第9話 これからの戦略
「ん……」
俺は目を覚ました。
クルスファート王立魔法学園の学生寮の俺の部屋だ。
寮は個人部屋である。
理由は、女が男の部屋に夜這いしやすいようにという、くそったれな理由だ。男子寮には鍵もついていない。
「ん……」
俺の隣で声がする。
俺はその声の主を見る。
……俺のベッドで寝ている一人の少女。全裸にシーツを纏っているだけの姿だ。
しかし俺は何もされていない。
千年前の貞操観念は今と真逆というのは本当らしい。いやそれならそれで、異性のベッドに入るのはどうなのだ、と思うが……まあベッドは一つしかないからな。
「……」
しかし。
何度も言うが俺はあの日以来女性を美しいと思ったことも無ければ女性に欲情した事も無い。
だというのに、眼前のこの少女……ユーリ・アーシア・ストーリアを見ていると、こう……顔が熱くなり、胸が苦しくなり、股間も熱くなってしまう。おかしい。
俺は……本当におかしくなったようだ。
(そうか……これは恐怖、だな)
生命の危機を感じると、子孫を残そうと勃起するという話を聞いた事がある。
先日も悪役令嬢に殺されかけ、そして悪役令嬢どうしの戦いを目の前で見て、それどころか俺自身も戦った。
恐怖が蘇らない方が……おかしいのだ。
俺は生きているという喜びを嚙みしめながら、
この魔法は勃てるだけではなく鎮める事も出来る。そうでなければ一度使えばずっと勃起し続けるからな。
……ふう。
しかし、股間の勃起そのものは収まっても、胸の内のこのないというか、もやもやしたものは晴れない。
さて、どうしたものか。
「ん……あ、おはよう、フィーグ君」
そんな俺の懊悩を知ってか知らずか、ユーリが目を覚まし、身体を上げる。
「……あっ!」
シーツが落ちて、胸があらわになり、慌てて顔を赤くしながらそれを隠すユーリ。
正直やめてほしい。いや隠すなと言う意味ではない。その恥ずかしがる姿がどうにも俺の感情を刺激するのだ。
羞恥に顔を赤らめる女。なるほどこの女性上位女尊男卑な世界では中々見ないものであり、それはどうやら俺の性癖にスマッシュヒットするようだ。初めて知った。
「も~、見ないでよ」
「それは失礼。そのような反応をする女性は珍しく、ついつい見入ってしまいました」
「……なんかフィーグ君のその口調、よそよそしいよね」
ユーリは頬を膨らませる。だからやめろその反応。いちいちかわいいんだよ、必死に耐えているけどまた勃つじゃねえか。
「……と言ってもな。千年前の悪役令嬢と話すなど、どう対応していいやら」
「普通でいいよ普通で」
「普通に女性と話す時は、とにかく女性を立てろ、敬意を持て、服従し隷属しろと教わっていますが、そのようになさった方がよろしいでしょうか、御嬢様」
俺は慇懃に頭を下げた。ユーリはうげ、と露骨に嫌そうな顔をする。
「……うわ、やめてよ。うーん、男友達を相手にするような? フランクな普通の感じでいいからさ」
「わかったよ。じゃあ、そうさせてもらう」
俺は普通の口調に変える。
「……しかし女に隷属しろって。薄々知ってたけど、本当に今の時代って価値観ねじ曲がってるんだね……」
シーツを体にドレスのように巻きつけながらユーリは言う。
「本とかで昔の話は聞いた事あるけど、そんなに変わっているのか」
「うん、もう貞操逆転世界、って感じだよ」
「貞操逆転か、そりゃいい」
俺は自嘲気味に笑う。
「石になってた間も、ちょっとだけ時々、地上の人たちの声っていうか思念? 届いてたんだけどね。女の子がもう滅茶苦茶威張ってるし、なんというかさあ……、その、性欲滅茶苦茶オープンになってるというか……うん」
なるほど。
確かに俺から見てもこの世界は度し難いものだからな。
「さて……そんな世界を俺はぶち壊したいわけだが」
俺はユーリに向かって言う。
「うん。ボクもぶっ壊したほうがいいと思う」
意見は一致した。
「そもそも、ボクが千年前に……あの人を倒せなかったのが悪いんだ」
「あの人?」
ユーリは頷く。
「うん。ラインハルド家に嫁いだボクの姉――、エリアーデ姉様」
「エリアーデ……クルスファート王国建国の初代女王か」
