第19話 梶原戦
「いい加減にしろ!」
開始の合図も待たずに梶原がアイスアローを放つ。
12本か・・・優秀なのは間違いないだろう。
DやCランクくらいの魔法使いが放つアロー系は普通数本だ。
Bランク以上だと10本以上放つ者も増えてくるが、この年で10本以上というのはかなり優秀だ。
「おいおい、開始の合図もまだなのに・・・・」
あっさりとすべての矢を躱すと怒り狂ったようにアイスアローを連発してくる。
7~8秒間隔で10本以上の矢が飛んで来るが難なく躱す。
20mくらい離れているのだ。ある程度の身体能力があれば回避するのは難しくない。
「攻撃もせずにふざけているのか!?」
「いや、だからまだ教官は開始の合図すらしてないんだが。」
「・・・・始めていいぞ。」
今更ながら教官が開始を宣言する。
それでも俺はあえて攻撃せずに回避し続けることを選んだ。
梶原はアイスアローを何セット撃っただろうか。
無駄だとようやく分かったようで次にアイスボールを連発する。
着弾時に範囲を攻撃するので多少大きく避ける必要はあるが、
単発のアイスボールはむしろ回避しやすい。
普通の魔法使い同士の戦闘はお互い棒立ちで攻撃魔法と防御魔法を交互に撃つだけで、
魔法の強度と速度で優劣を決める。ここまで避けられることなどないのだ。
また、ダンジョンにおいては大量の魔物に対し範囲魔法で一掃したり、
あるいは強力な魔物は前衛が足止めしている隙に大規模魔法を準備し放つ。
戦闘中に自分自身が動くことは滅多に無い。
「どうした?もう終わりか?」
「これ以上やっても当たらないぞ?」
「ふざけるな!お前の攻撃だって俺に当たってないどころか何もできてないじゃないか!」
「攻撃したらいいのか?」
攻撃が止んだので再度挑発するが当たらないことは理解したようだ。
「ファイアアロー」
無詠唱でもよかったがあえて分かりやすく詠唱してファイアアローを放つ。
平凡な3本の火矢が放たれ梶原へ向かう。
「ふんっ。まさかこの程度か?」
梶原は炎の矢が着弾する寸前に無詠唱で氷の壁を展開し防ぐ。
「やはり何か不正があったんだ!」
「だから俺はヒーラーだって言ってるだろ・・・」
ヒーラーは攻撃力でランクを決められるわけでは無い。
規定が変わって今後は一定量の強さも求められるようだが・・・
何度か俺はファイアアローを放つがすべて梶原の氷の壁に阻まれ防がれる。
「無駄だ!俺のアイスウォールはファイアランスにだって耐えられる!」
「そうか?ファイアアローでもなんとかなると思うぞ?」
まったく効果が無いと思われてたファイアアローを5、6回は撃ったがそろそろか。
「お前の逃げ足が速いのは分かった。だったら逃げられない魔法を撃てばいいだけだ!」
梶原はそう言うと残りの魔力を込め大規模魔法の準備をする。
おそらくアイスストーム。広範囲に吹雪を吹かせ氷の塊を展開する攻撃魔法だ。
これも今から全力で下がれば詠唱中に攻撃範囲外に逃れることもできるが・・・
だがそれより先に俺の攻撃が氷の壁を破るのが早かった。
氷の壁はまだそこに存在したにもかかわらず梶原の身体に炎の矢が直撃したのだ。
ローブに魔法耐性があったのか大きなダメージでは無いが直撃で一瞬炎上し後ろへ吹き飛ばされる。
梶原は自分に何が起きたか理解できずに地面から立ち上がれず呆然としている。
「俺の勝ちでいいですか?」
「・・・この試合、橘の勝ちだ。」
「・・・・・何をした?」
「さぁ、自分で考えたらどうだ?」
「梶原はCランクだろ?ファイアアローはDランクでも使う基本魔法だ。」
「それだけでやられるようじゃBランクなんて無理じゃないか?」
「くそっ!俺より弱い魔法しか使えないのになんで!」
梶原は拳を強く握り悔しそうに睨んでくる。
「いや、使えないのと使わないのとは違うよな。」
「少なくともお前相手には使う必要が無かっただけだ。」
「あのファイアアロー3本に見えたけど実際は5発よね?」
「3本に見せかけてそのうちの1つは3本以上束ねてた。」
流石に九条にはばれるか。
「1本だろうが3本束ねようが俺のアイスウォールは防いでたじゃないか!?」
今は攻撃を喰らい氷の壁は解除されているが、直前まで破壊されること無く壁は存在していた。
「ファイアアローでも何10発も受けたらアイスウォールは破壊されるわよね。」
「束ねた矢をまったく同じ場所に何度も打ち込まれて貫通した。」
「平凡なファイアアローに見えたけどかなりの制御力が無いと無理よ。」
「へぇ、それって凄いんじゃないの?九条もできる?」
匠が口を挟んでkる。
「勿論できるけど、私はたぶんやらないわね。他にいくらでも方法あるから。」
「そりゃ九条はそうだろ。剣だってそうだ。国井に剣術で勝負して勝てるとは思わない。」
