第25話 汚物
王都の貴族街の一角に、ルルーディア侯爵家の屋敷はあった。
貴族街の屋敷は、各地の領地を支配している貴族の別宅及び、領地を持たない法衣貴族たちの家である。
爵位の低い貴族たちの住む家は大きめのアパートメントのようなかんじであるが、力のある侯爵家ともなれば広い土地を持つ屋敷があてがわれる。
ルルーディア侯爵家の屋敷は、広い庭もある立派な屋敷であった。
「いらっしゃいませ、フィーグ・ラン・スロート様」
屋敷の前に来ると、メイドが出迎えてきた。
……珍しいな。
そう、この世界で女性のメイドは珍しい。基本は男の侍従がほとんどだ。侍従たちは平民男性のうち外見が良いものが選ばれ、侍従の仕事を叩き込まれる。
メイドたちは、お金が無い女性だったり、あるいは伯爵以上の家に行儀見習いとして奉公に出される女性だったりする。あるいはメイド服を着るのが趣味だったり。
……しかし、このメイド。男の俺に対してもしっかりと敬語を使うのだな。いや、客人に対しての態度としては当たり前なのかもしれないが、しかし……
「どうかなされましたでしょうか」
メイドは怪訝な顔をしている俺にそう尋ねてきた。
「いや、何でもないですよ」
「さようでございますか。それでは、応接室のほうへご案内いたします」
……とりあえず、今あれこれ考えても答えの出るものではないだろう。俺は頭を切り替えて、下準備をしつつメイドのあとについて行った。
「こちらでお待ちください」
応接室に通されしばらく待っていると、ドアが開いて、一人の少年がメイドを引き連れて入ってきた。ペイルだ。
「やあ、フィーグ君、よく来てくれたね」
「お招きありがとうございます。ペイル様」
俺は立ち上がり一礼した。
「いやいや、そんな堅苦しい挨拶はいいよ。様もいらない、クルスファート王立魔法学園では、生徒に身分の差はなく平等だ。
……たとえそれが有名無実だとしても、僕たち男子生徒だけは、正しくその校則を守りたいじゃないか」
「わかりました……いえ、わかったよ。ペイル君」
「それでこそフィーグ君だ。
さて、わざわざ呼び立ててすまなかったね。君とは一度ゆっくりと話して見たかったんだ。食事でもどうかな」
「わかった。喜んでご相伴に預かるよ」
解毒魔法と状態異常対策は準備しておこうか。
ともあれ俺は用心しつつ彼についていった。
俺とペイルが案内されたのは中庭に面したテラス席だった。
俺はメイドに勧められるまま席につく。そしてメイドが恭しく俺に飲み物を勧めた。
「ありがとうございます」
俺はそう呟くと、その飲み物を一口飲む。ワインだ。
……これは、何か薬を盛ったとかそういった様子はないな。普通に美味しいワインだ。
「フィーグ君、そういうのはやめたまえ」
ペイルがいきなり俺を咎めて来る。口調はやわらかかったが、彼の目が笑っていない。
「そういうの……とは?」
俺が聞くと、ペイルが肩をすくめる。
「女に対しての敬語だよ」
……まあ確かに、この国の男子は大半、いやほとんどが女を嫌っている。女は傲慢で自分勝手で醜いからだ。しかし絶対支配階級である女性への文句を、貴族であるこの男が堂々と口にするとは……。
普通の平民男子が女への文句を言っても見逃されるか軽い折檻で済むことも多いが、貴族男子が女性のいる場でそんな事を口にしては大変な事になるだろう。
……しかし、ここにいるメイドたちは誰もペイルの言葉に対して顔色一つ変えていない。
寛容な女性ばかり集めているのか、それとも……。
「俺は平均的で平凡な王国男子なので」
俺は笑って誤魔化す。
「ふん、まあいいさ」
そしてペイルが合図をすると、メイド達が食事を運んでくる。
「君がどれだけ口ではお手本じみた優等生発言をしても、君の行ってきた偉業が全てを物語っているよ」
「偉業……? 俺は何も」
「謙遜するなよ。悪役令嬢に理不尽に犯されそうになった男子を守ろうと立ちはだかったあの姿、実に立派だったよ。普通の男子ではあんなことはできない。
そして、一人の悪役令嬢と魂約し、何人もの悪役令嬢を打倒してきた……それだけに飽きたらず、あの処刑貴族の女も手駒にしているというじゃないか」
手駒にはしていない。友人になっただけだよ。そもそもアイネはもう悪役令嬢ではないから、手駒にするには戦力不足だ。爵位も高くないし、利用する相手としてはもはや価値など無い。
「僕はね、嬉しいのさ」
ペイルはワインの杯を煽りながら言う。
「男たちはどいつもこいつも牙を抜かれた負け犬、家畜の豚ばかりさ。女どもの理不尽な圧政に抗おうという気概を持つ真の男がどれだけいる?
