エピローグ  愛の本質

5年前、私はあるショットバーで私のソウルメイトになる人と出会った。


厄介な客に絡まれている私を助けてくれた彼と、成り行きでセックスをして。


それからは一緒に住んで、好きという感情に気づかされて、結婚をして、一生を誓いあって。


それから約2000日近く経った今でも、その誓いは鮮明に輝いていた。



「あっ、また蹴った」

「えっ?本当ですか?」

「本当だよ?ほら、こっち」



お腹の中にいる赤ちゃんは、よほど自由が欲しいのかたびたび私のお腹を蹴っていた。


そして、この赤ちゃんの父親であるコウハイ君は、エプロンを外してから私に近づいてくる。


コウハイ君が大きくなった私のお腹を撫でると、待っていたとばかりに赤ちゃんがお腹をぴょんと蹴った。



「本当だ。あはっ、不思議ですよね」

「本当、不思議よね……もうすぐで母親になるなんて」

「俺は未だにも実感が湧きませんよ。自分が父親だなんて」



私たちはまだ、初めて一緒になったこの家に住んでいる。


テレビの画面には初詣に行った参拝客たちでいっぱいだった。もうすぐ新年が来て、私たちはまた一つ歳を重ねる。


来年も、再来年も、その後もずっと同じであるはずだ。


私とコウハイ君は同じ空間で歳を取って、同じ空間で老い始めて、徐々に死んでいくだろう。


素晴らしい以外の表現が浮かばなくて、つい笑ってしまった。



「コウハイ君」

「はい」

「この子の名前、なににするかもう決めた?」



唐突な質問に、コウハイ君はしばらく私を見つめてからソファーにもたれかかる。


私は、薄笑みを浮かべながらまたもや、お腹を撫で始めた。



「決めたんだ?この子の名前」

「まあ、女の子ですからね」

「ふうん、なら聞いてみようか?コウハイ君が……徹君が思った、この子の名前は?」

結愛ゆあ



コウハイ君は姿勢を取り戻して、お腹を撫でている私の手に、自分の手を重ねながら言った。



「俺たちの愛を繋げて、結んでくれた子ですから。結愛が、いいと思います」

「………へぇ、なるほど。なんか、コウハイ君らしいね」

「センパイはどうですか?なんか、思い当たる名前とかあったんですか?」

「ぷふっ」



私は噴き出しながら、コウハイ君の手に自分の指を絡ませる。



「私も、名前には結ぶの漢字をちゃんと入れたかったんだよね。コウハイ君の言う通り、この子は私たちを結んでいるから」

「なら、センパイが思っていた名前は?」

「私?私も結愛だよ?」

「へ?」

「同じ名前を考えたね、私たち」



ついに我慢できなくなった私は、大声で笑い出してしまった。


コウハイ君は、ただあんぐりと口を開けて私を見つめていた。



「……いや、ウソですよね?」

「あはっ、あははっ……!ああ、もう。ウソだと思う?私はこんなウソつかないよ?」

「いや、でも……」

「まあ、魂がちゃんと繋がっているから、どうでもいいじゃん。相性ばっちりってわけだし」



私よりコウハイ君を理解してくれる人間はいない。


コウハイ君より、私を理解してくれる人間もいない。


本当に、私は運がいい人だと思う。幼い頃に起きた様々な不幸は、すべてコウハイ君に出会うための柱だったのかもしれない。


私はちゃんと、この人に会って幸せをつかみ取れた。


幼い頃には、コウハイ君と出会わなかった頃の私には想像もつかないほどの大きなぬくもりに、私は浸っている。



「あ、59分だ。間もなく新年だね」

「なるほど。センパイにとってこの1年はどんな一年でしたか?」

「幸せだったよ?君と一緒にいたから」

「……なるほど」

「コウハイ君は?」

「私も幸せでしたよ。センパイと一緒にいたから」

「……なるほど、ね」



生意気だなと思いつつ、私はコウハイ君の肩にもたれかかる。


コウハイ君は片手で私の肩を抱きよせて、とても丁寧に私の手を握った。頭からコウハイ君の頬の感触がして、気持ちよかった。


カウントダウンが始まり、新しい年が近づいて来る。


赤ちゃんが生まれたら、きっといろいろなことが起こるはずだ。変化があるはずだ。


この1年でどんなことが起きて、どんな未来が訪れるかは分からないけど。


それでも、私はその変化を喜んで受け入れるくらいの準備ができている。



「5、4、3、2………」



だって、愛おしのとおる君はいつまでも、私の傍を守ってくれるはずだから。



「1」



だから、本質はきっと変わらない。


この幸せが、この愛が色褪せることは、決してない。



「明けましておめでとうございます、凜さん」

「うん。明けましておめでとう、徹君」



私は不幸の果てに、徹君という愛を見つけた。


その愛の名前は献身で、徹君が持っている愛と同じものだった。


その本質を守っていれば、私たちは死ぬまで……いや、死んだ後も一緒にいられるだろう。


私の魂は、この人と共鳴しているから。



「今年もよろしくお願いしますね?お父さん?」

「ぷふっ、今年もよろしくお願いします。お母さん」



除夜の鐘が鳴り響く。また一年が始まる。


今年は、いいことがたくさんありますように。


私たちは静かに目をつぶって、暖かいキスをした。








<了>

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