16 自由と力の争奪戦開幕、らしい……

 黒いローブを羽織いフードを深く被った少女は、今日も一人、影を潜めて歩みを進めていた。

 少女の周りでは、麻薬の売買、窃盗や殺人、強姦などが平気で行われている。

 それが無法都市アダラバインドの日常で、当たり前だった。

 相変わらず吐き気がするその光景を彼女は一瞥してある建物へ足を向けた。

 左手の人差し指に嵌めている魔導具トリックアイテムと呼ばれる小さな魔法陣が彫られた指輪に触れて魔力を流し込む。


「私だ。開けてくれ」


 指輪を口に近付けて静かに囁くと、数秒経った後にガチャリと何かが開く音がした。

 少女は周囲を警戒しながら、建物の扉を開けて中に入った。

 そこには少女と似た格好をした人物が数名いる。


「これで全員か。随分と減ったな」


 少女はフードを右手で上げながら皆を眺めた。

 見知った顔がいくつか並んでいるが、全てではない。

 少女や彼らは経緯は違えど、無理矢理ここに連れてこられた身。

 そしてここアダラバインドという蛇に縛り付けられた奴隷たちであり、自由という鍵を求める者たちなのだ。


「やられたさ……売り飛ばされた奴や、女によっちゃあ犯されてそのまま殺された奴もいる。辞めてった奴や、消息不明の奴も」

「そうか……」


 少女の表情は悲しみで溢れていた。泣きそうになっていた。

 でもそれを責任が許さなかった。

 今の少女は弱さを見せる事ができない。

 見せてはいけないのだ。

 見せてしまえば、仲間全体の志気が下がってしまう。

 

「どうすんだよマリー。このままじゃあ、俺たちはずっとここの奴隷だ」

「そうだぜ。もうあの時以来、なんの変化もチャンスも起きてねえ」

「……分かっている。だが今回は違う。みんなに集まってもらった理由。それは最後のチャンスが訪れたからだ」

「チャンスだと?」


 少女はみんなの反応を伺った。

 みんなは希望に顔を輝かすなんてことはせず、諦めきった表情をしていた。

 少女からすれば、予想していた通りの反応だからかあまり問題はない。


「どうせ現状は変わらないさ」


 誰かが吐き捨てるように言葉を放った。

 

「だろうな」


 誰かが賛同した。

 そして、少女は口を開いた。


「みんなの言いたい事はよく分かる。ただ頼む、今回が最後だと思って力を貸してくれ」

「別にいいが……そんでチャンスって結局なんなんだよ」

「先日、ハンターによりここに連れてこられたある人物とモンスターだ」

「どんな奴らなんだ?」

「一人は、世にも珍しい妖精族。そして一匹というのが、幼く凶暴性の低い竜種だ」

「竜種だと……!?」


 この場にいる全員の顔に驚愕の二文字が現れる。

 それもその筈だ。幼い、しかも凶暴性の低い竜種となると、手に入れれば国を支配できる権利を獲得したも同然。

 

「我々の目的はこうだ。竜種と妖精族を奪いに行く」

「……奪いに行くのはいいが、そんな奴らを奪ってどうするんだ?」

「ハブとの交渉の材料にする。奴とて竜種相手となると迂闊には行動できまい。それにいざとなれば、竜種に上を破壊してもらい、ここから逃げ出す」

「逃げ出すんならよ、ここの奴らを殺してからにしようぜ」

「それはダメだ。無差別に殺しをすれば、それは奴らと同じだという事を認めたも同然」


 少女は言葉を強くして、圧をかけるように言い放った。

 

「今度こそ、私たちは勝ちにいく。自由を手に入れる為に」


 少女はどこか遠くを見つめながら、力強く宣言した。



■◆■◆■◆



 アダラバインドの中央に位置するここには、支配者であるハブの住まう豪邸が建てられている。

 

「……うーん、違うな。もう少し右かな?」


 豪邸の内部、大広間の中央にてある男が剣を掲げていた。

 黒髪で少しウェーブのかかった髪型の男の格好は極めてラフでバスローブ一枚。

 

「やっぱり左かな? うん、そこだな」


 蛇のように縦長の瞳孔に映るのは、天井に腕を吊るされ列をなす人たち。

 男は勿論、女や子供の姿も見える。

 そして、共通して皆の口が縫い付けられており、体中の爪や、髪の毛、さらに一部の皮膚が剥ぎ取られていた。

 

「えい」


 そして男は、ハブは目の前の人たちを剣で突き刺した。

 

「あちゃー三人までしか貫通しなかったか……残念だなー」


 ハブはそのまま突き刺さった剣を手放して、踵を返す。

 しかし途中で足を止めて、再度吊るされた人たちへ視線を戻した。


「君たちまだ生きてるし、そうだな……女は部下たちにあげるか。疲れてるみたいだし、喜んでくれるだろうね。子供はまた飼い慣らすとして、男は蛇たちの餌ね」


 ハブは最後に、にこやかに笑ってその場を後にした。


「お? やあケイジュ。何やらいい商品が入ったんだってね」


 大広間の扉の先。

 壁にもたれ掛かり、煙草を吹かしている人物が一人。


「まあな、ダンナは興味がおありで?」

「流石に竜種や妖精族は気になるよ。でもたしか、クロウの店にやったとか」

「あっちの方が高く出すと思ったのでね。それに妖精族の方は元はあっちからの依頼だ。

 こっちも商売なんでね、依頼主は裏切れない。信用が消えちゃあ、商売上がったりさ」


 アハハとハブとケイジュは笑い合った。

 

「それで、僕の所に来た理由を聞こうか」

「ああ。少し頼みたい事が」

「ほう。君が頼み事とは珍しいね。いいだろう、聞くだけ聞いてあげるよ」

「恩に着るぜ。それじゃあ一つ、あの竜種について――」


 


 アダラバインドが誕生し二十年と三ヶ月。

 過去に、この無法都市の住人たちの思考が、一つ物事に矢印を向けた事はなかった。

 それほどまでに、彼の存在は例外中の例外。

 欲に縛り付けられ、自由という幻を手にした者たちと、蛇に縛り付けられ、自由という鍵を求める者たち。

 彼らの求めるのはただ一つ。

 

「ハクション! うう……誰かに噂されているのかな?」


 何も知らない竜の彼は、牢屋の中でそのまま眠りについた。

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竜に転生したのでとにかく異世界謳歌します! オレンジペン✒ @Orenzipen

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