8 勇敢で偉大なモンスター その1

 僕の記憶上、グリフォンというのは鷲もしくは鷹の上半身を持ち、ライオンの下半身に翼を生やしたキメラみたいな伝説上の生物だった筈。

 いいか伝説だぞ?

 大事なことなので二回言ったが、今その伝説が僕の目の前にいる。

 まずいぞ。かなりまずい。

 一目見ただけでこいつだけはやばいと本能が訴えている。


 このグリフォンは迷宮内のどんなモンスターとも違う。

 どんなとこが? って格に決まっているだろ。いや中身も全然違う。

 それこそ核が違う。

 体の芯から他とは違うのだ。

 奴の頭のテッペンから爪先までが、僕の全てを否定するかのように異質なオーラを放っている。


 冷や汗が額から滲み出て、一粒、また一粒と地面へ落ちていく。

 心臓の鼓動が早くなる。

 絶望なんて言葉を使えば安っぽくなってしまうかもしれない。

 あの二文字でこいつの恐ろしさと、今の僕が感じている恐怖は表せない。

 僕たちが敵う相手なんかじゃない。

 それでも――


「なあゼラ、スキルで時間稼げるか?」


 僕は声を潜めてゼラに耳打ちをする。


「無理やとは思うが、何をするんや?」

「キョメちゃんをあの場所から避難させる。ゼラはスキル発動と同時に門の外へ逃げてくれ」

「生き延びる確率は……」

「ないけどやるしかない」

「分かった。合図を出したら――」


 ビュッ


 突然、僕たちの真横を何かがもの凄いスピードで通り過ぎていった。

 僕たちは起こった出来事が理解できず、その場に立ち尽くして動けなくなる。


「今の……」


 そう呟くのと同時に、背後から大きな爆発音に近い音が響いた。

 そして、目の前にいた筈のキョメちゃんの姿が消えていた。


 僕とゼラの呼吸が荒くなる。

 吐き気がして、意識が遠のいていく。

 それでも、僕はガクガクと震える足を押さえながら、ゆっくりと振り向いた。

 

「あっ……ああ……キョメちゃ――」

「兄弟! 危ない!!」


 ドンっと、僕の体が横へ飛ぶ。

 

「……ッ!?」


 少しの間宙を舞った僕の体が地面へと転がる。

 僕は即座に顔を上げ、先程いた場所を確認する。が、そこにはゼラはいなかった。

 いたのはグリフォン。

 ゼラがいた場所に奴だけが佇んでいた。

 辺りの空間には鈍い音が反響する。


「ゼラ!!」

「グルルル」


 奴は低く唸りながら、ゆっくりと僕の方へ向かって来る。

 逃げろと本能が訴えるが、僕にはその手段が存在しなかった。

 例え逃げれたとしても、その行為は自分の死を早めるだけ。


「クソったれ……!!」


 僕は訪れるであろう結末を覚悟して、最後に、と僕の最大火力の魔法を発動させた。

 確実にこれで終わり。僕の二度目の生はここまでだ。

 だけど、今回は外の世界という目標を見つける事ができた。

 単純で、適当で、道半ばだとしても、前世の僕はそれすら見つけられずに終わったのだ。

 この違いは僕の中では大きい。

 もしまた次があるのなら、今度はもう少し大きな目標を見つけてみるとしよう。

 例えば恋人を作るとか。

 中々難しそうだけど目指しがいはあるかな。


「うぉぉおおお!! 衝雷――」


 突如として僕の視界が暗くなる。

 体中に走る衝撃、そして連続して起こる激しい痛み。

 骨の砕ける音、肌で感じる血の温かさ。

 

