第3話 学園生活

 俺がクルスファート王立魔法学園に入学して、一か月が過ぎた。


 俺の嫁探しは一向に進んでいない。

 理由は……想像以上に、学園の女子が酷かったからだ。

 ただ犯して弄んでくるだけの従姉たちはまだマシであった。いや、だからといって従姉たちへの好感度が上昇するわけではなかったが。


 とにかく、酷い女たちばかりであった。

 まず、プライドが高すぎる。見栄っ張りというか、自己評価が高いというか……。

 女子同士でもマウントを取り合い、互いを見下し、暴力沙汰も普通だ。

 そして当然のように男に対して、暴力セクハラやりたい放題。

 男子は男子で婿入りのために童貞を死守したい男子も多いため、必然的に凌辱になる。

 そしてそれを回避するため、男子がどうするか――


 生贄だ。人身御供だ。

 何人かの、弱い男子やすでに女に犯された男子を御令嬢たちに捧げる事で、自分たちが犯される事を回避する――。

 卑怯で姑息だが、しかし自分たちを守るために必死な弱者の知恵と考えると、一概に責める事もできない。

 俺自身は、この学園ではまだ犯されてはいない。

 しかし、このような状況を目の当たりにしたら、嫁探しなんて心がくじけても仕方ないのではないだろうか。


 そしてそれだけではない。

 もうひとつ目の当たりにした学園の、いやこの国の姿――。


「鎌鼬令嬢、カーマ・ウィ・タッチサイザー! Youに決闘を申し込みますWa!」

「受けて立ちましょう、ガンマン令嬢バレッタ・ダン・ガトリンガル! 返り討ちにして差し上げますわ!」


 叫ぶ悪役令嬢二人の声が、校庭から響く。


 この学園では、よくある光景だ。悪役令嬢どうしの決闘。

 理由が何なのかは知らないが、どうせろくなものではないだろう。

 貴族令嬢というものは、どうでもいい事でいちいち争う、無駄にプライドの高い生き物だからな。


 そんな俺の感想を尻目に、両腕から鎌の刃を生やし、金髪縦巻きロール髪の先端もまた鎌になった少女と、両肩に巨大な回転式拳銃を乗せた西部劇風の少女が校舎を蹴り宙を舞い、真空の刃と鉛の弾丸をぶつけ合う。


