第Ⅶ章 憧憬との離別 4
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ラウラからすれば、剣を造るのに時間がかかりすぎて、本当に大丈夫なのかと思ったそうだが、導師たちに言わせると、やはりこれくらいの時間はかかってしまうのだそうだ。 そして、唯一時間が他よりもずっとかかる鍛冶技術さえ終わってしまえば、もう終わりは見えてくるのだという。アスティは鍛冶技術合格の後一日眠っただけで他の課程習得に乗り出した。凄い執念だ。今は舞踊課程のための練習を死に物狂いでやっている。なんでも、顔を天井と平行にするくらい反り返って、真円を描きながら回転する踊りがあるらしく、バランスとスピードの均衡が崩れると転んでしまうのだそうだ。曲に合わせて目が回るほど早く動かなくてはならないので、足がもつれる事もしばしばだという。
美術課程は、免除となった。既に美術室という殿堂入りを果たしているので制作しなくていいという。美術課程では、絵画であれ彫刻であれ好きなものを一点制作することになっているが、アスティにとって美術免除というのは、時間の面でも有り難い事だった。「まあでも……一個少ないからってどうなるってものでもないのよね」
疲れたようにアスティは言った。美術課程合格作品、作品は《黄金と蒼銀の記憶》だ。 セスラスとイムラルが描かれた絵。アスティの気持ちが痛いほどわかる……絵。
細工ものも免除となった。これも美術室入りしている。セスラスが案内されて見てみると確かに、どうやったらここまで繊細に創ることができるのだろうと思うほど精巧で美しく、それでいて一本芯の入った首飾りだった。出来上がった当時導師たちから
「神のためいき」
と絶賛された作品だ。
それを境に、槍術、斧術、舞踊、レイピア、サーベル、医療と、アスティは次々に与えられた課程を合格していった。特に植物知識は、仕える人間が国王というだけあって毒物の知識にはかなり念を入れて覚えさせられた。
「そいで今日は何の訓練?」
ラウラの問いに、アスティは腕を守るための革の防具をつけながら答える。
「騎竜」
「……なにやんのお?」
ラウラからすれば、竜を召喚して自由に乗りこなすことができればそれでいいと思ってしまうのだが、そうではないらしい。
騎竜課程の担当導師はティムラ導師だ。
師は騎竜のための修業にかかった。複数の竜を一度に召喚し、自分も騎竜しつつ他の竜を制御するための技術だ。騎竜の時に必要なのはなんといっても竜との信頼関係である。 わざわざ異次元から現われて乗せてくれるような竜は、召喚主をよほど信頼し好いているからという理由でやってくる。
また、召喚主本人の精神力も要求される。異質な生物である中級竜は、本来この世のものではない。ヴェヴ王国で有名な竜は下級のもので、これは古来から大陸に存在するものだ。そのヴェヴの竜騎士ですら、竜との信頼関係と精神力は他の者と比較にならないくらい絶大なものを要求されるらしい。
アスティは現在一度に七頭の竜を召喚可能にしている。これもまた一番弟子とはいえ院生にしては驚くべき数である。体力の塊ミーラですら、五頭が限界だからだ。
導師の標準召喚数は十頭以上である。そのためアスティは何度も何度も失敗を重ねてとうとう十頭をこなすまでに至った。これを合格するまでには今までのようにかけもちはいっさいできず、かかりっきりで、さすがのアスティも夜帰ってくるとそのまま寝てしまうとラウラが言っていた。
騎竜課程合格ののち、アスティは武術課程に乗り出した。
「金属神セディエパは戦いの神。セディエパの司祭は武器なくしても戦うことができなければならないが、上位魔導師は武器なくしても、魔法なくしても戦うことができなければならない」
担当導師レリン師は言った。今までのどの課程にもいえることだが、基本的に院生時代にどれも習得しているものばかりだから、初めて挑むということがない。基本ができあがっているから、技術方面ではそんなに苦労はしないのだ。が、アスティは武術では大分苦戦を強いられた。いきなり後背転連続十回など当たり前で、柔術も豪術も極めなくてはならず、その辺りで体がいうことをきかなくなるからだ。しかしそれも無事に合格。
香茶の段階にまで致った。今まで導師の試験を受けた者はすべからくこの課程には手間取ったらしいが、アスティはすんなり、しかも担当導師からの絶賛のうちに楽々と合格のお墨付きをもらった。担当導師カティレス師はこう言ったという。
「無事一人前になると香茶の腕はなまっていくものだが……お前はそうではないようだなアスティ。どの香茶をとっても素晴らしい」
それを伝え聞いた一部の者は納得のいく顔でうなづいたり、にこにこと笑ったりし、それをまた彼らに聞いたセスラスは、なんともいえない顔になったという。
「香茶はいつも淹れる相手のことを芯から思っていなければいいものは淹れられない。相手が自分の香茶一杯でこころから和み、こころから平穏にならなくてはならないのだ」
師はこう言ってアスティに香茶課程合格を与えた。
さてアスティは次々と課程を合格していき……とうとうあと二つを残すのみとなった。 これぞ導師試験の真骨頂。
剣術と魔術課程である。
剣術は、必ず自分のオリジナルの剣技をあみだし、それを一撃必殺のものとし、また導師複数と真剣試合という二つをこなして初めて合格を許される。導師複数との試合はともかく、一撃必殺の技は考案と実現に非常に長い手間がかかる。また過去に大勢の人間が自分のオリジナルを創っているため、似たようなものや同じものは当然許されない。後になればなるほど大変なのだ。アスティはこれら先人たちの作品を掲載した書物を熟読し研究に研究を重ねて理想と自分の肉体の限界がようやく歩み寄りを得た技を考えだした。
剣術魔術課程では、一番弟子は師に、普通の院生は前もって後見を頼んだ導師に理論でまとめたものを論文として提出しなければならない。
「『六連斬り』……これがあみだした技の名前かね」
「はい。内容はそこに記した通りです。なにか問題点があれば……」
「---------いや……いいだろう。とりかかりなさい」
「はい」
アスティが去った後カペル師は眉を寄せて椅子を窓の方に向けた。
(……)
吹っ切れたように見せてはいるが……辛くないはずがない。院生なら誰しも、導師というものに憧れるからだ。そう見せないのは、どう頑張っても導師になれないということを痛いほどわかっているからだ。
瞳を閉じた。
『お師匠さま!』
幼いアスティの姿が、その声が、溌剌として希望に満ちた瞳の光が瞼に焼き付いて離れない。
『私、いつかきっとお師匠さまみたいなりっぱな導師になります!』
「……」
アスティ……自分が目指していたものにすらなれないのか。特別院生が導師と同じ待遇同じ能力といっても所詮院生であることに変わりはない。ごまかしによる自己満足でしかないのだ。
さぞかし辛かろう……
カペル師はアスティの心中を思って、胸を痛めるばかりである。
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