「そう、それがボクが倒せなかった人……」
ユーリは拳を握る。そこにどんな感情が渦巻いているのか、俺にはわからない。
復讐心か、それとも使命感か。かつて何があったのか……。
「初代女王が今のこの国を作ったのは俺も習った。女性優遇の政策、それが今の時代を作っていったってな。迷惑この上ないよ、男にとっては」
クソみたいな世界だからな。
「女として生まれるだけで貴族。男は魔力を持たない限り平民か奴隷……」
「本当にひっどいよねそれ。なんだよそれ。女性優遇ここに極まれりじゃん……」
ユーリが呆れたように言う。
「ああ。だが今は、それを逆手にとれる」
「? どういうこと?」
「あのな、千年前の人間がいきなり復活しましたこんにちは、と言って世間が受け入れるはずがないだろう」
「あ、うん……それはそうだけど」
「俺の目的は成り上がってそしてこの国を壊す。そのためには、家柄のいい女と結婚する必要がある。だが、お前は……」
「あー。ボクのいたストーリア家、残ってるかどうかもわかんないし、残ってたとしても受け入れてもらえるわけがない……住所不定無職かぁ、ボク」
その通りなのだ。
ユーリは今の時代にこの国では存在しない、戸籍も何もない不審者でしかない。
俺の目的に合致しない。
ただひとつ、「強い悪役令嬢である」という点を除いて。
ちなみにストーリア家は公爵家として存続している。
初代女王の生家だからな。
だがそこに行ったって無駄だろう。千年前の御令嬢です、と言って信じてもらえるとは思えない。
「だが、言っただろう。女であれば貴族。この国に生まれた女性は全て貴族なんだよ。
逆に言えば国民でなければそうではないということにもなるが……」
「どういうこと?」
「女であるだけで貴族として優雅な生活が保障される。それを目当てに外国からも女がたくさん来る」
「あー……そうだろね」
「海外からの観光客は「外国の貴族」のように国賓扱いされる。だけど、ちやほやされるだけだな。旅行中の滞在費用は自分たちで用意しないといけない。
そして難民、逃亡者は……「女に在らず」だ」
「女に在らず……?」
「ああ、女じゃない。そんなものは受け入れられない。見つかったら国外退去か、女を騙った男として処罰だ」
「……ちょっと待って。じゃあボクやばいじゃん!」
ユーリは戸籍も何もない。いきなり現れた謎の女だ。
難民や逃亡者、あるいは潜入スパイといった立ち位置だろう。
「だけど、どうやら女王陛下は寛大であらせられるようでな。
移住も認められているんだ。条件を満たせば、外国からの女性も国民として認められ、永住出来る。
その条件とは……」
「条件とは?」
俺は笑って言う。
「力、だよ。力を見せる事。悪役令嬢を決闘で打倒する事、それが出来ればクルスファート王国の貴族として爵位が与えられる」
本当に歪んでいる制度だが、それを利用する。
「ユーリ、お前が悪役令嬢に決闘で勝てばいい。そしてこの国の貴族となり、悪役令嬢を倒し続ければ、爵位も上がる。
そうすればその魂約者である俺も地位は上がるというわけだ」
これがユーリの存在を計算に入れた、俺の勝利へのロードマップだ。
……他人任せに過ぎる気もしないでもないが、しかし元々魂約者を篭絡し支配して操る予定だったからな。だがしかし、この国を壊すという目的が合致したユーリと出会えたことは大きい。
「……なるほどね。そうやって地盤を固めるわけだ、うん。わかったよ」
「理解が早くて助かる。さすがは悪役令嬢だな」
俺はユーリに笑いかける。
「ふふん、ボクは元祖にして本家の悪役令嬢だからね」
ユーリも笑いながら言う。
「ああ、頼りになる」
そして俺とユーリは握手を交わすのだった。
さて、そうと決まれば話は早い。
ユーリの立場を固めるためにも、学園の生徒会にアポを取らないといけないな。
だが、まず何よりも最初に……。
「服、用意しないとな」
女物の服なんて、ここには無いのだ。
どうしよう。
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