97話  あんな家族になりたい

蒸し暑い夏場にキャンプかと思いつつ、俺はセンパイの願いを叶うためにキャンプ場に来ていた。


車もレンタルでキャンプ用品もレンタルしたから、なにかと支出が多かった。


これは、本当にセンパイの言う通り、早めに車を買った方がいいのかもしれない。


まあ、最近はとにかく金欠なんだけど……。



「ほら、コーラ」

「あ、ありがとうございます」



テントを張るために取説を読んでいたところで、突然センパイに瓶コーラを渡される。


クーラーボックスから取り出されたコーラは、十分に冷たかった。



「ふふっ、頑張ってるね。コウハイ君」

「そりゃ、テントは張らなきゃいけませんからね。センパイに野宿をさせるわけにはいきませんし」

「ふふっ、ありがとう。私に手伝えることある?」



そう言いながら、センパイは急に距離を寄せて取説を覗き始める。


もはや日常になったこの距離感に苦笑しながらも、俺は大体の流れを説明した。


センパイはすぐに複雑な顔になって、俺を見上げてくる。



「すっごく難しそう」

「まあ、やってみますか」



キャンプに来るのは初めてだし、テントを張るのも初めてだ。


俺の初めてはほとんどセンパイに埋め尽くされていて、その瞬間は間違いなく、幸せといえるもの。


だから、俺はずっと笑みをたたえたままセンパイと一緒にテントを張った。


ポールを通して、被せて、固定して、ペグを打ち込んで……灼熱する太陽の下で、俺たちはあえて屋外でそんなことをやっていた。


テントを張り終えたころには、俺もセンパイも暑くてグタグタになっていた。



「熱い……」

「次に来るときは冬がよさそうですね」

「だね……」



センパイはもう呆れてしまったのか、アウトドアチェアに座ったまま、周りにいる人たちをぼうっと眺めている。


4人家族だった。父親と息子は頑張ってテントを張っていて、娘と母親は近くでニヤニヤしながら、二人を精一杯応援している。


俺たちにはなかった、普通の家族の形。


センパイはよほどそれが印象的だったのか、その人たちに目が釘付けになっていた。


俺は、立ったまま瓶コーラを飲みながら言う。



「センパイ」

「うん?」

「俺も、あんな風になりたいです」

「…………」



センパイの目が大きく見開かれる。


俺は頬に滴る汗を手で拭いてから、笑って見せた。



「センパイと、あんな風になりたいです」

「………子供、二人も欲しいの?」

「どうでしょうね。お金が足りなくなりそうですけど」

「ふふっ……私も頑張って働かなきゃか」

「センパイは今も十分頑張ってくれていますよ?」

「コウハイ君のためにもっと頑張るって、言ったもんね」



そうこぼしてから、センパイはクーラーボックスからビール缶を取り出して、俺を見上げてくる。


瓶コーラと缶ビールが乾杯をして、俺たちはぐびぐびとそれを飲んでいった。



「ぷはぁ……生き返る」

「どうしてお酒を?センパイらしくないじゃないですか」

「気持ちいいからね」

「はい?」

「目に映っているすべてが、気持ちいいから」



センパイは歯を見せながら笑う。


俺は周りの家族たちに目を向けて、キャンプ場の緑を見て、またセンパイに視線を戻した。


……まあ、確かに。


これは、気持ちいいかもしれない。



「あっ、真っ昼間からお酒なんて感心しないぞ~?」

「何言ってるんですか。俺だって気持ちいいので」



センパイのすぐ隣のチェアに腰かけて、俺もクーラーボックスから缶ビールを取り出す。


軽く掲げたら、センパイもすぐに俺と同じポーズを取ってくれた。



「乾杯」

「乾杯」



センパイと一緒に飲むお酒の味は、最高だった。

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