第2話
ヘイジは、これといって特徴のないごく普通の人間だった。強いて言い換えれば彼は猿の子孫で、具体的には身長も体重も平均並みで卒業までに必要な単位を大量に残していた就活生である。
残念なことにヘイジは知らなかったが、先日、最終面接を終え、手応えを感じていた企業のお祈りメールがスマホに受信を許してしまった。もっとも、今はそんなことを確かめている余裕はなく、スマホも部屋に置き忘れていた。ヘイジがそのことに気が付いたのは、線路内トラブルで東武東上線の電車が十分以上遅延していると知ってからだった。失態が失態を呼び、こねくり回されて、取り返しのつかない事実に陥る。この時のヘイジに何か一つの良かった点を挙げるとするならば、完全に二日酔いの呪縛から解放されたことぐらいだろう。
ヘイジは決して賢く立ち回れる人間ではなかった。それどころかいつも肝心なところであたふたして力を出し切れずに終わってしまう。パニック状態だったヘイジは目的地までの道のりを自ら走って向かったのである。
「それで四十分も遅れたと……」
面接官は言った。
「はい! しかし、途中でタクシーに乗った方が早いと気が付いて乗ってきました」
この何とも言えない雰囲気を和まそうとヘイジなりのアイスブレイクを繰り出すも面接官の表情は変わらないままだ。
「遅れるなら連絡ぐらいできたはずですが」
「すみません。携帯を家に忘れてきまして」
「それなら、公衆電話とか、通行人に借りるとか連絡しようと思えばできたはずです」
「あっ」
「はぁ、一応面接はしますか、結果は変わりませんが」
「しかし、万が一ですよ。私が質問に対して完璧に答え、なおかつ可能性を感じられるほどの斬新なアイデアをお伝えすることが出来たとしたら……」
「知りたいですか」
「はい」
「ぜんぜん、一つもです」
面接官は言った。
「帰ります。ご迷惑をおかけしました」
ヘイジは、一礼して混沌の闇の中のような空間をあとにした。
「あぁもういっそのこと死にたい」
近くにあった公園の芝生に横たわり、ヘイジは悩ましくも己の要領の悪さに打ちひしがれていた。、スーツが泥まみれになっているのも知らずに。
奇妙な一致により、猿の子孫であり、これといってなんの特徴もない就活生二方平治は「ぜんぜん、ひとつも」疑ってはいなかった。万に一つも、ヘイジの親しい変人の一人が同じ猿の子孫ではなく、実は遠い銀河の宇宙からやってきた地球外生命体であることを。
二方平治は、万に一つも思わなかった。
その変人が初めて地球。日本にやってきたのは、今から三十年ほど前のことだった。彼は日本社会に馴染むため一生懸命努力した。なぜならば彼はこの宇宙に無数確認されている惑星から優秀な人材を見つけるために派遣されたエージェントだからだ。
だがしかしどんなに優秀な就活生でも企業の特に新しいことを嫌ういわゆる保守的なお偉い様たちのお眼鏡に叶わなければその努力は報われないことがあるわけだが、これはエージェントならよくある話だ。
しかし、彼は不覚にも大きな失敗をしてしまった。興味本位に日本の文学に触れたばかりに、その豊かな感性に感服し、名だたる文豪が書き残した名作を読み漁っため、このうえなく不自然な芥川直木という名前を選択してしまったのである。
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