9 勇敢で偉大なモンスター その2
キングスライムモード。
それはスキルで生み出した複数の分身体と融合し、無理矢理自身を進化させる事で今迄より比べ物にならない程のパワーを得るゼラの奥義であり必殺技。
今のゼラは超低級モンスターだったスライムとは違い、超上級モンスターへと進化している。
だが勿論デメリットはある。
それは体力の消耗が激しいということ。
ゼラはスキルの性質上、生み出した分身体を操作する過程で本人が気付かないほど少量の体力を消費しているのだが、キングスライムモードになると分身体を集合させ、臓器や血液として細かな思考の統率をさせるなどかなり精密な操作をすることになる。
それにより体力の消耗が激しくなるのだ。
しかも今はグリフォンからの攻撃によりダメージを受けた後。
この状態でのキングスライムモードとなると体力の消費量は普段の数千倍となる。
ゼラがこれを維持できるのも最大でも三十秒前後。
たった三十秒がゼラに残された寿命なのだ。
「グォォオオオオ!」
グリフォンがゼラに飛び掛かる。
薙ぎ払い同様、目で追えないほどのスピードで。
「やっぱ速いな」
そう呟き、ゼラは己の右手を刀へと変化させる。
避けるなんて動作はせず、前方のただ一点に刀を翳した。
するとどうだろう。
ちょうどゼラの刀がある位置にグリフォンが突っ込んで来る。
「グォォオオ……!!」
体を真っ二つに裂かれたグリフォンがゼラの背後で倒れた。
ゼラはグリフォンの突っ込んで来る勢いを利用し、その巨体を裂いたのだ。
「……? さっきから思っとったがお前さん、知能がないのか? それ程の実力があるっちゅうのに」
モンスターというのは高ランクになるに連れて、知性を獲得したり扱う魔法のランクも高くなる。
ゼラはこのグリフォンを超上級または災害級相当のモンスターだと見立てている。
現に先程、無詠唱で上級魔法の《
しかし目の前のグリフォンからは知性の欠片も感じられない。
ただ本能のままに目に映るも者を攻撃し、その攻撃方法も思考されたものでなく荒く雑。
そして一つの物事だけを考え、周りを見ようともしない。
だから奴はゼラの刀によって体を裂かれた。
「まあ今のわいには関係あらへんことか。知性がないとはいえ、その出鱈目な力のハンデにはあまりならんからな」
ゼラは再生しかけているグリフォンへと走り出す。
「《清流の怒り》」
水の槍が三本、グリフォンを襲う。
「あれか……」
グリフォンの体が爆ぜ、その内部から赤黒く光る小さな玉が露わになった。
あれこそがグリフォンの核。
いくら再生しようが、あれを破壊されるとグリフォンは死ぬ。
ゼラはグリフォンの近くまで来ると、右手の刀を大きく振った。
「もらった……ッ!?」
刀と核までの距離があと数センチというところで、ゼラの腹を何かが貫いた。
ゼラは大きく後退し、すぐさまグリフォンを睨み付ける。
「ケッ……やっぱりバケモンはバケモンか」
グリフォンは真っ二つのまま立ち上がり、すかさずゼラに幾つもの魔法を放った。
その魔法は全てが上級魔法。
しかもそれをグリフォンは無詠唱で操っていた。
「クッ……!!」
氷や炎、水、雷、岩石、それに風。
ゼラは両手を刀に変えて、向かって来る全てを切り裂いていく。
「クソッ……埒が明かん。このままじゃ、消耗戦になって負けや」
正直、ゼラには最初から勝算などなかった。良くても引き分けだと、彼は自覚していた。
だがそれでも心のどこかでは勝てるかもしれないと思っていた。
それが顕著に現れていたのが、先程核を破壊しようとしたあの一撃。
あれがグリフォンを倒す一番のチャンスだった。
だがそのチャンスはもう来ない。
「流石にまずいな……」
