第Ⅴ章 七つの光芒
初夏の砂漠ほど気持ちのいいものはないと、セスラスは言う。葉緑の月の砂漠の風ほど快いものはないと。初夏の砂漠はなぜかおかしな既視感を感じさせると、亡きレヴァは言った。そして彼の後継者であるディヴァは、初夏の砂漠は素敵だと少年らしく頬をほころばせ言う。初夏の砂漠、そう言って普段無表情な顔に少しだけうんざりしたものを浮かべる者もいる。初夏か、夏が近いということだろう。陛下がきちんと城に居てくださればいいのだが。
そして彼女は……密かに人々に『初夏の君』と呼ばれている彼女は……ただ風が吹くに任せて、かすかに風に微笑むのみ……。
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「ため息がでます」
アスティは書斎の窓から半ば憧れのような、陶酔のような表情すら浮かべて呟いた。折しもセスラスが彼女がたった今淹れた香茶を飲みながら、茫然と何も考えずに窓の外に目を馳せていたときの言葉だった。
「何がだ」
アスティは振り向いた。
「この季節の砂漠は、ほんとうにきれいです」
「ああ……」
そこでセスラスもそのことかという顔になって砂漠を見た。
「そうだな」
セスラスは砂漠を見る振りをして、そっとアスティを見た。
あの自刃の日からひと月。すっかり回復して、今までの公務をとる生活に戻っている。 しかしアスティは時々虚ろな瞳をしている。それを隠すことができないでいる。そしてそんな彼女の瞳を見るたび、セスラスはひどく胸が痛む。
あの時、あんな時こそ、自分はジルヴェスの宿主として彼女を支えてやらなければならなかった。なのに、彼女があんな時、絶対に大丈夫そうに振る舞うのは充分考えられただろうに、気が付かなかった。気が付いてやらなければならなかった。いくらどんなに大丈夫な振りをしても、それは「振り」でしかないのだ。どんなに大丈夫だとアスティが言い張っても、傷はないとひた隠しに隠しても、そんなことはない、見せてみろと、自分は傷口を見てやらなければならなかった。そして癒さなければならなかった。自分はそれを怠った。状況に甘えたのだ。そして結果は、アスティが一時的な「死」に逃れることで決着がついたといえば、それまでだ。側についてやることもできなかった。ずっと彼女の仲間たちに任せきりで。
「仲間たちか……お前の仲間はいつも元気だな」
アスティは放心して砂漠を見ていたが、彼のその言葉にハッとして顔を上げた。
他の者、「部下としてこの部屋に入る者」ならこうはいかなかっただろう。
「ラウラたちのことですね」
アスティの表情が知らずゆるんだ。仲間に対する揺るぎない信頼、愛情、誇りはシェイルの一件でもよくわかったことだが、あの六人は文字どおり、アスティと共に最も辛い時代すらも乗り切った者たちといってよかった。
「いつも明るい」
「ええ……」
アスティは虚ろな返事をして窓の外を見た。
「……でも、ああ見えても彼らは、みんな辛い過去を持っているのです」
「ラウラに限らずか」
あのケスイストⅢ世の事件でラウラの出生とその足取りが尋常ではないことを知ったものの、詳しくは知らないセスラスであった。
「はい。……・ああでは、今日は彼らのことをお話しましょうか」
アスティは砂漠……ここから見えるあの砂丘は『沈黙の丘』……へ目を馳せ、その黄金色にとらわれて目を細めると、かつてあの丘で抱き締められた、あのセスラスの腕の強さ、閑寂とした砂漠の上に振り注ぐ青い月の光、彼の胸の鼓動、息遣いを思い出してそっとため息をついた。そしてその黄金色……黄金は、まず最初に彼を思い出す。
「……ではまずヴェリから話しましょうか。マキアヴェリ・ド・ラーケン、北アデュヴェリアでは唯一残った上級貴族の最後の末裔です」
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