雨と缶ビール

@mohoumono

笑い合えたら晴れになる。

雨が降っていた 視界すら防ぐほどの酷い雨だ。通り雨だと思い、歩いていたのが間違いだった。ずぶ濡れの服が気持ち悪く身体にまとわりつき、ずぶ濡れの靴は音を立てながら気持ち悪い感触を足に届けてくる。その全てに苛立っていたが、苛立ちを何かにぶつけるほどの気力は持ち合わせていなかった。どこかに雨宿りでもしようかと辺りを見渡しても、シャッターが閉まっておりそんなことが出来る雰囲気では無かった。コンビニで傘でも買おうと思ったが、150円しかない。最悪だ、今日に限ってこれかよ。そう愚痴を呟くと、折り畳みの傘を持ってないのが悪いんだろ。天気予報見とけよ。そもそも外出なきゃよかったじゃん。コンビニで傘買えばいいんじゃん。走って帰れば。なんてくだらない言葉が町中を駆け巡る。声だけが辺りに響く、冬の寒い空気を爆音で掻き乱すバイクよりもうるさかった。なら、傘を貸してくれよ。そう呟いても雨の音だけが僕の耳に鳴り響いた。思えば、僕の人生も同じようなものだ。いくら愚痴っても、さっきと似たような言葉が返ってくる。その言葉は、もう僕には必要ない。安い説教だとも思わないし、浅い言葉だとも思わない。ただ、僕は一度その言葉で救われてしまったのだ、幼い頃に。そして、裏切れた。いや、違う被害者意識が行き過ぎた、自ら裏切ったんだ。だから、その言葉は必要が無い。なら、何が必要なんだろうか。知らない。分からない、分かりたくもない。きっとみっともないものだから。まだ、雨が降っている。もうヤケだ。缶ビールを買おう、安い缶ビールを。雨の中ずぶ濡れでコンビニに入り、店員の引き攣った笑顔を見ながら、缶ビールを手に取り会計を済ます。「濡れたままで入って申し訳ない。」罪悪感からそんな言葉を口走った。最悪な気分だ。そんな中でも彼らは、ため息一つさえつかず「有難うございました」という、どれだけ人ができればそんなことが出来るのだろうか。コンビニを出て家路を辿りながら、缶ビールを開け飲んでいると、前方に傘もささずフラフラと歩いている奴がいた。僕は、考えることもせず声をかけた。同類だと思ったから。奴は、振り返り一瞬硬直した。それもそうだ、事実だけを羅列しても、大雨の中傘もささずにびしょ濡れで缶ビールを片手にフラフラと歩いている人が話しかけてきた。相手からすれば恐怖でしか無いだろう。奴は、少し考えたような格好をした後、「今日は、月明かりすら見えないような日でしたか?」「ええ、まあ。」そんな面白みのない相槌で返す。奴は、そう返ってくるのがわかっていたかのような満足げな顔をし、「僕もですよ。傘を買う小銭すらなかったもんで。」口元を隠しながら笑っていた。「奇遇ですね。明日は月が出ると良いんですが。」奴に釣られるように今日1日失った分の笑い声が出た。「明日はきっと良い月が出ますよ。そうなるように、今日は笑い話にしましょうよ。」

奴は、そう決まり事かのように缶ビールを目線より高く上げる。初めて会った人であり、そんな様子見たこともなかったが、僕は不思議とそれに応じることが出来た。そして、缶ビールを高く上げ「今日は晴天だ!」と乾杯をし、一気に飲み干した。不味くてしょうがない。雨で炭酸が薄まった苦いだけの水。けれど、久々に美味い酒が飲めた、こんなにも条件は最悪なのにも関わらず。「それじゃあ、今日は、良い天気でした。明日は、月が見えると良いですね。」「ええ、きっと見れますよ。もうこんなに晴れてるんですから。」奴は、晴々しい笑顔をして、肩で風を切るように去っていった。僕も、同じようにいつもより故意に胸を張って家路を辿った、大雨の中傘もささず。

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