第4話 盆栽、それは

 こんな世界に生れ落ちてしまったからにはそうなるのも仕方ないと思うが、俺は女が嫌いだ。


 別にマザコンというわけではないが、母上以外を美しいとも好きだとも思ったことは一度も無い。

 そんな俺の目的が、学園での嫁探しというのは、全く持って皮肉というか、なんというか。


 もし両親がああなっていなければ、俺は生涯独身を貫いていただろう。いや、存命だったならあの優しくて立派な両親の事だ、何処からかちゃんとした(この世界の基準からしたら歪な)女性を探し出して娶せてくれたのもしれないが……しかしそんな未来はもう来ない。

 この世界に蔓延る『女』という生物は、もはや俺を不快にさせる存在でしかないのだ。


 しかしそれでも、今の俺の状況を覆し、ひいてはこの国を破壊するためには……地位の高い女を堕とす必要があるのだ。すごく嫌だが。


「狙うは……伯爵家以上、だろうか」


 爵位が高いほど、性格がクソになる率が高いが……まあ、全ての女がクソであるという前提で考えるなら誤差の範囲内か。

 そして、俺が欲しいのは悪役令嬢の魂約者の地位だ。ただの令嬢では意味が無い。


「さて、そうなると……」


 方法は三つ。


 悪役令嬢になれる資格……≪魂約指輪≫を所持するものの未だ魂約者のいない令嬢を堕として魂約者の地位を頂くか、

 魂約指輪を自分自身で手に入れ、適当な令嬢を口説き堕とし、悪役令嬢に仕立て上げるか、

 すでに魂約者のいる悪役令嬢に近づき、その魂約者から悪役令嬢を寝取り、魂約者になるか……だ。


「とはいえ……」


 一番目は、果たして都合よくそういう悪役令嬢がいるかどうか。

 二番目……簡単なようだが難しい。魂約指輪は国の至宝と言われているアーティファクトだ。金とコネがないと入手は難しい。ダンジョンで探す? 回復魔法やちんちん魔法ぐらいしか使えない俺には無理だろうな。


 三番目……これが一番可能性はある。

 あるが……。


「流石に、NTRは趣味じゃない」


 女を食い物にするのはいい。女が泣くのは構わない。

 だがそこに、悲しむ男がいるのなら話は別だ。

 いや、もしかしたら解放されて喜ぶかもしれないのか。俺だって目的が無ければ悪役令嬢と関わりたくなんてないしな。


「あるいは……」


 俺は思い出す。

 あの鎌鼬令嬢とガンマン令嬢の決闘の後に現れた悪役令嬢の事を。


「七大罪令嬢……」


 大物である。


【傲慢】のスペルビア、

 絶対令嬢エリーゼ・ウェイン・ルルドリッジ公爵令嬢。


【怠惰】のアセディア、

 正義令嬢アリフィリア・ルル・ドンジャスティス伯爵令嬢。


【色欲】のルクスリア、

 天剣令嬢ツルギ・ムラサメ子爵令嬢。


【強欲】のアワリティア、

 魔導令嬢アウレア・フォン・ホーエンハイツ侯爵令嬢。


【嫉妬】のインヴィディア、

 機工令嬢ヴィクトリア・フランクリンシュタイン侯爵令嬢。


【憤怒】のイラ、

 甲冑令嬢セセリス・ヴィム・アイアンゲイル伯爵令嬢。


【暴食】のグラ、

 氷狼令嬢フェンリ・ルルーディア侯爵令嬢。


 学園に君臨する最強の七人の悪役令嬢。彼女らを堕とすことが出来れば、あるいは。

 それに……そう、あのジュリアスの魂約者なら……心は痛まない。痛まないのだ。

 いや、むしろ……。


「王太子殿下の魂約者、100人。まずはその中から狙うべきか」


 女にとって、悪役令嬢にとって男は消耗品であり替えが効く。故に複数の魂約者をストックとしてキープしている悪役令嬢も多いらしい。

 つまり滑り込む事は容易と言うことだ。


「まずはそこから、か……」


 そういえば、つい先日、ガンマン令嬢が決闘に負け魂約破棄されていたか。

 あの時、確か――ドレスは破壊されていたが、魂約指輪まで破壊されていなかったな。

 なら、まずは彼女を落とすか?

