96話 コウハイ君との思い出を積んでいきたい
「キャンプをしに行こうか」
唐突な発言にコウハイ君は驚いたらしく、しばらくぼうっとしていた。
私はそれがおかしくて、ぷふっと笑ってからもう一度言う。
「キャンプをしに行こうか、コウハイ君」
「急にどうしたんですか?アウトドア活動なんて、珍しいじゃないですか」
「バケットリストを作ったんだよね、私」
それから、私はスマホの画面をコウハイ君に見せる。
その一番上には確かにキャンプと書かれていた。そして、その次の項目には……徹君に一生の言葉を聞くこと、と書かれていた。
コウハイ君はソファーに座ったまま私を見上げる。彼の目の前に立っている私は、そのまま彼を見下ろす。
私のバケットリストには、まだ二つの項目しか入っていない。
「これからもっと、たくさんのことを一緒に経験していきたいと思ってるからさ」
「……だから、バケットリストなんですか」
「うん。キャンプはたまたまアニメを見て思い浮かんだだけだし、2番目の項目は私の願望みたいなもんだから……まあ、コウハイ君は気にしなくても大丈夫だよ」
「嫌でも気にしますよ、こんなもの」
「だったら、もっと気にして」
私は、そのままコウハイ君の頭を抱きかかえる。
私の胸元にコウハイ君の顔が当たって、いやらしい気持ちになる。
でも、私はあえて重い言葉をこぼして、その気持ちを消した。
「コウハイ君が気にしようが気にしないが、私の態度は変わらないからさ」
「……どんな態度ですか?」
「コウハイ君に尽くす態度」
それから、私は愛おしさを込めた眼差しを送ると共に、大好きな人の頬を両手で包む。
「君に永遠を誓わせることだけじゃなく、君を幸せにできるように精一杯悩んで、頑張る態度」
「……センパイって、そんなに献身的な人間でしたっけ」
「コウハイ君が私をこうさせたんだよ、きっと」
……ふふっ、ヤバいな。
私がこんな風になるとは思わなかった。私の口からコウハイ君の幸せ、という単語が出るのは、私も全く予想していなかった。
コウハイ君は、昔から私になんの見返りも求めていなかったと思う。言われなくても、私は適切なタイミングで見返りを与えようとしていたけど。
でも、彼は基本的に私にどう思われようが、私に尽くす態度だけを見せてきた。
それこそが彼の愛するの定義で、それこそが彼の本質なのだろう。
私も、最初はこんな愛は抱かなかった。献身は、あまり私の心に根付いている言葉ではない。
でも、コウハイ君が私を変えた。私はコウハイ君のために、自分自身を変えた。
コウハイ君はただぼうっとしてから、真面目な顔で語り掛けてくる。
「センパイ」
「うん」
「大好きです」
「知ってる」
「……行きましょうか、キャンプ。週末に」
「ふふっ、やった」
私は一度コウハイ君にキスを送ってから、また彼の頭を抱きしめた。
「車も買いたいな」
「旅行のためですか?」
「うん。旅行のためでもあるし、コウハイ君ともっと色んなところに行ってみたいからね。美味しいコーヒーもたくさん飲みたいし、カクテルも教わって一緒に飲みたいし……今までは積まなかったたくさんの思い出を、コウハイ君と一緒に作りたい」
「……俺も同じ気持ちですよ、
「ぷふっ、名前呼びが出たね」
「センパイのことがちょっと大好きすぎて、仕方なく」
「……家族になってくれてありがとう、
家族、という言葉がやけに耳に刺さる。
私たちにとって家族という存在は、すでにポジティブなものに変わってしまったのだ。
自分の人生に影を差した陰鬱な存在から、自分を支えてくれる大切で、大好きな存在へ。
「私ね、最近思ったけど」
「はい」
「やっぱり、徹君と私の子供はどんな感じなのかなって、ちょっと見てみたくなったの」
「……………はい」
「だから、いつかは作ろうね。子供」
私は腕をほどいて、またもやコウハイ君を見つめる。
コウハイ君は、軽い冗談を投げてきた。
「今じゃなくてもいいんですか?」
「うん、今だと困るよ。君との思い出をもっと積まなきゃいけないから……そうだね」
私はふふっと笑いながら、言葉を続ける。
「私が30になったら、私を襲って」
「……はい、約束します」
私が子供を産みたくないと思う理由は単純だった。その子供が、コウハイ君を引き留めるための手段だと思うことを恐れていたから。
でも、自然と子供を産む気になったってことは……私はその悩みを克服したというわけで。
それは、つまり――――
「キャンプ場でも一緒に探しましょうか。今から」
「うん」
私は、コウハイ君が近いうちに一生を誓うことをほぼ確信している、という意味で。
そうなるまでコウハイ君に尽くして、コウハイ君のために頑張ればいいという答えを見つけ出したことを、意味する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます