第11話 次の標的

 士爵……それは準女爵より下の、最下位の貴族だ。

 騎士爵ともいい、千年前は一代限りの、領地も無く世襲でもない一代限りの称号貴族だったという。

 しかし、女性であるなら全て貴族であるこの時代では、士爵の爵位を持つものは、試練を潜り抜け爵位を得た海外からの移住者か、あるいは――

 本家から勘当された者や、問題を起こした者。何らかの事情を抱えているということだ。

 故に士爵にはもうひとつの別名がある。


 賎爵――最も見下された貴族。



(さて、どうするか)


 ユングラウ士爵家。スロート女爵家より格下の最下級貴族。

 本来なら嫁探しの候補にもならない家柄だ。

 いくら俺が男であり、男である以上実質的には彼女よりはるかに下の存在だとしても、それでも俺の目的が成り上がる事である以上、論外の相手だ。

 ――だが。


(あの態度を思い出せ)


 卑屈な態度。怯えた姿。自己嫌悪の表情。

 そうだ、男である俺が上に立てそうな、実に素晴らしい、都合の好さそうな女じゃないか。

 野望のための尖兵にちょうどいい。


「なんか悪い顔してるよ、フィーグ君」


 俺が自室で考え事をしていると、横からユーリがそう言ってきた。


「顔に出ていたか、悪い」

「なに、悪だくみ?」

「人聞きの悪い。ただの良いだくみさ」


 俺は笑いながら言う。


「で? これがフィーグ君の犠牲者予定?」


 そう言いながらユーリは書類の束を手に取る。


「犠牲者も何もない。ただ気になって調べただけだ」


 調べたと言っても、簡単なデータだが。男子生徒の間では、女生徒のデータは共有されている。

 危険な女子から身を守るための防衛策として、が本来の用途だが……それを俺は逆の用途で利用させてもらっている。


「気になった……つまりボクというものがありながら浮気?」

「俺たちはただの偽装婚約だろうに」

「ふーん」


 そう言いながらユーリはその紙に目を通す。


「ふんふん。ユングラウ士爵家……処刑貴族かぁ」

「知ってるのか?」

「ボクのいた時代にもいたよ。ボクが知ってるのはライヒハート男爵家、だったけど……」

「……?」


 俺はその名前に意識を取られる。ライヒハート、ではない。

 その爵位……


「男爵……?」

「あ、この時代、というか今の価値観だと無いんだね。男爵、バロン。

 今じゃ女爵になってるんだっけ」

「……昔はそういう名前だったのか」


 男爵、か。いい響きじゃないか。


「いずれ、それを名乗るのもいいかもしれないな」

「スロート男爵。バロン・フィーグ。いいじゃない、ボクもその響き好きだな。……っと」


 ユーリは書類をめくる。


「でもこの子、なんで処刑貴族の家なのに、いじめられているんだろう」

「ああ、本人の性質らしい。どうにも男みたいに気弱で、強く出れれない性格……俺達男にとっては安全なタイプだな」


 そう言った性格の女子は男からも人気はある。それはそうだ、誰だっていつ自分を犯して殺すかわからないような相手より、安全な女を好むものだ。

 だが……。


「本人も言ってた、穢れ……というやつだろう。処刑貴族の家の者は穢れている。

 だから結婚相手として避けるべきだ、と」

「ふーん。穢れねぇ」


 そう言いながらユーリはその書類に目を通し続ける。


「ボクそういうの嫌いだな。仕事にも生まれにも貴賎はないはずだよ」

「ああ、俺もそう思う。……残念だよ、ユーリに出逢う前なら、この女は俺の婚約者として都合がよかっただろうに」


 そう言って俺はユーリの手から書類を取りあげ、そしてゴミ箱に投げ入れた。

 ああ、本当に――残念だ。




 翌日、俺は廊下である人物と出会った。


「あっ……」


 彼は……確か、悪役令嬢カーマ・ウィ・タッチシザーに辱められていた少年だ。

 名は確か……。


「えっと、ルファール・ロ・フリス君……でよかったっけ」

「あ……はい。えっと、僕の名前……」

