かつての仲間 5
3
アスティとラウラ、ディウァとエシャレルが山の頂に着く頃、他の仲間たちは既に戦闘を終え、最後の両者の戦いを見守っていた。
ギルメスとセスラスである。
そしてその背後の岩壁、洞窟になっている頂のなかで、最奥部の壁から、なにやら異様なものがはみだしていた。
それは「扉」だった。岩壁はただの壁ではなく「扉」となって異世界とこちらを繋いでいた。向こうからは暗黒の闇しか見えぬ。
そしとてその扉からこちらへと伸ばしているものは三本の指、三日月のような鋭い爪、時折己れの存在を主張するかのようにググッ、ググッ、と動いては、ひくひくと震えている。これは足なのだろうか、だとすれば片足だけでも大人が十人周囲を囲んでも、まだ足りないほどの大きさ、それが『古き者』の一部であった。それを背後に二人は戦っていたのだ。
二人はお互いの最善を尽くして戦っていた。
「王---------!」
到着したアスティが思わず上げた声に、一瞬ギルメスの注意がそちらへ逸れた。
(アスティ・アルヴァ・ラーセ!)
イムラル様を魅了しながらもとうとうあの方のものにならなかった頑なな女! あの方を、イラルを、破滅へと追いやった元凶!
しかし一瞬の隙を見逃すセスラスではなかった。『剣聖』とうたわれた男である。セスラスは剣を返してギルメスの胸を突いた。
「……う……---------陛下……イムラル様……」
アスティの顔が一瞬悲痛なものになった。思わぬ人間から思わぬ人間の名を聞いた。それが悲劇を帯びていればいるほどに。
おおおおおおおお---------ん。
「扉が開くわ!」
七人の上位魔導師たちは「扉」を見上げた。壁そのものが両開きの扉のかたちとなり、そして今その扉はひとつの足の具現によって強引に開かれようとしていた。仲間の数人が怪我をしているのをみとめて、エシャレルが治療にまわった。そしてそれを頼みながら、彼らは話し合った。
「美人だねー、今度お茶でも」
「は?」
「ミーラ! こんな時に」
「冗談だよ。お前って通じないなあ」
すかさずエシャレルを構うミーラを叱りとばすリューンとミーラの会話を遠く耳に聞きながら、アスティはマキアヴェリと話し合った。そのマキアヴェリの右腕からもおびただしい出血が見られて、アスティが反射的に呪文を唱えようと彼の傷口に手をかざしたとき、エシャレルがその手をそっと押さえ、にっこりと笑って治療に入った。その笑顔は、先程まで激しい戦闘をし、さらにまだ何かしようとするアスティの、これ以上の魔力の浪費と疲労を思ってのことであると、言っているようだった。
セスラスは下がったところでディヴァの治療をおとなしく受けながら、アスティとシェイルの戦いのことを彼から聞いていた。
「……そうか」
彼は眉を寄せて仲間と話し合うアスティの後ろ姿をじっと見つめていた。
「どうするアスティ」
「……このままでは……」
「……」
アスティはしばらく考えていたが、やがて顔を上げ、きっぱりと言った。
「……あれをやりましょう」
仲間の顔に驚愕の色が映った。
「……ティー!」
アスティは自分をそう呼んだシルヴァの方をキッ、と見た。
「アスティ」
本人に訂正されて、シルヴァはたじろぎながら言いなおした。
「アスティ。危険だよ。君は今の今まで魔法で戦闘していたはずだろ」
「下手をすると魔法そのものに付け込まれるぞ」
「だからなんだっていうの。このままでは『古き者』が復活するわ。復活してしまったからでは魔法院総動員でも、ううん世界を挙げても、『古き者』は倒せない。あれは純粋な悪魔なのだもの」
「……」
「……」
彼らは顔を見合わせた。疲労の色濃いアスティ。今彼女にあれをやらせるのは危険極まりないが、……しかし。
「---------わかった」
最初にうなづいたのはマキアヴェリだった。
確かに今あれをやるのは危険極まりない、今のアスティの状態を考えれば、本当は止めたいところ、しかしでは、愛する仲間であるアスティ一人の生命と、あの悪魔の復活とでは、この際私情を押さえて悪魔の復活のほうを重んじなければならない。自分たちはまず何かである前に、上位魔導師なのだ。
彼の言葉に動揺しつつも、仲間たちは顔を見合わせて一人、……また一人うなづいた。「エシャレル様。危ないですから下がっていて、念のためディヴァに結界を張るよう言ってください」
アスティは言うと、自分を円を描いて取り囲んだ仲間たちを見た。深呼吸して覚悟を決め、印を結ぶ。誰かが小さく、呟くように呪文を詠唱し始めた。続いて二人目、三人目、最後のアスティが加わる頃には、大きく歌うような詠唱が洞窟内に響いていた。アスティはそのなかで精神集中を始めている。その正面に立つ者は、
第三十四の導師、シモン・マッスルヴの一番弟子、モムラス・ウィンター。
黒がかった茶色の髪、グレイの瞳は強く輝き。
その右隣には彼の恋人、悲劇の姫君、
第十九の導師、ジムル・メルダの一番弟子、ラウラ・ペリム。
透明感のある茶色の髪と瞳、上等の紅茶をうすく淹れたものを彷彿とさせる。
その隣には高貴なる若者、アデュヴェリア最後の上級貴族、