体力の限界が近い。
捌き切れなかった魔法たちがゼラを次々に襲っていった。
「グォォオオオオオオ!!」
再生が終わり、徐々に魔法の勢いを上げていくグリフォン。
「もう……限界が……」
ゼラの動きは次第に鈍くなっていき、そして――
「アッ……」
一瞬だけ止まった。
グリフォンはその一瞬を見逃さず、魔法をさらに展開していく。
それがゼラの胴を貫き、腕を刎ね、足を弾き飛ばした。
敗北。
誰もが認めるその二文字。
「終わりか……」
ゼラは力なく倒れ込み、自身の最後を覚悟した。
「グォォオオオオオオ!」
グリフォンがゼラへ飛び掛かる。
ゼラは少しの後悔と過去を思いながらゆっくりとその目を瞑った。
しかし希望は彼を見捨てていなかった。
「勇敢で偉大なモンスターか、その言葉、やはり嘘ではなかったな」
「グォ――ッ」
刹那、何かが弾け飛ぶ音が辺りに響いた。
ゼラは目を見開いて顔を上げる。
するとそこには、漆黒のように黒い髪色をしたショートヘアの女性が佇んでいた。
「あなたは……」
「随分と久しいなスラさん。いや、今はゼラという名があったな」
ゼラへ顔を向けると優しく微笑む黒髪の女性。
汚れた布切れを纏った彼女は片手だけでグリフォンの首を弾け飛ばしていた。
「覚えていて下さったのですか……」
「ああ忘れないさ。それに君には色々と手伝ってもらったからね。恩を返す時がきたようだ」
とうに首の再生を終えたグリフォンは彼女に攻撃を仕掛けるわけでもなく、足を震えさせ恐怖で動けなくなっていた。
グリフォンの本能が逃げを選択しているのに、その場で立ち尽くすことしかできない。
「どうした? 来ないのかガノディール」
彼女は言葉に少しの殺気を込めて言う。
ガノディールと呼ばれたあのグリフォンは、それだけで恐怖に戦いた。
「来ないなら、此方から行かせてもらおう」
そう彼女が一步を踏み出した瞬間、グリフォンの姿が消えた。
「ほう、奴め逃げたか。だがそれが無意味な事ぐらい、己が一番分かっているだろうに」
黒髪の女性は溢すように呟いた。
まるで何かに対して残念がっているようだった。
『
彼女が言った直後、空間の中心に漆黒の魔法陣が現れた。
「喰らえ」
それを合図に、その漆黒の魔法陣に向かって辺りの残骸や、あのグリフォンが吸い込まれていく。
「あれは……」
目の前の光景に驚愕し、ゼラは思考を停止させる。
「安心したまえ。君やユウには被害が出ないようにしている。ただじっとしていればいい」
彼女は優しく微笑み、ゼラと共に闇が全てを喰らい飲み込んでいく様を見つめていた。
■◆■◆■◆
グリフォンや辺りの残骸が完全に飲み込まれたのを確認すると、彼女を指を鳴らした。
音が迷宮内に反響し、漆黒の魔法陣はその姿を消した。
「さてと、そろそろ時間のようだ。やはり人型を維持するのはまだ難しいな」
「消えるのですか?」
「ああ。ただまたすぐに会えるだろう」
「すぐに……?」
彼女は少し遠くで紫色の光に守られているユウを見つめた。
「彼をよろしく頼むよ。彼には辛い事を背負わせてしまった」
「辛い事……」
「ああ。しかしそれは過程の話だ。結果は彼次第。だからどうか、辛い結果にならぬよう彼を助けてやってくれ」
「……勿論や。わいは勇敢で偉大なモンスター、そしてユウの兄弟や」
「タメ口だぞ」
「あっ……」
黒髪の女性はフフフと静かに笑った。
「それじゃあさよならだゼラ。また何処かで会おう」
彼女は別れを口にした。
その体は光に包まれゆっくりと姿を消していく。
「また何処かで……」
ゼラは静かに呟いた。
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