第22話 秘密特訓
「ぐわあああ――――っ!!」
森に絶叫が響く。
誰の? 俺のだ。
何故? 殴られて吹っ飛ばされて宙を舞っているからだ。
誰に? フェンリという小さな女の子にだ。
「ぐえっ!」
紳士にあるまじき、蛙を潰したような悲鳴を上げて俺は墜落する。痛い。
「大丈夫ですかー!?」
フェンリが心配そうに駆け寄ってくる。
「ああ、なんとかな」
体力強化と防御結界魔法のおかげだ。それがなければ骨の数本は折れていただろう。いや砕けていたといったほうが正しいか。
「さすがです!」
目を輝かせるフェンリ。尻尾もぶんぶん振っている。
悪役令嬢ではないとは言え、流石は獣人というところか、攻撃は半端ない強烈なものだった。
さて、なんでこんなことになっているかというと……。
◇
「秘密の……特訓!?」
俺が特訓に来ていると言った瞬間、フェンリがものすごい勢いで食いついて来た。
「フェンリも特訓大好きなんです! 鍛えて強くなるってとてもいいことです!」
キラキラした目で俺に言うフェンリ。
そして俺は、とてつもなく嫌な予感がした。
ここは一刻も早く戦術的撤退を「よし、今から一緒に特訓するのです!」
無理だった。
「しかし君はさっきまで倒れ「早速練習試合しましょうです! 拳も魔法もなんでもアリでいくのです!」
聞いちゃいねえ。
……しかし、女特有の高圧的な我が儘と違って、純粋にこう……「訓練にきた同類を見つけて喜んでいる」感がすごい。
こういうのはなんというか……断りづらいな。
仕方ない、ここはいっちょ戦っ
「え?」
次の瞬間。
俺の身体は大きく宙を舞っていた。
そして――地獄が始まる。
◇
というわけで、俺はこの子の訓練に付き合わされていると言う事だ。
しかし、こう愚痴っては見たものの、これが――意外と楽しかったりする。
別にボコられるのが楽しいわけではない。俺はアイネじゃない。
今までの俺の特訓は、全て相手がいると想定したシャドーボクシングのようなものだ。つまり俺には、実戦経験が圧倒的に不足している。
しかし、フェンリとの実戦方式の訓練は違う。
相手がこう来るに違いない、そして思ったとおりに来る――という空想一人遊びと違い、相手はこちらの考えを読んできたり、予想外の手を打ってくる。
その予想を超えた攻撃を何とか凌ぎながら、次の手を繰り出すというまさに実戦形式なのだ。
しかも彼女の格闘術の腕は相当だ。それはそうかもしれない。なにせ彼女は獣人だ。人間よりも身体能力は遥かに高いのだ。
彼女の動きはもはや生半可な悪役令嬢に匹敵するだろう。
俺としてもこういう稽古なら大歓迎だった。
大歓迎なのだが――
「ぐわあああ――――っ!!」
森に絶叫が響く。
「ぐえっ!」
紳士にあるまじき、蛙を潰したような悲鳴を上げて俺は墜落する。痛い。
……こう、自分の弱さを痛感すると、「俺がこの世界を変えてのしあがってやる」と言っていたのが、イキったガキの妄想のように感じられてかなり凹む。
だけど、俺は本気だからな。
ユーリという最強のカードが手に入っても、俺自身が弱いままだと全く意味がない。
俺は強くならねばいけないんだ。
「……っ、よし、もう一回!」
立ち上がる俺の言葉に、
「はい! いきますよ!」
フェンリが嬉しそうに答える。
結局日が暮れるまで俺は彼女に弄ばれ続けたのだった。
◇
「どうしたのフィーグ君、ボロボロじゃない」
寮に戻ったら、ユーリに開口一番そう言われた。
「……ちょっとな」
俺は疲労感満載の身体をソファに投げる。
「一体どんな訓練をしたのかしらないけど……ま、いいけどね、男の子なんだし」
「その言葉、今の時代の一般的な言葉だと見下し系だけどな。ま、千年前の言葉だと褒め言葉だってのはわかってるよ」
「うん、ちゃんと褒めてるよ」
にっこりと笑うユーリ。
いやまあ、本当にいい娘だよ俺の婚約者は。
さて。
今日はもう寝るか。明日も学校と、そして放課後の秘密訓練があるからな。
なにせあの後フェンリと約束してしまったからな。
この機会に一気に鍛えるとしよう。
◇
「ふんっ!」
「ぐっ……!」
フェンリの重い一撃を俺は防御魔法で受け止める。重い。
そのまま、俺の身体は数メートルほど押される。地面にはまるで橇の跡のように抉れてしまう。
しかし……俺は吹っ飛ばされることも倒される事も無かった。
「……っ」
その事実に俺は笑う。昨日より確実に強くなって「ふんっ!」
フェンリの連撃に。
「ぐぼっ!」
俺、その場で体をくの字に曲げ、倒れた。
「くっそ、まだまだだな」
俺は殴られた腹をさすりながら呟く。
「いいえ! 一昨日に比べてすごく良くなっていますよ!」
ガッツポーズを取るフェンリ。
そう。この訓練が始まってから三日たつが、俺はまだ一度も勝てていなかった。
相変わらずのワンサイドゲーム状態ではあったが、それでも日に日に良い動きができるようになって来ていた。
やはり戦闘の経験値というやつは馬鹿に出来ないものだ。
「でも本当にすごいです、お兄さん。ぐんぐん強くなってて、なんかおかしいくらいですよ!」
馬鹿にされているのではなく褒められているというのはわかるけど、おかしいってなんだよ。
「……変なのか?」
「はい!」
前言撤回。馬鹿にしてるだろ。
「だってお兄さん、んー、なんというんですかね。魔力すっごい高いじゃないですか」
……?
魔力が高い? そんなことはないと思うが。俺はいたって平均的な魔力量だと入学した時の測定でわかっている。
ユーリと魂約した後も、もしユーリが普通のクソみたいな悪役令嬢ならとっくに俺の魔力は枯渇しているだろう。
「それで最初会ったときは、その魔力を上手く使えてなかったけど、どんどん馴染んで言ってると言うか……」
「なるほどな。まあ訓練すれば馴染んでいくのは当たり前だけど。そうやって小さいころから魔法の訓練してたしな。
だけど、急に魔力が上がるって心当たりが……」
その時。
「! 誰!」
フェンリが身を低くして臨戦態勢を取った。
俺も素早く立ち上がり、周囲を警戒する。
そして……森から姿を現したのは、
「ちょっと待って、敵対する意思ないから! フィーグ君からも何か言ってやって!」
「わ、私は敵対する意思はないですけど……攻撃されるのなら別に」
「いやちょっと何言ってんのアイネちゃん!?」
ユーリとアイネだった。
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