かつての仲間 6

                           4



「……」

 それを見届けた瞬間、アスティは声もなく崩れ落ちた。

「アスティ!」

 驚いてラウラが叫ぶ。

「……大丈夫……ちょっと疲れた」

 呟きながら、アスティは顔に汗をにじませてこたえた。さしものアスティもこれだけの魔法の後では足腰立たないといったところだろうか。すかさずエシャレルが走り寄って回復の呪文を詠唱した。

「かわいいなあ……金属神の司祭かあ」

 大事な用向きも終わってさあ気楽にとミーラがエシャレルを見ていると、アスティがラウラに言った。

「ミーラはちっとも変わってないわね」

「ね? 付き合わなくてよかったでしょ」

「ちぇっ。なんだよう」

 むくれるミーラを見て彼らははじけたように笑った。大仕事の後の笑顔であった。



 表はまだ霧雨が降っていた。彼らは封印がきちんと成されたかを再確認すると、来たときと同じように異空間から竜を召喚して帰還することになった。それにしても不可解なの

は、いくらシェイルが上位魔導師だといって、いったいどうやって『古き者』の復活の方法を知り得たのか。そしてなぜギルメスとシェイルが手を組むまでになったのか。両者にはなんの繋がりもないはずだ。

「確かに不思議よね」

 ラウラが雨に濡れた自分の髪を見ながら言った。

「太古の呪法ですもの。それに、シェイルはどうやってあの男に出会ったのか……」

 アスティは少し先を行ったところで背を向けて黙って騎竜している。彼らの話など耳に入っていないようだった。セスラスがラウラの言葉に顔を上げ、まるで独り言でも言うように言った。

「……そういえば、ギルメスという男、果たし合いをする前に、これで奴らにも義理が立つ、と言っていたな」

「奴ら……?」

 リューンが訝しげに呟いた。それを聞き取って、前でアスティがわずかに反応する。

(また『奴ら』……)

(ケスイストⅢ世のときとおんなじ……)

(---------いったい……)

 と、その時、彼らはアスティとシェイルが戦った場所、無残に焼け焦げた平地の跡の上を通った。

「---------」

 アスティの眉が悲痛に歪められた。

(シェイル……)

(ごめんね)

「……」

 雨に濡れながら、アスティは泣いた。しかし霧雨のなか、どれが涙でどれが雨粒かすらもよくわからぬ。

「シェイル……」

 わずかな呟き、本来なら聞き取れぬほどの呟き、しかしシェイルの死んだ場所と知る者ばかり、哀悼の意を表して沈黙していたのなら、それも容易に聞き取れる。アスティの背中を見つめるディヴァに、ラウラが竜を寄らせてそっと言った。

「……シェイルはね、アスティを初めて女として見て、愛してくれた男なの」

 ディヴァが彼女の方を見ると、仲間たちも口々に言う。

「友人としてでもなく、仲間としてでもなく、女として……」

「だがアスティは気が付かないふりをしていた」

「彼を愛することはできなかった。仲間としては可能でも、ひとりの男としては」

「アスティの周りには、いつも災厄が取り巻いている。彼女は不必要な犠牲者をなにより恐れていた」

「だが反面、嬉しくもあった。自分のような者を愛してくれたシェイルに感謝していた」「だが、そこには愛はなかった……」

 彼らの言葉すらアスティには聞こえていなかった。ただセスラスは、それを聞いてアスティの背中を見つめ続けただけ。

「---------」

(シェイル……)

(シェイル)

(ごめん。ごめんね。……)

 だってあの時見えたの。ジルヴィスが私に見せたのよ。あなたの本当の心の内。


  殺して

  いっそ殺してくれ 仲間に殺されるのなら、せめて君に殺されたい


 シェイルの声が聞こえてくるようだった。

 アスティは瞳を伏せると、また涙が流れるのを押さえられなかった。

(……)

 そしてセスラスも肌のうえに微かな抵抗を感じていた。かと思った瞬間、同じようにシェイルの声が聞こえてきた。

(……ジルヴェスか……)

 眉を寄せて思い、そよ吹く風に目を馳せる。

「---------」

 ---------シェイルは……望みどおり愛する女に殺された。

 しかも上位魔導師としては最高のものに与する禁忌の呪文によって。

 ならば彼の死ぬ間際の心は?

(シェイル……私を怨んでもいいわ)

(当然だもの)

(……怨んでいるでしょうね……)

 アスティの鼻先を、ふわりと風が吹いた。

 《そんなことはないよ…………とても君に……感謝している……》

「---------」

 アスティは硬直した。今聞こえたのは? 確かに聞こえた。しかし……?

 今聞こえたのは風の幻?

 それとも……?

 アスティはしばらく考えて、少しだけ笑顔になった。まだ微笑は弱いものだったが、晴れ晴れとしていた。

 彼はこうして、この島を守る風として、ずっとずっと吹き続けるのだ。

 そんなアスティの横に、スッと竜を寄せ、前を見たままセスラスが言った。

「……男は、時には望んだ相手に殺されるのが幸せなものだ」

「……」

「敵のときもあれば、愛する女のときもある」

 アスティはセスラスを見た。彼はアスティの方は見ず、ただ霧雨の向こうに曇る灰色の海を見つめているだけだ。アスティも同じ方を見た。

「ねえ、それでもあの娘を愛してくれてるひとはいるみたい。ね?」

 ラウラがそっと仲間たちに囁くと、彼らはそれぞれうなづく。


 空が……晴れてきた。

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