 実に迷惑な話だった。


「……おい、フィーグ。お前どっちに賭けるよ」


 そう言って来たのは友人の一人、ロナン・アンドー・ピアーズ。

 貧乏準男爵家の生まれだ。

 俺と家の爵位は違えども、その程度の事は下級貴族同志、特に気にする事じゃあない。同じ男同士だしな。


「……また、賭け事かい」


「当たり前だろ。俺はあのガンマン令嬢に三十エレガントだぜ。お前はどっちかっていうと、鎌鼬令嬢の方を応援するだろ?」


 ちなみに1エレガントとは貨幣単位である。

 1エレガントで、缶ジュース一本が買えるくらいの価値だ。


「興味ない。俺は賭け事はしないよ。女性を賭けの対象にするなど、紳士としてあってはならぬことだろう?」


 建前だ。

 本音は、女同士の醜い戦いに金を賭けたら、勝とうが負けようが金が汚れる。


「紳士だな、フィーグは」

「男として当然さ。それより……」


 俺は校舎を見上げる。

 ここにはもう俺たち以外誰もいない。みんな逃げた。

 俺たちは逃げ遅れた。ああわかっている、俺たちの会話はただの現実逃避だ。


「いい加減、授業を受けさせてほしいんだけどな。俺たちは学生だぞ」

「無理だろ。教師も生徒もみんな避難したみたいだし。まあ、今更どうしようもないだろ。悪役令嬢に逆らえる奴なんていねーよ」

「ですよねー」


 そう。


 この学園は悪役令嬢によって支配されている。


 魔力が強く適正のある貴族男子と契約……『魂約』することによって、貴族令嬢は悪役令嬢となる。


 悪役令嬢は選ばれた存在だ。強力な力を行使し、その力はまさに一騎当千だ。魔物を容易に駆除し、敵国の軍勢を追い払い国を守護する。

 そのせいで、この国は女性上位、女尊男卑の思想、制度が根付いている。


「令嬢スキル――【無限弾倉】!!」


 令嬢スキルは、悪役令嬢だけが持つ力。

 ガンマン令嬢が、腕に生えた回転式拳銃を連射する。

 数十、数百もの弾丸が宙を舞い鎌鼬令嬢に襲い掛かる。

 着弾。爆発。爆風。

 煙が校庭を満たす。


「Hahahahaha!! これで勝利――ファッツ!?」


 しかし。

 煙が晴れ、そこに立っていたのは無傷の鎌風令嬢であった。


「な……なぜ!? わたくしの弾丸は確かに命中したはず……」


 そう、命中した。

 しかし――


「くっ! ボーイズたちをシールドに!?」


 男子生徒たちが、盾にされていた。


「殿方など、所詮は電池であり弾除けですわ」


 その言葉と同時に、盾にされていた紳士たちが倒れる。

 死んではいないだろう――しかし、重傷だ。


「あの女郎めろう……」


 その姿にロナンは歯ぎしりをした。


「落ち着け、ロナン。気持ちはわかるが……」


 悪役令嬢には逆らえない。

 男子生徒たちをどれだけ傷つけようとも悪役令嬢は許される。悪役令嬢を裁けるのは悪役令嬢だけだ。男が何を言っても意味は無い。

 悪役令嬢の暴虐には、頭を下げて嵐が通り過ぎるのを待つしかないのだ。

 屈辱に、耐えるしかない。

 その惨状にロナンは口惜しそうに、


「俺はガンマン令嬢に賭けてるのによぉ……!」


 ……。

 そっちかよ。

 アホだなこいつ。同情して損した。


「……」


 俺は改めて悪役令嬢たちを見る。

 これが悪役令嬢の戦いだ。強大な力で蹂躙し、男子たちを歯牙にもかけない。


「私……」


 鎌鼬令嬢が笑う。


「舞踏相手の素晴らしい技を見るのが大好きですのよ。その技に感動して――

 それを圧倒的な力で、踏み潰して差し上げたくなりますの」


 悪役令嬢の嗜虐的な笑みに、ガンマン令嬢は息を呑む。


「令嬢スキル」


 鎌が、動く――


「絶・真空斬」


 鎌の刃が、空気を引き裂く。

 真空の刃は離れた校舎ごと――ガンマン令嬢を両断した。瓦礫が空を舞う。そして爆散する。粉塵が巻き上がり、視界を奪う。


「が……」


 爆発が晴れた時、ガンマン令嬢はそのドレスを破壊され、全裸で倒れ伏していた。その体を起こす事すらできない。


 終わりだ。

 何故ならば――


「クルスファート王立魔法学園校則第一条。ドレスを破壊された悪役令嬢は、婚約破棄となる」


 そう、遥か頭上から声がかかる。


「――あれは!」


 ロナンが見上げる。俺もそれを見る。


 学園の塔の上にそれは立っていた。

 たなびく深紅の髪。赤いマントに、白き衣。それはまさに威風堂々。


「学園を支配する七大罪令嬢!

傲慢スペルビア】の絶対令嬢エリーゼ・ウェイン・ルルドリッジ公爵令嬢!!!」


 悪役令嬢たちの頂点に立つ存在。七大罪令嬢だ。七人の強力な悪役令嬢たち。

 王太子ジュリアス・ヴィング・ラーズ・ラインハルドと婚約した100人の悪役令嬢の頂点に立つ七人だ。


「見事な戦いであった、鎌鼬令嬢カーマ・ウィ・タッチシザーよ」

「あ、ありがとうございますわ!」


 エリーゼに褒められ、カーマは頭を下げる。


「このまま勝ち進めば、いずれは――

 貴様も我らが末席に名を連ね、王太子陛下を直接寵愛する権利も与えられるだろう」

「はい!!」


 エリーゼの言葉にカーマは歓喜に震える。

 そのエリーゼの言葉は、まさに傲慢だ。


 この国の王太子、ジュリアス。

 彼は100人の悪役令嬢の魂約者である。

 王国で最も尊い男にして、強力無比な悪役令嬢を百人も従える男――ではない。

 百人もの悪役令嬢の魔力供給源として用意された、最高の男とということだ。

 王太子といえ、悪役令嬢の――女にとっての、最高のトロフィーにしてコレクションにすぎない。それがこの国ということだ。


「はっ――必ずや。このカーマ・ウィ・タッチシザー、必ずや上り詰めて御覧に差し上げましょう」


 カーマの表情にも情欲の色が浮かぶ。

 犯したいのだろう、王太子ジュリアスを。


 ジュリアスの身体を好きに出来る権利は、上位七人のみ――。

 それ以外の悪役令嬢は、ジュリアスの魂約者といえど、彼の魔力を貪るだけしかできない。最上の御馳走を前にして、目で見て、匂いを嗅ぐしか出来ないようなものである。

 いや、そこに「舐めるだけ」も入るのかもしれないが。


「励めよ、鎌鼬令嬢」


 そしてエリーゼは去る。

 悪役令嬢達は、この学園でお互い、戦いあう。


 その理由の一つが、これだ。王太子ジュリアスの正妃、すなわち次期女王の座、そしてその妾妃の座が六つ。

 その争奪戦――それが悪役令嬢たちが学園で戦いあい、潰し合う戦いである。

 それは実にくだらない理由だ。バカバカしい理由で、血で血を洗う下らない闘争だ。


 だが――それを止める事は誰にも出来ない。

 少なくとも、力が無ければ止めることは出来ない。

 そして男子である俺には、力が無い。どれだけくだらない戦いであろうとも、だ。


(だけど、それなら……利用してやるさ)


 女子ならぬ身とて、いくらでもやりようがある。

 そして――王太子ジュリアス。


(この国を変えるためにも、この国を壊すためにも)


 そう、必ず成し遂げて見せる。


(俺は、奴を――)

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