だからこそ、僕は君に期待する。悪役令嬢を手懐け、悪役令嬢達に立ち向かう君の勇姿に、その偉業に。いずれ君はこの世界の転覆すら成し遂げるつもりなんだろう?」
彼は言う。持ち上げすぎだろう。
しかし……。
「それは誤解だ。俺が戦うのはあくまでも、正当なルールに従い、俺の魂約者を勝たせるため、国益のためだ。
……友人にこう言うのもなんだが。流石にその物言いは看破できないよ」
これが世に出たら俺まで同罪にされかねない。これはもはや国家反逆罪に問われかねないレベルの危険な発言だ。
しかもここにはメイドたちがいる。彼女たちがこの事を密告するだけでこいつは終わるぞ。
その俺の視線に気づいたのか、ペイルは言う。
「ああ、彼女たちか。気にすることはない。彼女たちが僕の不利益になるような事を行うなど、絶対にできないよ」
「絶対……?」
「ああ。僕には、僕たちにはそれを可能とする財力と力と技術がある。国に与えられた地位と権力をかさに着るだけのメスブタなんて怖くないさ」
……なるほど。僕たち、か。裏に色々とありそうだな。
「さて、本題に入ろう」
そしてペイルは俺に向き直る。
「君はこの王国をどう思っている?」
「……どうとは? 良い国だと思うけど」
「おいおい。今さら諧謔するなよ。率直に言って、クズみたいな国だろう?
女に生まれただけで貴族、男に生まれただけで女のオモチャ。破綻している、狂っている、イカれてる。なあ、そうだろう? 君もそう思うだろう?」
「……」
俺はただ黙って彼の話を聞く。
「そう、間違っているんだこの世界は。そしてそう思っているのは、僕と君だけじゃない。
そう、同志がいるんだよ、僕らには。
それは組織さ。世界を正し、男の復権、解放を目指す組織さ。その名を――
【紳士協定】」
「【紳士協定】……」
俺はその名を反芻するように呟く。
「そうさ、僕たちは同志だ。この歪な世界に生きる真の男の信奉者、そして僕らこそがこの世界に新しい秩序をもたらす事ができる」
彼は陶酔したように言う。
……まあ、確かに彼の主張はわかる。俺もそう思っているしな。しかし、確かめないといけない事がいくつかある。
どうやって切り出すか……下手な事は言えないからな。
その時だった。
「ご主人様、おかわりを……あっ!」
ペイルのグラスに追加のワインを注ごうとしたメイドが、そのワインをこぼす。
次の瞬間。
「何してんだよクソブタがあっ!」
ペイルがメイドに激昂し、拳で殴り倒した。
「このっ! 雌犬がぁっ!」
彼は倒れたメイドを何度も何度も蹴りつけ、踏みつける。
……何をやっているんだ!
俺は思わず立ち上がり止めようとするが、しかしペイルは俺に向けて言う。
「ああ、フィーグ君。君は座っていてくれたまえ。今僕はこの女と話をつけているんだ」
「いやでも、やり過ぎだろう?」
俺が言うと、ペイルは鼻を鳴らす。
「ふん、かまいやしないさ。今までこの千年間、女どもは傍若無人の限りを尽くしてきた。そのツケを払う時が来たのさ」
「だけど……!」
おかしい。こんな目に合わされても、彼女は黙って耐えているし、メイドたちもただ黙っている。
これはいったいどういう事だ?
「さっきも言っただろう、こいつらは僕に逆らえない」
そしてペイルは倒れているメイドの髪を掴んで頭を持ち上げ、そして襟元を見せる。
「……!」
そこには、首輪があった。
しかもこの首輪は……何処かで……。
「隷属の首輪さ。
中々に便利な魔道具でね、これをつけている限り、彼女たちは僕に絶対服従する。逆らえないのさ、逆らおうとすれば激痛が神経を焼く。
こいつらの家をルルーディア家が陥れて借金で縛り上げ、逆らえなくしたうえで隷属の首輪で支配したのさ。
だからこいつらは僕に逆らえない、絶対に」
ペイルはそう勝ち誇り、
「ほら、舐めろよ豚。粗相をしてごめんなさいってなあ!」
メイドの少女を床にたたきつけ、その靴で彼女の顔面を踏みつける。
それは、とても醜悪な姿だった。
俺は今まで女という生き物こそが、この世で最も醜悪な生物だと思っていたが――ああ、間違いない。
こいつこそ、ペイル・ディム・ルルーディアこそが……汚物だった。
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