 フラれた女は落としやすい――これはいつの時代、どこの世界でも共通する事実だ。

 決闘に負け、王太子の魂約者の地位を失った令嬢――なるほど、御しやすいかもしれない。

 しかし……。


「たしか、子爵令嬢だったか」


 子爵とは女爵の一つ上。確かに俺よりは家柄は高いが――しかし貴族全体で見るなら下級貴族だ。

 これが伯爵ゆ侯爵ならともかく、魂約破棄された子爵令嬢など、落としたところで旨味など無い。


「……」


 そこまで思考を巡らせ、俺は頭を振る。


「……くだらない。さっきから言い訳ばかりじゃないか」


 嫁探しを、魂約をしない方向にどうしても考えを持って行こうとしている自分自身がいる。

 そんなに結婚したくないか。ああ、したくないんだろうな。しなければいけない、のだが。

「……こういう時は」


 そして俺は、いつもの場所に向かった。




「――ああ、落ち着く」


 俺がいる場所は、中庭の一角。園芸部の有する温室だ。


「ああ、落ち着く」


 花は男の嗜みだ。

 だが俺は違う。

 俺も花は嫌いではない。だが今、俺の心を癒しているのは――


 盆栽だ。


「ああ、盆栽をいじっている時だけが心が安まる……」


 盆栽。


 父が生前、遠い東の異国から仕入れてきたというものだ。

 小さな鉢植えに、木を植える。

 ただそれだけ――と思ってはいけない。

 そもそも、盆栽に使われる樹木である松などは大きい木だ。

 それを小さな鉢植えに植えて、小さいままに樹木として育てるのだ。

 ただ植えればいいというわけじゃない。それではただの若木の鉢植えでしかない。


 そう、自然をいかに小さい世界で再現するかというものなのだ。

 盆栽は、華美な花などまず咲かない。

 ただ。樹木が必然とそこにあるのだ。


 この虚飾に満ちたギラついた世界の中で、ただそこにある静かな緑。

 このささやかでそして深い佇まいに――俺の心は満たされ。癒されるのだ。

 東の国の言葉で、『詫び寂び』というらしい。いい言葉じゃないか!


 ちなみにこの趣味を理解してくれた女性は我が母だけだった。

 まったく、見る目がない女ばかりだ。

 所詮女にはわからんか……この小さな木に刻まれた日々の歴史。たとえばこっちの鉢など、五年かかった。だがこの世界においてはたった五年だ。

 名物と呼ばれるものは数百年かけたものすらあるという。そういったものは東の国にしかないだろうが、いつかこの目で見てみたいものだ。


 ちなみに魔法を使って作る盆栽もあるが、それは邪道だ。確かに魔法を使えば簡単に思う様に成長させられるかもしれない。しかしそれは、小さな自然の世界を作り上げるという思想に反するのだ。


 しかし、邪道とてまた道である、というのもまた事実。

 実は俺も、魔法により盆栽を作っている。

 しかしそれはあくまでも俺の目的のためだ。


 魔力を鍛え上げる。そのためには魔法を使う必要がある。

 趣味の園芸のために魔法使っているんです、木々や花を育てるためなんです――そういう、実に雄々しい口実を用意すれば、男とて魔法を学び行使して不思議は無いのだ。


「しかし、やはりつまらなくもあるんだよな」


 魔法を使えば思い通りの形に作ることは容易い。

 そう――だからつまらないのだ。

 盆栽は、園芸というものは、自然との共生にして、自然との闘いだ。

 手間暇をかけ苦心して、失敗しながら少しずつ理想に近づけていく。予想もしなかった形に仕上がり、上手く行かない、しかしその上手く行かない中に美を見いだす。

 全てを自在に、など傲慢でしかないのだ。

 それでは真の美にはほど遠いと俺は考える。


「ああ――確かに理解されない趣味だろうさ、だがいいんだ。

 別に俺は世界への反逆や逆張りで盆栽をやっているわけじゃない、ただこの静かな躍動に心惹かれて――」


 俺がうっとりと呟いていると、そんな時だった。


「もっ、申し訳ありません!」


 外の方から、叫び声が聞こえた。

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