「親や環境が恵まれてない者はなんとか工夫してやってくしかないからな。こんな小技も覚えるんだよ。」
「橘って言ったわよね?ほんとにヒーラー?」
「魔法制御見る限り魔法使いとしての実力もCランク以上は確実にあるわ。」
「今度魔法見てあげるからうちの事務所に一度いらっしゃい。」
「機会があればな。」
周囲が驚いた顔をする。九条縁。親は魔法の『テンプレート』を生んだAAA探索者で、
魔法使いの育成を中心とした国内トップの魔法使いのクランを立ち上げている。
そのクランに誘われて機会があればなどという返事をしたのだ。
ほとんどの者はそのような誘いを受けたら喜んで行くことだろう。
「もっと自分を成長させたかったら来ることを勧めるわ。」
「ようやく終わったか?」
「島津先輩?」
親やクランの関係で顔見知りなのだろう。匠と九条が突然現れた島津先輩に反応する。
「樹、なんでお前魔法で試合なんてやってるんだ?」
「殴って終わりだったろ?」
「先輩何を言ってるんですか?先輩じゃあるまいし・・・・」
「それ以前にいつから俺の呼び名が名前になってるんですか?」
「ああ、お互い知らない仲じゃないからいいだろ?苗字とか堅苦しいし。」
「ええ、、、変な誤解受けたらどうするんですか・・・」
「お前は乙女か。それに私は誰相手でもこんな感じだから誰も気にしないと思うぞ。」
「そうですか・・・じゃあ俺も親しみを込めて姐さんって呼びますね?」
「んん、姉さん?別にお姉ちゃんでもいいぞ?ははっ。そうかお前は弟か。」
前世で呼んでいたので先輩よりしっくり来る。まぁ主観年齢だったらこっちが年上なんだが。
「で、樹さっきの戦いは裏に回って殴ってもいいし氷の壁事破壊してもよかったんじゃないか?」
「先輩本気で言ってます?武器を使うならともかく殴ってってそんなの先輩しかできないでしょ。」
「んん?国井はちょっと腕力足りないかもしれないけど藤堂はできるだろ?」
「やろうと思ったことが無いからわかりませんけど・・・何で橘が出来るってわかるんです?」
「それは昨日私が殴り飛ばされたからな。あの時の威力だったらさっきのアイスウォールくらいは余裕で砕ける?」
「は?先輩を殴り飛ばす?それって何かの比喩ですか?」
「だからそのままの意味だ。昨日二人で試合したんだが樹と殴り合ってな。」
「橘、島津先輩と殴り合ったって本当か・・・?」
「殴り合ったんじゃなくて一方的に殴られただけだ・・・」
「少なくとも、先輩に殴られても無事だったわけ・・・?」
匠と九条は驚いて聞き返してくる。
「ヒーラーなのに攻撃魔法も使えて先輩の攻撃にも耐えられる・・・」
「だから生き残るために色々頑張ってるんだよ。」
「姐さんより身体能力は低いし、魔法は九条より使えない。剣術は国井に勝てない。藤堂のような特殊な能力も無い。」
「それでも自分に出来ることを頑張って身に着けて工夫してるだけだ。」
「実際、俺の水・氷魔法の才能は梶原より無いと思う。それでも工夫次第で勝てる。」
「俺の努力が足りなかったのか・・・・?」
いつの間にか起き上がっていた梶原は呟く。
「いや、努力はしてるんだろう。ここにいる者で努力してない者はいないと思う。」
「努力の仕方や力の使い方かな?」
「皆、親とかクランの効率的な育成方法で言われた通りやってるんだろ?」
「ある程度はそれでもいいんだろうけど自分で考えたり疑問を持ったりしたことはある?」
「たぶん藤堂や九条、国井は目指しているのが誰もいないところだろうから自分で考えるしか無い。」
「他の皆は何を、どこまで目指しているんだ?」
「橘、じゃあお前は藤堂達のように本当の天才達と同じところを目指しているのか?自分にそれができると思うのか?」
「梶原、同じところを目指しても俺には辿り着けない。たぶん俺の才能では無理だ。」
「同じところは無理でもやり方次第で同じ場所に並ぶことならできるかもしれない。」
「姐さんとかもそうだけど俺は置いて行かれないように必死なんだ。」
「同じクラスメイトだった人間と住む場所が違うってなったらなんか悔しいだろ?」
「そうか・・・俺は九条には絶対に勝てないと思ってる。」
「だがお前には負けていられないし勝てると思ってる。」
「お前がAクラスに来たことにつまらないことを言ってすまなかった。」
「今はお前は俺より強い。だが次は俺が勝つ。」
「ああ、別に同じ探索者で敵とかってわけじゃないんだ。」
「クラスメイトとして皆と一緒に俺ももっと強くなりたい。」
「なんか青春しているところすまないが樹、私とも試合をするぞ。」
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