……それはいったい、何の式でしょうか?」

「決まっているだろう? 俺とお前の結婚式だ」

「…………はい……?」


 いやいや元魔王様。私たち、今出会ったばっかりですよね? それでいきなり結婚はちょっと……。


「転生者同士だからなのか、どうやらお前は俺を恐れないらしい。ならば丁度良いだろう?」

「いやいやいやいや!! 何が丁度いいんですか!? おかしいですよね!?」

「おかしくはない。何せどの女も俺の前にいられなかったんだ。それなら選択肢はお前しかないだろう?」

「消去法!? 私そんなので選ばれるんですか!?」

「喜べ。この世界の女の頂点に立てるんだからな」

「喜べるかぁ!!!!」


 そんな私のツッコミに、元魔王様は一瞬きょとんとした目をして。

 なのに次の瞬間、それはそれは楽しそうな声で笑った。


「はははははっ!! お前面白いな!! どうやら今度の俺は退屈せずに済みそうだ。消去法と言わず、俺はお前を選ぶことにした。そう今決めたから、逃がさないぞ?」

「なっ!? このっ……!! 悪魔ーー!!」

「ははっ!! 悪魔ではなく、元魔王だ。諦めろ」


 こうして、元魔王の皇帝陛下と元OLで平民の私が、なぜか結婚することになった。


 その後の結婚生活? それは、まぁ……想像にお任せします。



 あ、でも。

 この元魔王様、思ったよりずっと優しくて気遣いが出来る人でした。






―――ちょっとしたあとがき―――



 今回は短編なので、短めのあらすじにしてみました(笑)


 ちなみにこの作品、書き上げたのは2020年です。出すタイミングを見失ってしまい、公開がここまで遅れてしまいました。

 無事に日の目を見せてあげられてよかったです!!


 ちなみに当時のメモによると……。

 「なんとなく……本当になんとなく思いついて、衝動的に書き上げました」

 だそうです。

 しかも構想から書き上げまで、僅か数時間という驚異の代物。

 いやはや、衝動とは恐ろしいですね……。





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