第6話
「とりあえず飲まんとやってられへん」
「ギムレットをありったけ作って」
アクタガワは、バーのマスターに早口で言った。
「大至急頼むで、地球の終わりが近いねん」
本来ならマスターにそんな言い方はない。彼は、若くして実力を持ち貫禄はすでに十分だった。長く伸びた髪をかき上げ、アクタガワを睨む。アクタガワはそれに気が付かず、窓の外を一心に眺めている。マスターはそこでアクタガワに目を向けたが、ヘイジは困ったように視線を逸らした。
「大至急って言われても、こんな明るい時間からなにか急ぎの御用が?」
マスターは、シェイカーに音を立てずに氷を放り込み、ロンドン塔の衛兵がラベルに刷られたドライジンに手を伸ばす。メジャーカップを使わずに目分量で注いだ。次にライムジュースを手にとる。さきほどの3分の1ほどを氷の間に垂らしていく。ジンの分量に比べ、気持ちライムが少ない気がするがマスターは構わずキャップを締めシェイカーをわしづかみにする。
「何してん、もっとぱっぱやれや」
アクタガワはそう言ってすぐにカウンターをくぐって調理場に入っていった。
「お客様なにを!!」
「うるさいわ!」
驚くヘイジをよそにアクタガワはマスターから乱暴にシェイカーを奪うと、いつか見たキングコングのワンシーンのように片手で全力でふり始めた。
「勝手なことをするな、警察を呼ぶぞ!」
「呼んだらええやん、あとこれ」
アクタガワはおもむろにポケットから一万円札を10枚取り出すとマスターに向かって投げ渡した。
「釣りは入らへん。好きにさせてくれ」
「え、10万も、それはどうも」
「そんだけあればその辺にいる女に声かけて一発仕込めるやろ。使える時間はもう30分もないけどな」
「舐めるなよガキ」
マスターは憤慨したように言ってその場を外すことにした。
「飲め、飲め。できるだけたくさん飲んでおけよ」
アクタガワは、ものすごいスピードでギムレットを作っては自分で飲み、ヘイジに勧めて、飲ませて。この動作を繰り返した。
「昼下がりにこんなに飲んで大丈夫なのか?」
「ええから飲め」
「なんでいきなり」
「細かいことは気にすんな」
「気になるだろ」
「飲め、飲め」
ヘイジは首を傾げながら自分のグラスを見つめた。
「あぁあもう分かった分かった」
アクタガワは言った。
「詳しく説明するわ。ヘイジはおれとの付き合いは何年になる?」
「そうだな」
ヘイジは考える。
「大学2年の時にサークルのインカレで出会ったから2,3年ってところじゃないか」
「うん、じゃあもしおれが地球人じゃないって言うたらどないする?」
ヘイジはすでに顔を赤らめながら両手を開き顔のところまで上げた。
「何言ってんのかわかりませんよ」と言ってグラスを煽り、おかわりを要求する。
アクタガワは、手にとったラベルをラッパ飲みしながら、諦めたように次のギムレットをグラスに注いだ。
「これが最後や、飲め」
それからいつものようにへらへらしながら付け加えた。
「地球の消滅はすぐそこまできてんねん」
ヘイジは奥に消えたマスターが携帯電話を耳に当てなにやら深刻な表情でどこかに電話している姿を眺めていた。
「今日は水曜日やろ」
アクタガワはつぶやいた。
「そうだよ、おれはこの1週間ろくなことがなかった」
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