第17話 世界が滅ぶタイムリミットをつけよう


 異世界に転生して二週間目。俺は気に食わない女に出会った。


 そいつは魔王の指示で俺の面倒を見る役にされたそうだ。

 

 見た目こそ美少女の類だが、頭に生えている角が半ばからへし折れている。


「ねえ。貴方の名前は?」

「次に聞いたら殺す」


 俺はいつものように殺意を飛ばすが、女は愉快そうに笑い返してきた。


「あら。貴方も自分の名前が嫌いなの? 私もなのよ」

「……取り入ろうと嘘ついてるんじゃねぇ」

「同類ならわかるでしょ?」


 思いもよらぬ言葉だったからか、それとも共感を持ってしまったのか。


 俺はこの女といつの間にか仲良くなっていき、そしてともに夜を過ごす仲とまでなったのだ。


 俺も女も互いに名前を知らない。聞こうともしない。そんな関係が心地よかった。


「転生者殿。最近は随分と魔法の修行を頑張っておられるな。どういった心境の変化かな?」

「うるせぇ」


 ニヤニヤ笑ってくる魔王を後目に、俺は魔法を教わり続けることにした。


 ……この世界なんてどうでもいい。だが魔王軍が負けたらこの街も焼け野原だ。


 あの女が皇帝に殺されるのは我慢ならねぇからな。あいつは俺のものだ。


 それを奪おうとするならば、どんなことをしてでも防いでやる。


 

 

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^




「やったのじゃ! なんか知らないけど転生者が皇帝を殺そうとし始めたのじゃ!」

「やったね新米女神ちゃん! 愛の勝利だよ!」


 新米女神ちゃんとヴィナス様は両手を握り合って喜んでいる。


 でも愛の勝利って言葉は流石に使って欲しくない。


「見るのじゃ! 転生者がどんどん強くなっていくのじゃ! 魔法の腕がメキメキ上がって、これならそこらの人間など雑魚なのじゃ!」


 モニターからは「中級火炎魔法! ファイアフレイムブレイズ!」と声が聞こえてきた。


 日本語で直訳すると『炎炎炎』なのだがいいのだろうか。


「中級魔法まで覚えたのじゃ! このまま行けば皇帝なんぞイチコロなのじゃ!」

「ところで中級魔法って言うけど、上級とかのランクがあるの?」


 新米女神ちゃんはニヤリと笑うと、


「知らんのじゃ!」

「知ってた」

「でも中級だから真ん中くらいじゃろ!」

「そうだね」


 もうこの異世界、いったいどうなってるんだろうね。


 そのうち人智を超えた怪物でも生まれそうだけど、もしそうなったらどうなってしまうことやら。


 そんなことを考えているとモニターの映像が切り替わり、とある平野になった。


 そこでは転生者が人間の軍相手に、魔法をぶっ放している様子が見えた。


「てめぇらに恨みはねぇ! だがな、俺達魔族に仕掛けてきたお前らが悪いんだ! ファイアフレイムブレイズ!」


 転生者の火炎魔法が人間軍の兵士たちを焼き払っていく。


 たぶんいまの一発で五十人以上は燃え死んだのではないだろうか。転生者の魔力はやはりチートのようだ。


「ボーグマンさん、エチケット袋などはいかがですか?」

「いえ別に大丈夫です」


 マヘキさんがエチケット袋を手渡してくるが丁重にお断りする。


「そうですか。君は一般人なのに肝が据わっていますね」

「ただの映像ですからね」


 この惨状を生で見ていたならば分からないが、映像で見る限りは映画みたいなものだ。実際に人が死んでいたのだとしても、


 ……俺も少し毒されてきてる気がするなぁ。


「いけー! やれー! もっと焼き払うのじゃー!」

「即死させないという手もあるよ! あえて敵兵を生き残らせて、それを助けに来た兵士たちを一焼するとか!」


 新米女神ちゃんとヴィナス様は、まるで格闘技の応援のようにものすごく盛り上がっている。


 そして転生者は暴れまくって無双し、魔王軍が人間軍に圧勝した。


「転生者強いのじゃ! 皇帝ざまぁ見るのじゃ! 我を馬鹿にした報いはすぐそこじゃ!」

「今回はすごく上手くいくね!」


 歓喜の声をあげる二神様たち。


 そんな彼女たちを見ながら、マヘキさんはメガネをクイッと上げると、


「これでもう半年は生き残っていますね。しかし好事魔多しと言いますよね」


 確かにマヘキさんの言う通りだ。


 なんかあまりにも上手くいきすぎていて、そろそろしっぺ返しが来そうな気が。


「そんなことはないのじゃ! 今までが酷すぎただけなのじゃ!」

「今までが酷すぎるのは極めて同意です。しかし……」

「なにもないのじゃ! もう勝ち確なのじゃ! シャンパンの準備をするのじゃ!」


 新米女神ちゃんはもう成功を確信して、明らかに図に乗っている。


 どこからともなくシャンパンの瓶を取り出すと、ガラスのグラスにとくとくと注ぎ始めた。


 だがそんな瞬間だった。


「お願い……! もう戦わないで!? 貴方にもしものことがあったら……! もう貴方だけの命じゃないのよ!」

「お、お前……まさか……」

「お腹に子供がいるのよ……魔王様も許してくださったわ……貴方がもし戦いたくないなら、もういいって……」


 モニターから流れてきたのは、転生者とその奥さんの痴話げんかだった。


 涙を流す女の人に、俯き始める転生者。そしてモニターを両手でつかみ、目を大きく見開く新米女神ちゃん。


「なっ、なっ、なんじゃとぉ!? 我の許可もなく子供を作るんじゃないのじゃ!?  転生者! お主は命尽きようとも皇帝と相打ちするのじゃ! 神の命令じゃぞ!?」

「新米女神ちゃん!? それはどう考えても悪魔の類だよ!? そもそも相打ちしたら意味ないでしょ!?」


 新米女神ちゃんをモニターから引っぺがそうとすると、さらに魔王が転生者たちの前に現れた。


「転生者よ。もしお前が戦いたくないならばここで降りてもいい」

「だ、だがそうしたら人間に負けるんじゃ……」

「神様に新しい転生者をお願いする。神様ならば分かってくださるさ」


 魔王は優しく呟き、まるで父親のように転生者たちを見続ける。


 その姿には父性が感じられる。


「分からないのじゃ!? せっかく長く生き残った逸材じゃぞ!? 絶対に戦わせるのじゃ! 馬鹿者ども!」


 邪神ちゃんは激しく叫び、駄々っ子のようだ。

 

 その姿は玩具を買ってもらえない子供を感じさせる。


 もはやどちらが魔王か神かわからない。いやごめん、どっちも魔王には見えない。


「皆のもの! 転生者を強制的に戦わせる方法を考えるのじゃ! せっかく長生きしてる逸材じゃぞ!? ここまで育て上げたのに戦わずに降りるなんて許せないのじゃ!?」

「確かにボクも勿体ないと思っちゃうな。子供がもうすぐ生まれる父親が、命をかけて戦う……絶対に美しいよ!」

「ボーグマン! そういうわけでいい案を出すのじゃ!」

「いやそんなこと言われても……こんな状況で、転生者を無理やり戦わせるなんて、それこそ皇帝を倒さないと世界が滅ぶとかじゃ……あっ」


 失言だ。そう思った時にはもう遅かった。

 

 新米女神ちゃんがニヤリと笑った気がした。


「それじゃ! あと二年で皇帝を倒さないと、世界が滅ぶと脅すのじゃ!}

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