面倒なことになった
【勇者レイ視点】
ドラゴンがトドメを私達に刺そうとしている。高く振り上げられた尻尾は左腕を失い、深くダメージを負ったこの身体では避けることもましてや受けることもできないだろう。マリアも顔面の半分がやられてしまっている。立っているのが奇跡な程だ。この状況では流石の私も気持ちよくはなれないな。痛い。ただ痛い。
私達はここで終わる。マリアとは幼い頃からの付き合いだし、共に冒険者になった頃からいつかこういうことになることもあるだろうと話したこともある。覚悟はできている。
だが、あのおっさんにこの覚悟を背負わせるのは違う。おっさんは逃げ切れただろうか?それともやはりドラゴンからは逃げ切れずにやられてしまっただろうか。
もしそうなら冒険者とはいえこんなクエストに巻き込んでしまったことを申し訳なく思う。
そんなことを考えていると目の前にあのおっさんが立っていた。
「お…お前……!何を……」
おっさんは小さく舌打ちをすると、
「こうじゃねぇんだよな…」
と、呟く。
こうじゃない?何が……?
そんなことを考えている間にもドラゴンの尻尾は容赦なく振り下ろされる。せっかく逃がしてやったのに結局三人共ここで死ぬのか…。剣で一応防御の型を取る。意味なんてない。何もせずに潰れるくらいならと最後の抵抗だ。だが、その一撃は振り下ろされることはなかった。いや、振り下ろされたものの私達には届かなかった。目の前のおっさんが片手で受け止めていたのだから。
「なんで……?どうなってる…?」
おっさんはこちらをチラリと見ると適当に左手を振る。すると、私の欠損した左腕が瞬時に治る。こんなの高位の治療師でも時間掛かるっていうのに。
マリアの方を見るとマリアの顔もまるで何もなかったかのように元通りだ。
二人で顔を見合わせあたふたしているとドラゴンが物凄い咆哮を上げる。
おっさんはまるでうるさいと言うかのように、尻尾を掴んだままドラゴンを振り回し壁にぶつけた。どうなんってんだ?あれ?二三十メートルある巨体を軽々と……。怪力とか剛力のスキルか?それにしたって……?
壁にぶつけられたドラゴンは少しよろけるもののまだ敵意を失っていない。尻尾や爪、噛みつきなどの連撃を今までの比ではない程のスピードで繰り出す。あの野郎、私達の時は舐めプしてやがったな!
だが、おっさんは物ともせず軽々と避けると指を振る。その瞬間ドラゴンの首がズルリとドラゴンの手前に落ち、ドラゴンの身体がまるで糸を切られた人形のように崩れ落ちた。
「は?えっ??」
思わずそんな声が出た。
おっさんはこちらをチラリと見ると何事もなかったかのように出口の方を向き走り出そうとする。
「ちょっ!ちょっと!!」
呼び止めようとしたがあまりに突然だったので声をかけるのが精一杯だった。が、おっさんを引き留めたのは意外にもマリアだった。おっさんが走り出そうとする瞬間にマリアが正面から抱きつき…いや、しがみついた。
【聖女マリア視点】
顔面の半分を潰され意識が朦朧としている中、不意にその部分に温かさを感じた。回復魔法特有のなんとも言えない温もりだ。その温もりは潰れてしまったはずの目玉も、辛うじて脳を支えているだけだった顔面の骨も瞬時に治してしまった。
そして、理由もわからず顔を上げるとドラゴンの首がおじさんの魔法により丁度落とされた所だった。指に溜めた魔力を飛ばし、斬撃とする。基礎的な魔法だがあの威力は見たことがない。それとこの回復魔法。何者なのだろう……?
色々考えているとおじさんが何故か逃げように走り出そうとする。すると頭に声が響く。女神様からの天啓だ。
私は彼の前へ飛び出し両手両足を絡めてしがみつく。
「はっ?えっ??」
困惑するおじさん。
「逃さない!」
しがみつかれた所でこの人の膂力なら簡単に引き剥がせるだろうし、なんならそのまま私を無視して走り出せただろう。だけどしなかった。
「え〜……。なんで………?」
困惑するおじさんは私にしがみつかれたまま立ち尽くす。
「マ、マリア?なにやってんだ?」
「この人のすごい人だよ!この人に師事しよう!二人で!!」
そう言うとおじさんがあからさまに嫌な顔をした。
「だってさっき天啓で女神様がこの人に教われって!」
「はぁ??あんの糞女神…!」
私がしがみついても引き剥がそうとしないし、後ろから更にレイにまで抱きつかれるといよいよ観念したのか動かなくなるおじさん。
「あーわかったわかった。話だけなら聞くからまず離れようか」
「逃げない?」
「逃げようと思えば別にこの状況でも逃げられるだろ?」
私とレイはおずおずと離れる。
「で?あの糞女神様はなんて?」
「……貴方達二人に足りないものをこの人は持ってるからしっかり教わりなさいと…。多分強引にいけばこの人は断れないからって」
おじさんは右手をおでこにあて、はぁ〜〜と大きな溜め息を吐くとあの野郎と呟く。この感じ、女神様に会ったことがあるのだろうか?そんな人聞いたことないけど。
「まぁいいけどさ。本当にこんなおじさんに教わりたいのか?こんな美少女二人、途中で襲っちゃうかもよ?」
おじさんはわきわきとやらしい手つきをする。
それを見てレイは顔を赤らめる。
「それならそれで……別に…」
私も対価として求められるのであれば特に拒む理由もない。そんなことを考えているとおじさんは頭をガリガリと掻き毟った。
「あーもういいや。どうせお前らにこういう話しても意味ねぇからな。……変態共が」
チッと舌打ちをすると腹から丸めた布やら何やらを出す。やけに腹が太っていたように見えたのは腹に詰め物をしていたためだったらしい。
「それ、なんのためにしてたの?」
レイが疑問を口にする。
「そりゃ冒険者なのに太ってるやつの方が舐められ易いだろ?」
「うん……?」
「わからなくていいんだよ!別にわかってもらう気もねぇ。んなことよりさっさと素材回収して帰るぞ。ドラゴンの素材なら当面の資金になるだろ」
そう言って慣れた手付きでドラゴンの解体を始めるおじさんを手伝う。素材を次々とマジックバックにしまい込み、あっという間に終わらせてしまった。
「さて、そろそろ行くぞ。準備もあるし一旦街に戻る。面倒くさいなぁ」
足早に外へ向かうおじさんの後ろを二人で追いかけた。
【女神視点】
気まぐれに聖女の一人を見ていると面白い物を見つけた。
ドラゴンの首を軽々と落としたこの魔力。歳は取っているが間違いない。カムリだ。
言ってしまえばこいつのせいで暇でしかたがないのだ。少し困らせて暇つぶしでもしよう。
『聖女よ。聖女マリアよ』
マリアに直接語りかけると突然の声にびくりとする。
『こ、これは?いったい…?』
『私は女神イマイーチナ。貴方に神託を』
『女神……様…』
『目の前の男。彼は今見た通り、戦闘も回復も超一流です。彼に師事するのです。さすれば貴方達はさらなる力を得ることとなるでしょう。大丈夫。無理やり行けば断れないですから』
『!!
…わかりました!女神様!!』
そう言うや否やカムリに飛び付き抱きつく聖女。
困り顔のカムリを見るとしばらく面白くなりそうな予感がした。
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