第21話 獣人の少女
男子寮から徒歩で30分ほど。
森の中にあるそれは、俺の秘密基地みたいなものだ。 しかしそんな辺鄙な場所にまでやってくる生徒は普通いない。入学したばかりの一年生はもちろんのこと、多少慣れた二・三年生であってもここまで来る物好きはほぼいないのだ。
そんな隠れ家とも呼べる場所にある秘密の場所へ、俺はやってきた。
「……久々な気がするな。懐かしいな」
と言っても、俺がここで過ごしたのは別に長くない。そもそもこの学園にやってきてまだ一か月だ。
俺は入学初日に道に迷ってここにたどり着いたのだ。
その時からすでに、この秘密基地は身体を鍛えるための道具が揃っていた。
おそらくは代々の使用者達がトレーニングしていた秘密の特訓場なのだろう。 木々の密集具合や雑草の長さから察するに、人目を避けて訓練するには持って来いだったに違いない。
そうして俺は偶然この場所を見つけ出したわけだ。
以来、筋トレや魔法の訓練をする時は決まってここを利用するようになったのである。
「……ん?」
そして今日もまた、この森で魔法を練習するつもりだったのだが……。
「……先客がいたのか?」
いつもであれば誰もいないはずのそこに一人の人物が寝転がっていた。
こんな所に人がいると思っていなかった俺は、かなり動揺して身構えた。
「誰ですか?」
しかし、その質問に対して、その人物は答えなかった。
無視か、それとも寝ているのか?
「何だ?」
気になったのでそっと近づいて見てみると、それは小さな女の子だった。
10歳くらいだろうか? 小さな女の子だ。学園の制服を着ていることから学園生徒だとは思うが……それにしては幼いな。飛び級……という奴だろうか。
そして、特徴的なのは……頭についている獣の耳と、尻尾だった。
銀色の毛並みをした狼のような尻尾と耳がピクリと動いている。
(獣人族……?)
噂には聞いたことがあったけど実物を見るのは初めてだ。
でも何でこんなところにいるんだ? しかもこの子……何か苦しそうに唸っているぞ?
「ううっ……」
……ふむ。
さて、重ねて言おう。俺は女と言う生き物が大嫌いだ。侮蔑し軽蔑し嫌悪し憎悪していると言ってもいい。
だが、例外はある。
俺の母。そしてユーリやアイネのような女は例外だ。
だがそれはあくまでも付き合いがあり、人格的にそこらのクズ女とは違うと認識したが故の例外である。
しかし、例外のパターンがもうひとつ存在する。
子供だ。
いや、別に
子供というものは純真で純粋だ、よくも悪くも。悪い方に純真の場合、とても手の付けられない悪ガキも多い。
しかしそれでも、大人の女貴族社会の洗礼、教育を受けて歪みまくった増上慢の豚ではない、少なくとも子供のうちはまだ。
……いや例外もいるけどな。ガキの頃から俺を犯し弄び続けていた
しかし父上も言っていたのだ。男とは女子供、弱い者たちを守るものだと。それがノブレスオブリージュだと。
故に。
この少女が怪我や病で倒れているというのなら助けねばなるまい。
「大丈夫ですか?」
俺は彼女に声をかける。意識確認だ。
すると……
ぐうううううううううううううううう。
帰ってきたのは、口頭による返事では無かった。
地響きにも似た、腹の音だった。
……なるほど。つまり空腹で倒れているという事か。
意識は無いようだが……。
俺はカバンに入れていた弁当の包みを取り出す。
ありあわせの食材で作った、アマツの料理「オニギリ」という奴だ。米という麦に似た穀物を炊いて、三角形に固めた携帯食料である。
まあ早い話がサンドイッチのご飯版だな。
「お腹が空いているならこれを……」
しかし、俺の言葉は最後まで紡がれることは――なかった。
一瞬だった。
そう、一瞬で彼女は――オニギリを持っている俺の手ごと、かじりついたのだ。
……痛い!
だがしかしまて、貴族紳士はうろたえない!
動物と同じだ。噛みついて来た小動物に対しては振り払うよりも耐えて、自分は敵じゃないと知らせるのが良いのだ。
だから俺は耐える。痛みに耐える。あ、いや痛いだけではないなこれは。くすぐったい。なんてことだ、咀嚼されている。
この女、俺の手ごとオニギリを喰っている!?
今はまだ口の中で嘗め回されている程度だが、このままでは……指をかみ千切られる危険性もある。
落ち着け。ゆっくりだ。ゆっくりと俺はこの少女の口から、手を引き抜く……よし、成功した!
「……ふう」
これで俺は隻腕になる運命を回避したわけだ。流石に俺の回復魔法程度じゃ欠損を治す事は出来ないからな。
「う……」
俺の手ごとオニギリを喰った少女が口を開いた。
「お……」
「お?」
「おかわり……」
……。
この御嬢様はお代わりを所望しているらしい。
それから。
けっきょくこの子は、俺の持っていたオニギリを全て喰らい尽くした。
本当ならなんだこのクソ女俺の食事を奪いやがって許せん俺が成り上がった時に復讐するリストに書き込んでやる、となる所だが、あの見事な食いっぷりを見ると不思議とそんな怒りは湧いてこなかった。
子供のする事だしな。
「――ごちそうさまでした、です!」
結局オニギリを全て食べつくした少女は満足げな笑顔を浮かべて手を合わせた。
先程まで真っ青な顔で倒れていたはずなのに、今や元気いっぱいという感じだ。
「おそまつさまでした」
俺もそう返す。
その言葉に対し、
「ありがとうございました! とても美味しかったです!」
この子はなんと、俺に対してお礼を言った。
なんということだ。
女が男にお礼の言葉を!?
この世界は御存じの通り絶対的女尊男卑だ。男は女に隷属し奉仕するのが当然であり、女はそこに感謝などしない。
例え礼を述べる事があっても、それは圧倒的上から目線の、「労ってやる、喜べ」といったものだ。
例外はユーリのような千年前の価値観を持った女や、アイネのような性へk……性格の女くらいだろう。
しかしこの少女は、実に自然な動作で俺に礼を述べた。
「お……おう」
俺はあっけに取られてしまって気の利いた言葉すら出てこなかった。
しかし、彼女はそんな俺を気にするでもなく話を続ける。
「ところで……お兄さんはどうしてこんな所にいるんですか? えっと……」
「フィーグだよ。フィーグ・ラン・スロート」
俺は名乗る。そして少女もそれを聞いて慌てて名乗り返してきた。
「えっと、フェンリ。フェンリは、フェンリ・ルーガ……っ! じゃない、フェンリ・ルルーディア、です」
「……?」
途中で彼女はちょっと顔をしかめた。何なのだろう。
しかしフェンリ・ルルーディア……どこかで聞いたことあるような。
まあいいか。
「フェンリか。俺はまあ、ここで秘密の特訓ってところかな」
――後に俺は。
ここで素直にそう答えた事を、ちょっとだけ後悔することになる。
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