99話 死んでも一緒です
酒を飲みながら食事を進んでいると、いつの間にか真っ暗になった。
そろそろ寝る時間だなとぼんやりと思いつつ、酒で顔を真っ赤にさせているセンパイが視界に映る。
完全にベロベロになっているわけではないけど……十分酔っている状態だった。
「コウハイ君、ぎゅーしたい」
「暑いから今日はやめておきます」
「ええ~~出会って1年も経ってないのに、もう愛が冷めちゃったの?ひどいな」
「ああ……もう」
今、こんな雰囲気で抱き着かれたら変な気持ちになってしまうから、遠慮しようとしたのに。
でも、センパイに愛が冷めたと思わせるよりは、俺が我慢した方がいい。俺は立ち上がって、チェアをセンパイの隣にくっつけた。
そして、すぐにセンパイを抱きしめる。
「ううん……ふふっ」
「……じめじめしないんですか?今日、けっこう汗かきましたけど」
「シャワー浴びてたから平気、平気。私だって、別に臭くはないでしょ?」
「センパイはまあ、元の体臭がいい方ですし」
「あっ、私の体臭が悪かったら嫌いになるってことか~!」
「だいぶ酔ってるな、この人」
目を細めて言ってあげると、センパイは愉快そうにまた笑い始めた。つられて俺も笑ってしまった。
焚き火台の火が少しずつ弱まっていく。緑の間に見える空には星がいっぱいちりばめられていた。
ずっとこんな日が続けばいいと思った。
俺も、センパイも、たぶん大したものは必要ないのだ。
ただ、こうやって一緒に夜空を眺めるだけで、明日を生きる力を得られるから。
互いの存在が支えになって、ほっこりとした日常を積み重ねていけるから。
それこそが、魂が通じ合っているという概念の本質で、俺とセンパイが辿る終着点なのだろう。
「センパイ」
「うん」
「好きですよ」
しれっというと、センパイは破顔しながら何度も頷いた。
「私も」
「ですよね?」
「本当、生意気なんだから……」
俺たちは一緒に夜空を見上げる。
都会から少し離れている静かなキャンプ場には、俺たちしかいない。さっきの家族たちはもうテントの中に入ってしまった。
二人だけの空間が出来上がって、胸の穴は完全にセンパイで埋め尽くされていた。
センパイは俺の胸元をノックしながら、何度も言ってくれた。この胸の穴を大きくしてあげると。
この前の俺は思った。穴は確かに大きくなっているけど、それがセンパイの存在で埋められているから、気づかないだけだど。
そして、今の俺は確信する。
「……センパイ」
「うん?」
「傍にいたいです」
「……私もだよ」
俺はもう、この人なしじゃ生きていけない人間になってしまった。文字通り、死ぬはずだ。
センパイの言う通りだ。俺はこの先、センパイみたいな存在にはもう二度と出会えないだろう。
互いが互いの一番で、互いが互いのすべてになった。
センパイが死んだら俺も死ぬだろうし、センパイと別れたら……俺もたぶん、死ぬと思う。
それは、あまり健全な生き方のような気がしなかった。他人に任せっきりで、他人に右往左往される人生なのだから。
でも、俺を振り回す相手がセンパイなら、どうでもいい気がした。
どうせ、この人は俺の傍にいてくれるだろうし。
また、俺と同じように。
「一生、傍にいたいです」
一生、俺のために献身してくれるってことを、もう知っているから。
本音を込めた言葉に、センパイは大きく目を見開く。この場面で、一生という単語を聞かれるとは思わなかったのだろう。
俺だって同じだった。俺も、こんなに容易く永遠を誓うとは思わなかった。
でも、どうしようもなかったから。
センパイがいないとたぶん死ぬな、と思った瞬間、俺はこの言葉を言わなきゃいけなかったのだ。
「………コウハイ君」
「はい?」
「チョロい」
「ぷふっ、ですよね」
「ああ~~こんなにあっさりと言われるとは思わなかったな~しかも、酔っている状態でそれ言うと、意味が霞めてしまうじゃない」
「霞めてもいいじゃないですか。これからちゃんと、本音だって証明して行けばいいんですから」
「……ダメ、言葉は大事なの」
センパイは、両手で俺の頬を包んだ後に、やや強く俺を引き寄せる。
互いの距離が至近距離になって、視界にはセンパイしか映らなくなる。
「もう一度言って」
「……もう一度、ですか」
「うん。ちゃんと分かるように、言って」
俺は苦笑を浮かべてから、伝える。
「
「……」
「だから、凛さんも誓ってください。ずっと俺の傍にいてくれるって、今すぐ」
くだらない独占欲だ。
センパイの幸せに焦点を合わせたのではなく、俺の欲望に焦点を合わせた言葉だ。俺の愛に反しているし、こういうことを言うべきではないかもしれない。
でも、互いの愛の形は少しずつ変化して、溶けて行った。
センパイの愛が独占から献身に変わったように。俺の愛が献身から独占になり始めているように。
そこで、俺たちは心地のいい着地点を見つけたのだ。
愛というのは結局、独占と献身をどちらとも含んでいるものだから。
「私、雪代凛は」
「……」
「一生、浅川徹君の傍を守ることを、誓います」
心臓が跳ねる。
でも、凜さんも俺と同じ気持ちになっていると思うと、気が安らぐ。俺たちは自然と唇を重ねて、誓いを送り合った。
この誓いがアルコールで濁らないように、長いキスを伝え合った。
ゆっくりと唇を離すと、凜さんはほんのり笑いながら言った。
「徹君」
「はい」
「死んでも、私と一緒にいてね」
俺は、顔を綻ばせながら言った。
「はい。死んでも、俺は凜さんと一緒ですよ」
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