第10話 赤髪の少女
俺は生徒会にアポを取る事にした。
まあ、なんと言って説得するかが大変なのだが、そこはじっくりと考えよう。
まずは約束を取り付けることが大事だ。
しかし……。
「男風情が生徒会棟に足を踏み入れようとうするとは何事かしら?」
「身の程を知りなさい」
そう言って風紀委員の御令嬢たちに阻まれた。
「え? いや、あの……俺は生徒会に申請しなければならないことがありまして……」
俺はそういうが、風紀委員たちは、
「それは大変。案内して差し上げて」
なんて言いながら2人がかりで俺を取り押さえる。
くそ、どうするつもりだこいつら。
「ふふふ、可愛い顔しているじゃない」
「肉付きもいいですわね」
そう言って俺を見る風紀委員たち。劣情を隠そうともしていない。風紀委員という文字を辞書でひけよこいつら。
「な……何をする気ですかっ」
俺はあえて顔を赤らめて答える。
不快だが、この流れに任せて行けば中に入る事は出来るだろう。こいつらに犯されるのはごめんだが、目的のためにはやむをえまい。
そう思った時――
「何をしている」
凛とした声が響いた。
「っ、風紀委員長!」
その言葉で風紀委員たちは俺を離す。そして現れた女子生徒は、長い金髪を風に流し……。
「男風情が生徒会棟に土足で踏み入ろとうするとは、何事だ」
俺に向かってそう言ってきたのだった。
「……」
強烈なプレッシャーを感じる。
この女……冗談みたいに強い。
風紀委員長だと言われていた。ということは、この女が……。
「アリフィリア・ルル・ドンジャスティス伯爵令嬢……」
七大罪の一人、【怠惰】アセディアの称号を持つ……その銘、正義令嬢アリフィリア。
クルスファート王国の断罪の正義。
「ほう」
アリフィリアは、そんな俺の言葉を愉快そうに受け止める。
「私を知っているか」
「……ご尊顔を拝謁するのは初めてでしたが、御名は常々耳にしております。七大罪に名を連ねる、王国の正義を体現する者、と」
俺は頭を下げる。
「お会いできて光栄にございます、御嬢様。私はフィーグ・ラン・スロート女爵子息でございます」
俺はそう言って顔を上げる。
「ふむ……」
アリフィリアは面白そうに俺を見る。そして、次の瞬間、俺は地面に叩きつけられた。
――重い!
なんだこれは。重力? それともプレッシャーに潰されているのか……
なお風紀委員二人も同じく潰れていた。地面に顔面までめり込んでいる。ぺちゃんこだ。
何やってんだあいつら。
「頭を上げて良いと誰が言った」
そう傲慢に言い放つアリフィリア。
「……っ、申し訳……、ありま……せん……っ」
俺は絞り出すように声を出す。アリフィリアそんな俺を面白そうに見ていた。
「ほう、喋れるか。男にしては見上げたものだ」
次の瞬間、重圧は霧散する。
「か……っ、は!」
俺は息を吐く。
なお風紀委員二人は地面にめり込んだまま動かない。生きてるのかあれ。
「少年。名は」
さっき名乗ったばかりだが。頭悪いのかこいつ。ああ【怠惰】だったな、覚えるのもめんどくさいって頭働かせてない奴か。
「フィーグ・ラン・スロート女爵子息と……申します」
「……そうか。あのスロート女爵家か」
「……ご存じなのですか?」
「知らん」
……そうですか。ならなんでそんな言い方するんだよこいつ。馬鹿じゃねーの。
まあそんな内心はおくびにも出さないけど。
「覚えておこう、フィール・ヴァン・スロート」
間違えてるぞ。覚えられてねえじゃねえかこのアホフィリア。
「それで、貴様は何故ここに来た」
アリフィリアは俺に問う。ここが好機だ。俺はアリフィリアに答える。
「……私は先日、とある女性に助けられまして」
「ほう」
「しかし、その御令嬢は……身元が分からないようなのです」
「ほう?」
アリフィリアは面白そうに俺を見る。
「記憶を失っているようでして……言っていることもよくわからず。何かの事故で記憶を失ったか、あるいは……異国より流れ着いて来たか。
されど私を助けていただいた恩人であり、その力……悪役令嬢の方を決闘にて打ち倒すほどの力は国益になるかと思い、生徒会の皆様に…ぜひとも審査をお願いに参った所存です」
「……ふむ」
アリフィリアはしばし考える。
「興味深い話ではあるな。だが生徒会は忙しい」
「……存じております」
「三日だ」
「……え?」
「三日待て。審問の場を用意してやろう」
アリフィリアは俺にそう言った。
「……っ、ありがとうございます……っ」
