第23話 訓練試合
「二人とも……」
俺の婚約者ユーリと、俺の友人のアイネ。
その二人がここにいた。
「どうしてここに……」
「ふふーん、そりゃあれだよ、尾行してきたのさ!」
「威張るなよ」
ストーキングは犯罪です。いやまあ、女が男にする犯罪は大半は合法になる世界だけど。
「だってさー、どんな訓練してるか気になるじゃん。でもびっくりたよ、まさか……」
そう言ってユーリは笑顔で俺の肩に手を置く。
「ボクというものがありながらこんな可愛いケモミミちゃんと放課後秘密デートなんて……」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
肩が潰れる!
ユーリが俺の肩を全力で掴んでいる。これが悪役令嬢のアイアンクロー、ドレスをまとっていないのにすごい力である。
「待ってください、ユーリ様!」
それを見かねたアイネが割って入る。いいぞ。
「フィーグ様は嫌がっています! や、やるならそのプレイは私に……し、してください!」
顔を赤らめてもじもじするアイネ。
……おい。何がプレイだ。
「別にプレイとかじゃないよ? ちょっと魂約者同士のスキンシップしてるだけだし」
そう言いながらユーリは手を放す。
痛すぎて何も言えない。
「大丈夫ですか、お兄さん」
フェンリが心配そうに言って来る。
「ああ、問題ないよ」
ユーリも本気で俺の肩を潰そうとはしていなかったしな。
「この人たちは?」
「ああ、俺の婚約者のユーリ・アーシア・ストーリアと友人のアイネ・ルゼ・ユングラウだよ」
俺は二人を紹介する。
「フェンリは、フェンリ・ルルーディア、です!」
元気に挨拶するフェンリ。
「ふーん、フェンリちゃんか。中々に素直でかわいい子じゃない」
ユーリがそう言って笑う。同感だ。このクソみたいな世界の女にしては中々にまともな子だと思う。
「ところでさっき言ってた事だけどさ。フィーグ君の魔力が上がったのはボクとの魂約が原因だよ」
「そうなのか?」
「この時代だと女の子が一方的に魔力を搾取するみたいだけどさ、本来は魂約者同士が魔力のパスを繋げて、こう……」
ユーリは地面に絵を描く。∞の文字だ。
「互いに流して循環することで、加速器みたいに魔力が強力になっていくんだよ。まず単純に二倍以上、そして加速する事でより魔力が強力に練られ洗練されていく」
「……そうなのか」
それは知らなかった。
「今の悪役令嬢たちはさ、男の子の魔力を吸い上げるだけだからねー。そんなんじゃボクたちには勝てないと思うよ」
ユーリはそう言ってえっへん、と胸を張る。
「?」
そしてフェンリは理解していないようだ。
「でも、お姉さんたちも強そうですよね!」
「ふふ、分かる? ボクたちこれでも結構強い方なんだよー」
「うん、強そうな匂いがします!」
「そういうキミも強そうだよね。どう、手合わせしてみる?」
「はい!」
「いいね、じゃやろっか!」
二人は仲良く会話しながら準備をする。
……脳筋だなあこいつら。
「それじゃいくよー。練習試合、訓練であって決闘じゃないから、素のままで。何か賭けるのもなし。
単純化に互いの技量の勝負ね!」
「じ、じゃあ……勝負、開始!」
アイネの合図と共に二人の戦闘が始まる。
まずは拳を交えるユーリとフェンリ。
そしてお互いに距離を取る。
次の瞬間、フェンリの体が消えた。
「え!?」
驚くユーリのすぐ横に現れたフェンリが蹴りを放つ。
それをすんでの所で避けるユーリ。
「とりゃああああっ!」
続いてフェンリの攻撃。
今度は避けきれずガードした。
しかしそれでもフェンリの方が力は上なのか吹き飛ばされる。
さらに空中で追撃を仕掛けるフェンリだが、ユーリはそれをかわしていく。
着地するとすぐにまた突進してくるフェンリに対し、カウンター気味に殴りかかるユーリ。
フェンリはその拳を片手で受け止めるとそのまま押し返した。
たまらずよろめくユーリだが、何とか踏みとどまり再び反撃に出る。
