第21話 転生者の想い


 俺がこの世界に転生して三年が経った。


 最初は人間がほぼいないことに驚いたものだが、今はすごく慣れてしまっている。


 そしていつものように城の食堂で、魔王と一緒に朝食をとっていた。


「転生者よ。今日も元気そうだな」

「お前もな。魔王が風邪をひくとも思えないが」

「油断すれば風邪もひくし熱も出す。人間と我らの差異など大したことはないのだから。なのになぜ、あの皇帝は我らをそこまで憎むのだろうな」


 この話題は何度も出てきた。


 あの人間の皇帝は俺たちを一人残らず殺そうとしている。だがその明確な理由は分からない。


 親しい者が俺たちに殺されたわけでもなく、国を攻撃されているわけでもないのに。


 角がついていて別物の人種に恐怖を感じているのか。それとも俺たちという敵を作ることで国を保っているのか。


 いやもういいか。断言できることがひとつだけある。


 俺たちを滅ぼそうとしているのは、帝国ではなく現皇帝であることだ。つまり奴さえ殺してしまえば、帝国と魔王国が手を取り合うことも不可能ではない。


 ……なんでクズの俺がこんなことを考えてるんだ。


「転生者よ、あと二週間で作戦は決行になる。すまない、お前には」

「もう謝るな。あの皇帝を殺すのは俺の義務だ。そして俺は無傷で帰ってくる予定だからな。生まれてくる子の顔も見ずに死ねるかよ」


 俺の子供があと一か月ほどで生まれてくるのだ。


 こんな救いようのない、他人を貶めることでしか生きてこれなかった俺に、愛すべき子供が生まれてきてくれるのだ。


 どうやら俺は自分の子供のためならば、命を賭けることも出来たらしい。前世じゃ知りえなかったことだな。


「俺は生まれてきた子を絶対に抱いてみせる。必ず帰ってくるから守りは任せたぞ」

「もちろんだ。あの皇帝を討ち取って我が国を、いやこの世界を救ってくれ」


 正直に言うなら今はこの世界を気に入っていた。


 クズだった俺に生きる機会を与えてくれたのだから。


 そしてあの邪神にも少し感謝している。やり直す機会を与えてくれたならば、邪神であろうが礼は言うべきだろう。


 だがひとつだけ断っておかねばならないだろう。


「悪いがそれは断る。俺は世界を救うために皇帝を殺すんじゃない。俺の子が生きるためには世界が滅んだら困るから、皇帝を殺しに行くんだ」




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「くっ! 皇帝が死んでないからまだ禊が終わってないので、感謝で神気がたまらないのじゃ!? その感謝は皇帝を殺した後にするのじゃ!?」


 新米女神ちゃんはモニターに向けて叫んでいる。


 しかしあの自称悪党、どう見ても悪人の類に思えないんだけど。


「ねえ新米女神ちゃん。あの転生者って地球でなにをしたの?」

「主に強盗じゃな。前も言った気がするが、通行人を路地裏に連れ込んで脅していたのじゃ。そして財布から現金だけ抜き出して、あとは全部返して去るのじゃ」

「それって悪人なの? 確かに悪いことはしてるんだけどさ……」

「悪人じゃろ。多くの現金を盗んだんじゃから」


 確かにそうなのだが微妙に納得がいかない。


 新米女神ちゃんがこれまで転生させていたのに比べると、あまりにも罪が軽すぎる気が……。


 というかぶっちゃけてしまうとだな。俺はあの転生者を内心応援している。


 ぜひ無事に生きて戻って子供を抱いてあげて欲しい。


「さてあと二週間で皇帝暗殺作戦が始まるようじゃ! なので我らはそれを全力で援護して、転生者に皇帝を殺させなければならないのじゃ! 重要局面じゃ!」


 新米女神ちゃんの叫びに全員がうなずく。


「あの転生者、美しいからね。死なずに帰るのもアリだよね」

「親の顔を知らない子供など、作るべきではありません。不幸な魔法少女を見たくない」

「転生者はなんとしても生還させないとな」


 今この瞬間、俺たちの意思がひとつになった。


 今回の転生者は必ず生還させるという想いは全員が持っているのだ。


「転生者、安心するのじゃ!。お前には神のバックアップがついているのだから、必ず生きて帰ることができるのじゃ!」


 新米女神ちゃんが薄い胸を張った。


 転生者には神の全面的バックアップがついている。これほど頼もしい言葉は中々ない。はずなのだがなぜか不安に思えてくる。


 そうして俺たちは転生者が有利になるように、作戦会議を開始した。


「質問があります。あの転生者を玉座の間に転移させるのは無理なのですね?」

「うむ。我はあの異世界では、転生者と人間は動かせぬのじゃ」

「魔王軍四天王を玉座の間に召喚するのは?」

「それだと転生者が皇帝を殺したことにならず、禊にならないのじゃ。やはりある程度の苦労はしないとダメなのじゃ」


 今回の厄介なところは、転生者に皇帝を殺させないとダメなところだ。


 なのに転生者は自由には動かせないのがな……。


「転生者に殺させる必要がないなら簡単なのじゃ。魔王軍全部を玉座の間に召喚して終わりじゃ」

「もう防衛もなにもないな……相手にすると理不尽の極み……」


 玉座に座っていたらいきなり魔王軍全軍が現れました。無理ゲーである。


 そんなことを考えているとモニターから声が聞こえてきた。


『皇帝を殺せ! 殺すんだ! あの首を神への貢ぎ物にせよ!』


 どうやら帝国は神託によって大混乱の真っ最中のようだ。


 帝都から少し離れた都市では反乱が始まっていて、さらに暗殺計画なども立てられ始めている。


「なっ!? ま、まずいのじゃ!? 皇帝が転生者以外に殺されたら困るのじゃ!? やめるのじゃ! そんなことしたら神罰じゃぞ!」


 そして民衆を扇動した神様は、今度は皇帝を殺すなと言う始末だ。


 もうグダグダすぎるが今更なので突っ込まないことにする。


「やはりここは足を用意すべきと思います。車の使いどころではないでしょうか」

「ボクのスラミンもどう? 人間相手には強いよ!」

「城の衛兵に神託を下して、内通するようにしないか?」


 俺たちは皇帝暗殺のための計画を練り始めたのだった。

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