第二十四の導師、ジェイラド・タリスミルズの一番弟子、マキアヴェリ・ド・ラーケン。 黄金の髪、黄金の瞳、彼は存在で血の高貴を主張する。
その横に立つは、彼とはまったく対照的な容姿の持ち主、夜の使者とおぼしきその姿、 第四十五の導師、ハディン・ニナカートの一番弟子、シルヴァ・ラミラス。
その銀の髪は夜の湖、それとも滝の流れ落つ細糸、瞳はきつい灰色がかりの青。
右に控えるのは、女とみまごう白晢の美青年、
第七十九の導師、キースァ・メルディラーンの一番弟子、リューン・ミルダ。
さらさらの金茶色の髪、森の緑の瞳はエルフすら魅了する。
その横には、戦士としか思えない逞しい肉体、精悍な外見は彼を獅子にも見せる、
第三十七の導師、マルス・ロッドリルナーの一番弟子、ミーラ・ファルシア。
灰色がかった黒い髪、抜けるような空色の瞳は人を掴んで離さない。
そして最後に、その中央に立つのは運命の娘、
第十七の導師、カペル・シルリルダの一番弟子、アスティ・アルヴァ・ラーセ。
黒い髪、黒い瞳、闇すら勝てぬ絶対の色。
今まさに、開かんとする「扉」を再び封印し、目覚めんとする忌まわしき悪魔をもとある場所へ帰す時。
微妙に食い違った印を結び、それぞれ別々に別々の呪文を詠唱を開始した七人は、やがて到達するために他の詠唱と結びつき、あたかも歌うような詠唱へと転じていく。ばらばらであった詠唱が次第に一つになり、高まりを帯びていく。
アスティは中央で詠唱を続けながら苦悶の表情だった。彼女は中央にあって最終呪文を肉体に宿す役、己れのものだけでも扱い難い魔法を、他の六人分まで一気に請け負い、自分の体内でそれを、暴れず騒がず、しかし萎縮しすぎず、最良の状態で解き放てるよう、精神力ひとつで調整しなければならない。一つを押さえれば別の一つが、それを押さえればまた別の一つが、そんな作業を繰り返し、今詠唱の高まりと共に最高潮の一歩手前。
やがてモムラスの全身が紅にボッと輝いた。続いてラウラの全身が橙、マキアヴェリは黄、シルヴァは緑、リューンは藍、ミーラは青、そしてアスティは紫に。
まるでばらばらに呪文を詠唱していた七人は、やがてそれぞれの到達点まで来て申し合わせたかのように声を揃えて最後の呪文の詠唱に入った。長い付き合い、そして気のおけない仲間であるからこそ、この微妙なタイミングも計ったように正確、もし一人でも、少しでもずれるようなことあらば、その瞬間彼らの肉体は塵と消えていたに違いない。
七人はそれぞれの力を宿して詠唱に入った。
一人はアクルス、水の神。
一人はリューラダ、風の神。
一人はファペイト、地の神。
一人はルビルト、火の神。
一人はセディエパ、金属の神。
一人はレルディバ、闇の神。
そして一人はレディバ、光の神。
中央のアスティは同時に七つの力を体内で組み替え、やがて放出していく。
これこそ、破邪の最高級呪文。
我の忠実なる友、 眠りし神々よ
今、 あの者達が目覚める時、
貴方達の力、 強力なる破邪の力、
我の召喚により、 今、 解き放たん
今は眠りし絶大なる神々の力、
今、 解き放たれよ、 この言葉と共に
七・鍵・守護・神
六つの光がいっせいにアスティに襲いかかった。アスティはその途端苦悶の表情となり叫びそうな顔になったが、それどころではなかった。彼女はこれらの色のどれも破壊することなく自分の色も加え、そうして「外」へ力を放出しなければならないのだ。仲間たちは己れの放出した力が不必要にアスティに負担をかけないよう詠唱を続けて制御する。
ゴォォオオオオオッ!
アスティの全身から美しい七色の螺旋が「扉」目掛けて迸った!
おおおおおおおおお---------ん。
遠くから一層強い咆哮。足がググッ、と動いて、「扉」を閉めようと圧力をかける螺旋をはねのけようとした。
バチバチバチバチッ!
おおおおおお---------ん。
「……っ……」
アスティの顔が苦渋に歪んだ。セスラスは、すぐ側にいて手の届く距離にいながら、彼女になにもしてやれなかった。[心話]で励ましを送るにしてもアスティの集中を却って妨げてしまうし、届いたとしても彼女には聞こえまい。同じだ、思った。
(魔神倒伐のときと同じだ)
彼はあの時も、こうして結界に守られてただ、アスティを見守るしかできなかった。なにかしてやれる距離にいながら。手の届く距離にいながら。
おおおおおおおおおお---------ん。
セスラスはハッと顔を上げた。今しも「扉」が閉じられようとする瞬間であった。螺旋に押し込まれて、『古き者』の足が向こう側へと消えていこうとしている。ゆっくり、それはゆっくりと。七人は最後まで詠唱をやめようとしなかった。そして足が完全に向こう側に消え、壁であった扉がガチン、という野太い音がして、螺旋がそれと共に大きくバチッとはじけるような音がするまで、螺旋が役目を終えて消えゆくまで、七人の詠唱は続いた。
シェイルの開いた罪はこうして閉じられ、永遠になくなったのだ。
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