「ウ゛カ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛!!」


 圧倒的な恐怖の前に、僕は二度目の生を終えたのだった。



■◆■◆■◆



 ゼラは飛ばされた衝撃で一瞬意識を手放した。

 だがすぐに意識を取り戻して体勢を整える。

 スライムという種族は生まれながらのプルプルボディにより、ある程度の物理耐性を獲得している。

 だがそれを持ってしても、あのグリフォンの一撃はゼラにかなりのダメージを与えた。

 グリフォンが放つ、目で捉えられない程の高速の薙ぎ払い。

 そこに魔法は存在せず、グリフォンの純粋な力のみで放たれている事をゼラは見抜いていた。


「バケモンやないか……」


 ゼラはグリフォンを見据える。が、直後としてユウがその薙ぎ払いの餌食となった。


「兄弟!!」


 急いでスキルを発動させ分身体を作り、壁に打ち付けられるであろうユウのクッションとして向かわせる。

 だが遅かった。

 スキルを発動させるのと、ユウが打ち付けられるのはほぼ同時。

 ゼラの視線の先には、ドス黒い血で体を染めたユウが壁に埋まっていた。


「……ッ! クソったれ!!」


 先程作り出した分身体と共に、中級魔法『清流の怒りアクアブラスト』を使うゼラ。

 水の槍がグリフォン目掛けて勢いよく放たれる。


「グォォオオオ!」


 グリフォンは翼をはためかせ、それにより生じた竜巻で水の槍を防いだ。


「やっぱりか……ならもっと増やしたる。スキル発動!」


 ゼラの分身体が次々と増えていき、体育館ほどの広さをしたこの空間の四分の一を埋める。

 そして一斉に魔法を放つ。


「《清流の怒り》」


 グリフォンは先程と同じように翼を動かし竜巻を起こす。

 次々と水の槍が竜巻で掻き消されていく中、その何本かはグリフォンの翼に突き刺さった。

 

「グォォオオ……」

「よっしゃ!」


 翼に刺さった水の槍が爆ぜて、グリフォンを苦しめた。

 ゼラはチャンスだと思った。今ならユウやキョメちゃんを連れて逃げれる。

 だがその思いはすぐに無駄に終わった。

 グリフォンからすれば、翼が爆ぜるくらいどうてことなかったのだ。

 

「再生しよった……ッ!?」


 一瞬の内にしてゼラの分身体の八割が消えた。

 残った二割はゼラの無意識下による本能的な判断により本体の防御に回された。

 理不尽に全てを破壊し尽くす暴風雨が突如発生しゼラを襲う。


「これは、上級魔法……それも詠唱もなしに……クッ……」


 吹き飛ばされそうになるのを必死になって地面にしがみついて耐える。

 ユウやキョメちゃんは巻き込まれないようにと、二匹はゼラの分身体によって守られている。

 たがそれは池に張られた氷面のように薄く脆い守りだった。


 一分弱程で暴風雨は止んだ。

 辺りは見る影もないほど荒れて、所々に壁や地面だった物の残骸が転がっていた。

 

「ホンマにバケモンやないか………」


 何事もなかったかのように、グリフォンはこの空間の中心部で佇んでいる。

 そしてゼラをその鋭い眼光で捉えていた。

 もしかしたら自身より圧倒的に弱いモンスターが生きている事を不思議に感じているのかもしれない。

 でもグリフォンからしてもゼラからしても、そんな些細な感情はどうでもよかった。

 必要なのは殺すか、少しでも長く生きるか。

 ゼラの命は既にグリフォンの掌上にある。


「門の出口は塞がれたか。こりゃあやばいな……」

「グルルル」


 グリフォンは唸りながら、ゆっくりとゼラに歩みを寄せる。

 目の前にいるスライムを確実に殺す為に。


「いやー参ったなあ。外の世界、久しぶりに見たかったんやが、ここでわいはしまいか」


 グリフォンはその鋭い爪を大きく振りかぶった。


「しゃあない。最後に全力で抗わせてもらうで……」


 グリフォンは天に翳したその爪をゼラに向かって振り下ろした。

 しかしゼラは直前で魔法を使い、高く宙を舞ってそれを回避した。


「お前さん知っとるか? スキルっちゅうんは使い方によっちゃおもろい事も出来るんやで。例えばこう――」


 宙を舞ったゼラは、スキルで発動させた複数の分身体を自身の体へと取り込んでいく。

 そして少しづつゼラの体に変化が現れる。

 手が伸び、足が生え、胴体が形成されていく。


「よっと……」


 血のような赤い瞳に、腰まで伸びたスカイブルーの髪。

 人型となり全身に銀の鎧を纏ったゼラが地面へと降り立ちグリフォンと向え合う。

 

「これがわいの奥義、キングスライムモードや」

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