二人の待ち合わせ

羽の枚

第1話 失恋

 この角を曲がった先にいる彼女は今日もあいつを待っているのだろう。


 一年前までは私もそこにいた。私が来て、あいつが来て、最後に遅れて彼女がやって来る。そう、彼女はいつも最後だった。それなのに、あいつと付き合って、高校生になってからはいつも一人で待っている。申し訳なさそうな顔をして走ってきていたあの頃とは違って、幸せそうな顔をしてあいつを待っている。

 私は一人、角に隠れてあいつが来るのを待つ。二人は合流した後、私が隠れている方向とは反対の方へ歩いて行く。二人肩を並べて、楽しそうに。

 

 一年前のあの日、あの日も変わらず三人で肩を並べて帰っていた。

 変わらない一日が終わるはずだった。ふと、彼女が一歩前に出て、振り返りあいつに近づいた。無駄に嬉しそうな顔をして。いやな予感がした。その予感はすぐに当たった。彼女があいつの手を取って私に言った。

 「私たち昨日から付き合い始めたんだっ」

 そんなことだろうと分かっていた。分かっていたはずだった。


 前の日の朝、珍しく一番最初に彼女が来ていた。それだけではなく、下を向いて緊張している様子だった。急いで近寄ろうと走りだしたとき、彼女が顔を上げ私を見つけた。見つけるなり、彼女の方から小走りで近づいてきた。そして、私の両手を取って言った。

 「ね、しーちゃんって今好きな人いる?近くにっ」

 一瞬バレたかと思った。慌てて首を横に振る。

 「なーんだ。そっか」

 妙に安心した顔。そしてあいつを見つけた時の嬉しそうな横顔。すべてを悟った。

 一瞬にして失恋した。いや、彼女に恋をしてからこうなることは分かっていた。ずっと見てきたんだから。それでも、彼女の恋も実らないかもしれない。そしたら、その時は私が彼女の傍で慰めてあげようと、勝手に妄想していた。


 しかし、彼女があいつの手を取ったとき、彼女の恋は実ったんだと。私の慰める出番など一切ないんだと。勝手な妄想は呆気なく打ち砕かれた。私だって彼女に必要とされたかった。

 失恋と同時に居場所を失った私は、なるべく二人を避けるようになった。三年生の六月だ。勉強するためと言って、登下校の時間を彼女たちとずらした。そして、一緒の高校へ行くはずだった未来も変えた。二人には言わなかった。いや、言えるはずがなかった。失恋したから高校を変えるなんて。それに、二人も変えて一緒の高校に行くなんて言い出したら。


 なんて、考えてた時もあった。幼稚園の時に交わした約束。三人で小指を絡めて、『ずっと一緒にいようね』と指を切った。その時はずっと一緒にいられると信じて疑わなかった。それなのに、二人だけが手をつないだあの日。そして、進路を変えていたことがバレたあの日。


 その日の放課後も図書館で勉強をしていた。気が付けば、下校のチャイムが鳴っていた。急いで荷物をまとめ図書館を出る。ふと窓から見えた二人の姿。門の横に立って誰かを待っている様子だった。数人の生徒に紛れ私も学校を出ようとしたとき、二人に捉まった。やっぱり、私を待っていたんだ。

「なんで高校変えたんだよ。それに俺たちに一言も無しで」

 聞いてきたのはあいつの方だった。隣には彼女もいる。二人と目を合わせることなく、

「あー。やりたいことが見つかって」

 それとなくはぐらかしながら答えた。それからもいくつか質問がとんできた。その間、彼女は無言だった。

 帰り道ずっと無言だった彼女が口を開いたのは別れ際だった。

「やりたいこと何かは分からないけど、頑張って」

 本当はやりたいことなんてない。噓がばれないように、まだ二人には言えないと逃げた。でも、応援されるなんて思わなかった。一緒にいたいと、なんで勝手に変えたのって怒られると思っていた。そうなることを期待していた。彼女も私と一緒にいたいと思ってくれていたんだと安心したかった。たとえ友達という立場であっても。しかし、そんな期待も外れた。すべて私の思い通りにはならなかった。

 

 彼女は私がいなくても、あいつさえいれば笑っていられる。最初から私の出る幕など無かったのだ。二人の姿が見えなくなった後、私も学校へと向かう。二人の後を追うように。しかし、決して追いついてはいけない。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二人の待ち合わせ 羽の枚 @hanomai_mebuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