「同じ男子生徒という仲間だからね。誰でも全員、という事はいかなくても、縁のあった男子生徒の名前くらい覚えているものさ」


 俺は笑う。何の事は無い、あの後調べただけだが。


「……すごいんですね。えっと……」

「フィーグ。フィーグ・ラン・スロートだ。あの後、報復などはなかったか?」

「あ、いえ。特にありませんでした。フィーグ様のおかけです」


 ルファールは頭を下げる。


「礼はいいし、様づけもいらない。同じ男子生徒だろう?」


 俺は笑う。男が虐げられるこの世界、せめて男同士はしっかりと力を合わせて団結していきたい。そのためにも平等であるべきだろう。

 ……ていうか、彼の家は子爵家なのでぶっちゃけ様をつけるなら俺が彼をルファール様と呼ぶべきなのだが。しかしこの状況で彼に様づけしたら恐縮されてしまうだけだろう。


「で、でも……やっぱりそうはいかずに……」

「ま、そうだろうな。だから呼び捨てでいい。俺も君づけだし」

「……わかりました。フィーグさん、その節はありがとうございました」


 そう言って彼は俺に改めて頭を下げるのだった。




「そんなことがあったのかよ、フィーグ」


 友人のロナンが言って来る。


「ああ、色々と急転直下だ」

「非公認悪役令嬢の魂約者ねえ……本当に大変だな……」


 ロナンは同情の目で俺を見る。それはそうだろう。悪役令嬢の魂約者というものは男にとって処刑宣告に等しい。

 魔力を吸われ尽くして廃人になるか死ぬか、そうでなくても犯されまくるという境遇だ。そこを乗り越えさえすればやがて夫の座に収まり甘い汁を吸えるが、リスクとデメリットは相当なものである。

 だが。


「男に都合のいい物件が見つかったからな」


 男に、というか俺に、だが。

 この狂った世界をぶち壊すという誇大な妄想を抱いている俺にとって、ユーリは実に魅力的な存在だ。協力者、いや共犯者としてこれ以上うってつけの女はいないだろう。


「都合のいい女なんて、小説の中にしかいねぇだろ」


 ロナンは冷めた目でそう言う。まあその通りではあるが、しかし野望のためにはそんなわずかな可能性に賭けねばならないのだ。

 そして俺は賭けに勝った。いや、まだ野望のスタートラインにやっと立てただけでしかないけどな。


 ……都合のいい女、か。


「ところでさ、ロナン。アイネ・ルゼ・ユングラウ嬢って知っているか?」


 俺はロナンに質問する。ロナンは微妙な顔をしつつ、手元のメモ調を開いた。


「……アイネ・ルゼ・ユングラウ士爵令嬢。一年F組所属。十五歳。処刑貴族ライヒハート女爵家の分家、ユングラウ士爵家の一人娘。成績は優秀だが、その出自からクラスでは孤立し、いじめにもあっている。性格は内気で控えめ、悪く言えばウジウジとしている、女らしくない性格……。

 うーん、処刑貴族って所がやはりマイナスなんだろうな、男からも人気は無いな」


 処刑貴族。ユーリも言っていたが、確かに縁起のいいものではない。男にとっては遠慮したい家柄という所だろう。


「そして、王太子ジュリアス殿下の魂約者の一人だ。順位は……下から数えた方が早いな、72位だ」

「ほう」


 つまり、悪役令嬢か。


「なるほど……ありがとう。さすがは情報屋だな」

「まあ、女の情報は生きていくために大事だからな、やべー女に捕まらないようにしないと」


 ロナンが深いため息をつく。男というものは大変なのだ。

 まあ、とにかく一通りの情報は入った。虐められているなら付け入る隙はいくらでもあるだろう。低位ならばジュリアスともほぼ関りもない、形だけの白い婚約だろうしな。

 奪ってやるのも面白い。

 この世界を壊すための手駒は、いくらいてもいいのだからな。


 まずはこの学生証を返すという大義名分のもとに、コンタクトをとってみるか。


「……お前、悪い顔してるぞ」


 ロナンが言った。失敬な、善意だよ。


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