第24話 盆栽友

 クルスファート王国、王都クルスノドア。


 そこの貴族街は、広い土地に屋敷が立ち並んでいる。

 その屋敷の一つ、その地下に――音と悲鳴が響いていた。

 風切り音と、打撃音。そしてくぐもった、痛みを我慢しているような悲鳴だった。


 音の出所は地下だった。暗い階段が下へ続いている。

 その続いた先に広がっていたのは、牢獄だった。そして、その奥にはひとりの少女が鎖でつながれている。


 おそらく年齢は12歳くらいだろうか? 銀色の髪の小柄な少女だった。

 頭部に犬のような耳がついている、獣人種の少女だ。

 服ははぎ取られ全裸であり、首輪を嵌められ、身長よりも長く頑丈な鉄の鎖が少女の四肢を縛っていた。


 それはまるで囚人の様だった。


 だが違う。彼女は奴隷――それも、この女尊男卑の世界では珍しい、女奴隷である。


「――っ!」


 鞭の風切り音が響き、少女がくぐもった悲鳴を開ける。

 しかし、泣かない。叫ばない。

 その姿勢が、鞭を持つ少年の苛立ちを一層加速させる。


「この、クソ奴隷が!」


 少年は怒りに任せて鞭を振るった。

 その鞭が少女の体を打ち据える。


「っ!」


 少女は悲鳴をこらえた。


「僕がちょっと出ている間に、好き勝手、しやがって!

 てめぇがいっぱしの人間か何かと! 勘違いしてるわけ!? この犬っころが!

 何が七大罪令嬢だ、何が王太子の魂約者だ!」


 少年は手にした鞭を振るいながら、少女を殴りつけた。


「……っ、申し訳、ありません……」


 少女は苦痛に耐えながら謝罪の言葉を述べる。


 だが――少年はそれが腹立たしくてたまらない。

 この奴隷は、苦痛に耐えている。苦痛によって命令に従っている。この契約の魔術はそれほどに強いものだ。


 だが――それでも決して怯えていない。心が折れていない。

 それがどうしようもなく腹立たしかった。


「黙れクソが!」


 少年はそのまま少女の腹を蹴り上げる。


「っ! かはっ!」


 少女はそのまま転がり、仰向けになって咽る。


「……」


 少年はその少女の姿をじっと見る。

 一糸まとわぬ姿。幼くも均整のとれた身体。それが少年の情欲を誘う。


「……ちっ」


 だからこそ腹立たしい。自分はこの奴隷を痛めつける事は出来ても、犯すことは許されていないのだから。


「クソが。お前が王太子のモノじゃなければ、滅茶苦茶に犯してわからせてやるものを」


 流石に王太子の魂約者に手出しは出来ない。それが養女とは名ばかりの奴隷であったとしても、王太子の魂約者なのだ。手を出したことがバレたら自分の身が危ない。極刑は免れないだろう。

 だからこそ暴力を振るう。それが大して効果がないと知りつつも。


「そこまでにしておきなさい。気持ちはわかりますがね」


 ふと、少年に後ろから声がかかる。


「っ、あんたか」


 そこにいたのは眼鏡をかけた男だった。


「君の憤りも憎しみも理解できます。それは正当な怒りだ。しかし、その娘は我々の大切な手駒なのです。君の怒りで壊すにはあまりにも惜しい」


 男は言う。そこの少年ではこの少女を壊す事など出来ないと理解していながら、彼の自尊心を満たすために。


「……ちっ、わかってますよ」

「よろしい。君は実に賢い。この娘を壊してしまっては元も子もないのだからね」


 男はそう言って少年に近付き、その肩に手を乗せる。


「そんな君に、ひとつ頼みがあるのですが……」

「頼み、ですか?」

「えぇ」


 少年はその男を見上げながら、怪訝な顔をする。そして男はそのまま続けた。


「勧誘、ですよ」




「美しい」


 俺は魅了されたかのように蕩けた表情で、その美を褒めたたえる。

 青々と茂る葉。小さくもダイナミックな生命力を迸らせて伸びる幹。世界中に延ばさんとばかりに伸びる太い枝。


 強大な躍動を小さな盆の中に凝縮し、ひとつの世界を作り出す。

 まさに美であり芸術である。


「美しい……」


 最近、悪役令嬢との戦いに明け暮れていたので、たまにはこんな心休まる時間があってもよい。

 人には癒しが必要なのだ。特に男には。

 俺が盆栽を鑑賞していると、


「へえ。中々変わった趣味をしているね」


 そう声がかかった。男の声だ。

 振り向くとそこには少年が立っていた。


「失礼。邪魔するつもりはなかったんだけどね」


 少年はそう言いつつ、俺の横に立つ。


「珍しいね。男は花を愛でるものだけど、その鉢植えには花が咲いていない。これから咲くのかな?」

「いや、基本は花を愛でるものじゃないよ。季節によっては花が咲くものもあるけど、決して花の美しさのみを鑑賞するだけのものじゃない。花、葉、枝、幹、そして土。それら全てをひとつの世界とするものなんだ」

「ふうん。花を愛でる目的じゃないんだね。じゃあどうして?」

「心が落ち着くからさ」

「……落ち着く?」

「この盆栽を見ることで、俺は束の間の安らぎを得ているんだ。盆栽は素晴らしいものなんだ、決して華やかできらびやかではないが、そこにひとつの世界がある。生命の力があるんだ。その自然の美しさをひとつの盆の中に再現するのが盆栽でね」


 その俺の言葉を聞き、少年は少し考え込んだ後、


「……なるほど。それは確かにいいものだ」


 そう答えた。

 こいつはいい奴だな、うん。盆栽の良さをわかるとは。

 そして彼はそのまま俺の横で盆栽を眺める。


「ところで、君は何しにここへ?」


 俺は少年に問う。そして少年は言った。


「君を探していたのさ、フィーグ・ラン・スロート女爵令息。

 僕の名はペイル・ディム・ルルーディア。ルルーディア侯爵家のものさ」

「ルルーディア……?」


 それは確か。フェンリの家名だったはずだ。


「君には妹が世話になったようだし、そのお礼もね。それに君の話は色々聞いていたから、一度話をしてみたいと思っていたのさ」


 俺の話……? なんだろう。

 俺はそんなに目立ってはいないはずだが……いやそうでもないな。男の分際で悪役令嬢カーマに喧嘩を売ったのを皮切りに、ユーリと共にさんざ悪役令嬢と戦ってきたからな。

 おそらくはその話だろう。


「今夜にでも、貴族街のここに在る屋敷を訪ねて来てくれ」


 そう言ってペイルは俺にメモを渡して来る。


「これは?」


 俺はその紙を受け取る。そこには地図と住所の番地が書かれていた。


「ルルーディア家の屋敷さ。そこで色々と話したいものだよ、そう……色々とね」


 ペイルはにこやかにそう告げると、踵を返す。


「楽しみにしているよ、フィーグ・ラン・スロート君?」


 そのまま少年は去って行った。


「……ふむ」


 どうするか。急に現れなくなったフェンリの事も気がかりだし、ここは行ってみるべきだろう。


 しかし……。


「……残念だな」


 彼の言葉から察するに、興味があるのは俺だろう。

 つまり……盆栽が気になって声をかけて来たのではなかったと言う事だ。


 それが本当に、心の底から残念だった。


 ああ、残念だよペイル・ディム・ルルーディア。盆栽友になれるかと思ったのに。

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