14 無法都市アダラバインド
「あっ、起きた」
「……?」
ボヤける僕の視界の中に、知らない天井と黄緑色の髪をした女の子が入った。
体を起こして辺りを見渡す。
どうやら牢屋の中にいるみたいだ。なんで?
左と後ろは壁、そして右には別の牢屋があるが中には誰もいない。
「あれ? なんで僕こんな所に……」
「それは僕にも分からないよ。一昨日、傷だらけの君がここに運ばれてきたんだ」
「傷? どこにもないけど」
「僕が治したんだよ。無事でよかった」
「そうなのか、ありがとう。ところで君は?」
「僕はカノン・ラッシュアッパー」
「よろしく。僕はユウ=グレイシア」
僕たちはそう挨拶を交わす。
にしてもこの子、間違いなく人間だよな。
まだ十歳ぐらいに見えるぞ。なんで牢屋の中にいるんだ。
「ここ何処なんだ?」
「……奴隷を売ってる所」
悲しそうに目線を下げて言う女の子。
「奴隷……なに?」
「僕たちは売られるんだって。しかも高値で。監視の人がよく言ってた」
「嘘だろ」
そこで僕はあの二人組を思い出した。
体を黒いローブ覆い、フードで顔を隠していたあいつら。
たしかに金がどうのこうの、ターゲットがうんたらかんたらって会話をしていたな。
「ゼラたちは無事だろうか」
「ゼラ?」
「僕の兄弟だ。勇敢で偉大なモンスター」
「モンスター……」
「あっ、怖がらせた?」
「ううん。僕だって半分モンスターだもん」
カノンは僕に背中を向けて服をたくし上げた。
驚いた事にそこには蝶のような小さな羽が生えていた。
「亜人?」
「そうだよ」
カノンは服を元に戻して言う。
なるほど。たしかに半分モンスターだ。
しかし何故そんな少女と竜の僕は牢屋に入れられているんだ。
売られるって人身売買じゃないか。
この世界はそういうのありなのか?
「おっ、どうやら目が覚めたようだな」
突然、どこからか声がした。
声の主を探すと、通路を挟んだ目の前にある牢屋の中で影が揺れた。
「目覚めぬ方が楽になれたというのに」
青い瞳に金髪ベリーショートの彼女は吐き捨てるように呟いた。
胸や股の部分に汚れた鎧を纏い、腰に携えられた剣は素人目に見ても刃こぼれが酷く今にも砕けてしまいそうだ。
「あなたは?」
「私はラミアレス。君たちと似たような者さ」
「亜人ってことですか?」
「いや人間だ。捕らえられたという点での似たって意味だ」
「そういう」
この人もあの二人組に攫われたのかな?
「ラミアレスさん。あなたはここがどういう場所なのか、そして何故僕たちがここにいるのか分かりますか?」
「まあ、大体な」
「教えてください」
僕がそう頼み込むと彼女は語った。
ここがどういう場所で、何故僕たちが牢屋にいるのかを。
「ここはアダラバインド。なんでもありの無法都市」
「無法都市?」
「ああ。ハブという男により、ファンバニル王国の地下に秘密裏に造られた。地上とかけ離れた場所だから法なんてものは存在しない。
だからそこかしこで違法な奴隷売買や賭け、窃盗、暴行、強姦に殺人が行われている」
ラミアレスさんの話を聞いて僕とカノンは絶句した。
まじですか。とんでもなくヤバイ所じゃないっすか。
「私たちのいるこの場所は、奴隷売買を行っている店の商品倉庫みたいなものだ」
「やっぱりか」
「もっとも私と君たちとじゃあ、少し立場が違うのだがな。君たちは高値で売られる予定の商品、私はもう既に売られている」
「売られているのなら、何故牢屋の中に?」
「ここの店は奴隷売買と並行して奴隷の命を使った賭け試合も運営しているんだ。牢屋にいるのは、私が賭け事の駒として出ているからだ」
ラミアレスさんは拳を握り締めながら、悔しそうに語った。
「最後に君たちがここにいる理由だな。まず竜種というのはこの世界ではとても珍しい存在だ。
ランクもその殆どが災害級や魔王級で、一匹だけで大国を破壊できると言われている。
ただ非常に凶暴性が高く何をするか分からない。
しかし見たところ君が凶暴には思えないし、まだ小さいとなると他者が好きなように育てる事ができる」
なるほどな。
他の人から見れば、自分の育てかた次第で国を支配できるかもしれないのだ。
気に食わない国があれば、僕という存在を見せるだけで、お前んとこ簡単に滅ぼせるけど? みたいな途轍もない圧力になる。
そりゃあ攫われて商品として高値になるわけだ。
「それにそこの彼女。君は妖精族なんだろ?」
「……はい」
「たしか魔力を生み出すと言われている種族で、しかもその存在自体が幻とされている。君たち二人は商品として、皆が喉から手が出るほどに望んでいるもの。これで少しは、君たちがここにいる理由が分かったかな」
語り終えたラミアレスさんは、牢に備え付けられている椅子へ腰を下ろした。
「ラミアレスさんは逃げ出そうとは思わなかったんですか?」
僕の問に彼女は深く俯きながら答えた。
その姿はどこか、苦しんでいるように僕の目に映った。
「何度も思ったさ。それに実行もした」
「なら――」
「無駄だったよ。失うだけだった」
僕は悲しそうな顔をするラミアレスさんになんて返せばいいのか分からず黙り込んでしまった。
数分間この場に沈黙が流れる。
「おいお前ら! 飯だ、さっさと食え!」
監視の男から差し出されたドブのような液体を眺めながら、僕はゼラを思い浮かべていた。
兄弟ならどうするだろうか。
まあゼラはきっとこう言うだろう。
わいは勇敢で偉大なモンスターや! っと。
「まじでどうしたものか」
僕は多分木で作られたであろう天井を見上げながら呟いた。
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