去っていくアリフィリアに、俺は深々と礼をする。
(……よし)
上手くいった。第一段階クリアといった所か。俺は笑う。
一時はどうなるかと思ったが、勝利へのロードマップが一つ埋まったということだ。
しかし……。
俺は地面に埋まったままピクリとも動かない風紀委員二人を見る。
あれ、どうするんだろうな。
……一応、助けておくか。女がどうなろうとどうでもいいが、恩は売っておくに限るからな。
そう思い、俺は二人を掘り起こすことにした。
◇
二人を保健室に運んでおいた。
気付いた彼女たちは、男に助けられるなんて屈辱……などと言っていたが、まあ知った事ではない。俺はこれからが忙しいのだ。アリフィリアとの審問会をどう乗り切るか、その作戦を考えなければ。
俺は二人に丁寧に挨拶をし、保健室を去った。
「さて……ユーリに話を合わせるように言わないとな。あと、衣服をどうするかだが……」
女性にプレゼントするんです、と言って買うのが妥当か。
そう思い歩いていると、ふと何やらもめごとのような声が聞こえた。
……また、男子が女に酷い事されているのだろうか。
(……今は忙しくて、関わりたくないんだがな)
それでも助けないわけにはいかない。男が傷つけられているのを見過ごしては男がすたる。
俺は声のした方向に向かう。そして、そこで見たのは……。
(あれは……)
女生徒三人が、一人の少女を囲んでいた。
「ちょっと、もっと隅っこ歩きなさいな」
「穢れが感染りますわ」
「うわ、死臭がすごいですわ、おぞましい」
口々にそう言って彼女をいじめている。
血のように赤い髪を三つ編みにした、眼鏡の少女だ。
……しかし、女同士でも虐めはあるのか。本当にクソみたいな生き物だな。
俺はそう思い、そして呆れてため息を吐く。
(……ん?)
彼女を見た時、ふと違和感を感じる。違和感というより既視感か。
(あれ、あの顔どこかで見たような……)
ああ、まあいいか。気のせいだろう。女の顔などいちいち覚えていられるか。
男が女にいじめられているならともかく、女どうしの諍いなど関わって一部の利も無い。
俺は踵を返し、立ち去る。
「すみません御嬢様方、少しよろしいでしょうか」
……立ち去るつもりが、声をかけていた。
(何をやっているんだ俺は!?)
俺は自らに動揺する。しかし、声をかけてしまってはもう遅い。
「何よあんた」
「誰ですの?」
「部外者が口を挟まないでくださいませ」
三人の女は俺に敵意を向けてくる。しかし俺はめげない。彼女らに笑顔を向ける。
「いえ、御嬢様方。先生がそちらの方を呼んでおりまして……」
とりあえず、適当なことを言っておく。
「先生が……ですの?」
「はい。理由は聞きませんでしたが……火急の用事のようでして」
「……そう」
「ならいいですわ」
「貴方も貧乏くじですわね
そう言って彼女らは去っていく。
(よし……)
俺は心の中で安堵のため息をつく。いや、しかし本当に何をやっているんだ俺は。
彼女たちは素直に去って行ったからよかったが、下手したらあの鎌鼬令嬢の時のようになっていたかもしれないというのに。
……まあいい。
「大丈夫ですか、
俺は助けた彼女に満面の笑顔を向ける。
せっかく助けたのだ、好印象を植え付けて恩を売っておけば後々利用できるだろう。
優しく微笑み手を差し伸べる俺に対し、彼女は、
「男性の方が私に触れないでください、穢れます」
……なんてことを言ってきた。
これだから女って生き物は!! ふざけるなよ温厚な俺でも切れるぞ。この女は俺が成りあがったら真っ先に潰す復讐リストに明記してやる。
そんなふうに笑顔で固まった俺に何かを察したのか、この女は続けた。
「あっ、ち……違うんです。私の穢れで、貴方が……です」
「……ん?」
穢れ? 何の話だ。俺は首を傾げる。
「私は……穢れています。綺麗なものを……その、穢したくない……んです」
そう言って立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
「……二度と関わらないでください。ありがとう……ございました」
そして、そのまま逃げるように去って行った。
……何なんだ、あの女は。俺は呆然とその背を見送った。そして、ふと見ると、足元に生徒手帳が落ちていた。
「……アイネ・ルゼ・ユングラウ……」
そう記されている。
家の爵位は……士爵。最下級貴族だった。
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