「やるねえ、フェンリちゃん!」
フェンリの腕を掴もうとするがするりと避けられ逆に足を引っ掛けられる。
バランスを崩し倒れそうになるがなんとか堪えた。
フェンリはそのまま回し蹴りを繰り出す。
しかしその足を掴み取ったユーリはそのまま投げ飛ばす。
地面に叩きつけられたフェンリだったがすぐに起き上がると再び飛びかかる。
ユーリもまた駆け出し距離を詰めると再び激しい攻防が始まった。
お互い一歩も引かない互角の戦いを繰り広げる二人。
その様子を俺とアイネは眺めていた。
「強い……ですね」
「ああ、そうだな」
フェンリは俺との訓練、随分と手加減していたようだ。
いや、俺が防戦一方だったからここまでの動きを引き出せなかっただけだろうか。
それにしてもあの身体能力の高さは異常だな。さすが獣人と言ったところか。
対するユーリもかなりの強さを持っていた。
悪役令嬢に変身しなくてもあの戦闘力とは、最初の悪役令嬢の名も伊達ではないと言う事か。
「これで!」
「どうだっ!」
同時に攻撃を放つ二人。
ぶつかり合う瞬間お互いの右手を掴んで防いでいる。
そのまま膠着状態が続く。
「やるじゃないか!」
「そちらこそ!」
どちらも引かない。
お互い拮抗する力に手いっぱいのようだ。
しかしそれも長くは続かない。
二人の腕力の差からか、徐々にユーリが押し負け始める。
「もらった!」
「甘い!」
そんな時、フェンリが左手も使い始めた。
両手で相手を掴むことで押し返すのを辞め、完全に力比べに持ち込んできたのだ。
拮抗する二組の両手。
「ぐぬぬ……」
「うぎぎ……」
お互い一歩も引かず、その状態が続く。
しかしやがてフェンリの方が有利になり始めた。徐々にユーリの腕が下がっていく。
「くっ!」
ついに限界を迎えたユーリは両手を放して後ろに飛び退くと距離を取った。そして再び構える。
ユーリの薬指にはまった指輪が光りはじめる。
……これは!
「勝負あり! ユーリの反則負け!」
俺は声を上げる。
「あー、しまった! つい!」
ユーリが悲鳴を上げる。
フェンリが強くて、つい本気になってしまったんだろう。しかしこれはあくまでも練習試合、訓練だ。
「ちぇー……あーあ、負けちゃったか~」
ユーリは残念そうに言う。
「ん~、フェンリはあのまま続けてもよかったです」
フェンリも不満そうだ。しかしルールはルール、結果は結果である。
「でも……いい勝負だった。ありがとう」
そう言ってユーリは手を差し出す。
「こちらこそです!」
そんなユーリの手を握り返すフェンリ。そして二人は握手を交わしたのだった。
「さて、じゃあ次はフィーグ君、ボクと戦ろっか!」
そのユーリの笑顔に、
「まっぴらごめんだ」
俺はそう返した。
今のユーリと稽古したら確実に死ぬだろ俺。
◇
結局。
あの後フェンリと二回、ユーリと三回戦わされた。
アイネはもう悪役令嬢じゃない、自分は戦闘向きじゃないという事で戦わなかった。
「戦闘は無理ですけど、フィーグ様の防御力、耐久力を鍛えるための拷問なら……」
とおずおずと提案されたけど笑顔で断っておいた。
断わった時に気持ちよさそうだったのは見なかったことにしておく。
「それじゃあ、また明日なのです!」
「うん、次はボクが勝つよ」
ユーリとフェンリは握手を交わす。そしてフェンリは帰っていった。
「じゃ、俺達も帰るか」
そして俺達も岐路につく。
しかし、今日は本当に濃密な特訓だった。自分が強くなった実感は確かにある。まあそれ以上にあの二人との実力差も思い知ったが。
まだまだこれからである。
「明日が、楽しみだな」
――しかし。
その明日になっても、フェンリは姿を現さなかった。
明日だけではなく、その次も、またその次の日も。
フェンリ・ルルーディアは、俺たちの前から唐突に姿を――消した。
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