第Ⅵ章 心 6

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「陛下。お話が」

 預言者ディヴァがそう切りだしてきたのはある日の昼下がりだった。

 多忙期にも穴というものがある。仕事が持ち込まれるのは持ち込む側があるからだが、持ち込む側が、今日は忙しすぎてこの仕事を頼んでも相手にはされまい、そう思ってその日に限って仕事を持ち込まない日がある。それが偶然重なって、仕事を誰も持ち込まないという日---------……そういう一日が、多忙期には二度か三度ほどあるのだ。これを王城内では安堵と愛情を込めて「休日」と呼んでいる。それがこの日である。

 セスラスはこの日欝陶しい公務から逃れるかのように書斎に閉じこもっていたが、新鮮な空気を吸うために庭に出ているところをディヴァがつかまえたのである。いかな預言者といえど彼の書斎に入ることはできないのだ。

「なんだ。どうした」

「先日の話……覚えておられますか」

「……心の中がどうのというやつか。よく覚えている」

「今アスティさんは眠ってます」

「---------」

「入るなら今がチャンスです。眠っていなければ入ることは」

 それが今更どうなるというのだ---------セスラスは危うくそう言いたいところだったが、少年の瞳のあまりの強さ、その熱さに圧された。

「---------オレがやらなければならないことなのか」

 少年は黙ってうなづいた。瞳には決死の力が込められていた。

 セスラスはしばらく黙っていたが、空を見上げて目を細めると、いいだろう、小さく呟くようにして言った。二人は私室に一旦戻り、そこから〈移動〉でアスティの部屋へと向かった。

(大丈夫だろうか)

 少年は人知れず不安を抱いていた。それはセスラスを、預言者以外の人間を人間の精神内に送るということからではない、セスラスはそういう意味では肉体精神共に恐ろしいまでに鍛えあげられているし、加えて善なる白き運命ジルヴェスの宿主なのだ。生死に到るまでの危険なことはジルヴェスが許さない。彼が危惧しているのはそんなことではなかった。 彼の言葉どおりアスティは眠っていた。知らなければ死んでいるのではないかと思うほどに安らかに、まるで子供のように。

「側に座ってください。……なるべく側に」

 ディヴァは緊張したように言った。セスラスは言われた通り椅子を側に持ってきてそれに座った。

(でも僕には言うことはできない……言ってはならないことだから)

「〈中〉に入っている間当然のことながら肉体は精神が抜け出ているので完全に無防備です。力が抜けて倒れるような感じですから……倒れてもベッドの上にうつぶせになるくらいの覚悟はしていてください」

(陛下が中でなにを見るのか---------それはわかっているけれど)

「わかった」

 微かに笑いながらセスラスは答えた。少年の気遣いがおかしくもあり嬉しくもあるのだ。

(でも……僕が見たもので唯一陛下が見られないものが、……あるはず)

「ではいきます」

 ディヴァは印を結び詠唱を開始した。それを聞く内---------セスラスは身体が軽くな

っていくのを感じた。精神が肉体から出ると言っていたな---------いったいそれはいつ

ごろだろうと思った頃には、彼の精神はもう肉体から抜け出、預言者の詠唱に従ってアスティの〈中〉に入っていた。

 〈心〉の中に---------。


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