一生

94話  私のコウハイ君が一生を誓ってくれるまで

注文したクイーンサイズのベッドが来て、明日は休日で、私たちはまた飽きるほどセックスをした。


最初にコウハイ君とセックスした時には、キスをしたいとか抱き着きたいとかは全く思っていなかった。


でも、今の私はヤっているときにほとんどコウハイ君に抱き着いているし、コウハイ君も私を抱きしめてくれている。


私も変わったなと思って、寝ているコウハイ君の頬を指でつんつんしてみる。



「んん……ん……」



もう朝。そろそろ起きてご飯を食べなきゃいけない時間だけど、寝坊助なコウハイ君はまだ夢の中にいる。


この顔も飽きないな、と私は思う。


セックスも飽きなくて、一緒にいるのも飽きなくて、私はちゃんとコウハイ君に浸食され切っている。


私はそれを受け入れることができて、最近の数ヶ月は私の人生で一番刺激的で、幸せな日々だった。


その幸せに喜ぶ反面、この幸せもいつかは薄くなるだろうなと思ってしまう自分がいる。


すべての刺激は薄れるから。今、この溢れかえりそうなくらい感じられる幸せも、きっといつかは当たり前なことになるはずだ。



「……とおる君」



だから、私はコウハイ君を抱きしめる。夏場だからちょっと熱いけど、精一杯抱きしめる。


この体温を、熱さを当たり前なことだと思わないために。コウハイ君の存在にいつまでも感謝するために、私はコウハイ君に抱き着く。


コウハイ君は、目を開かずにぼそっと言った。



りんさん……暑いです」

「……ふふっ、我慢して」

「ていうか、なんで名前呼びなんですか?昨日はコウハイとしか言わなかったのに」



その時になってようやく、コウハイ君は目を開けてくれる。


私はニヤッと笑いながら、コウハイ君の胸にトントンとノックをする。



「たまには特別感を出してもいいんじゃない?」

「……センパイとの日常は、いつだって特別ですよ?」

「特別が日常になったら、それはもう特別じゃなくなるよ?言葉は嬉しいけど」

「俺がセンパイに飽きることはないと思いますけど」

「分からないじゃん……未来って誰もわからないから」



同棲を始めた最初のころ、私はよくコウハイ君の胸をトントンと叩いていた。


この胸の穴を大きくしてあげるね、と私は言っていた。でも、穴が大きくなったのは私の方だ。


その穴がコウハイ君で埋まっているから、気づかないだけ。


コウハイ君が抜け落ちたら、大きくなりすぎた私の穴は……私を、死に導くはずだ。


だから、私は永遠にコウハイ君という特別さに浸っていたい。


コウハイ君は、私の言葉を反芻するように沈黙してから、ゆっくりと頷いた。



「ですね。未来は誰も分かりませんから」

「うん、私がコウハイ君と別れて、死んでしまう未来もあるかもしれないね」

「そして、センパイの死を知って俺も死ぬ未来だって、あるかもしれませんね」

「……コウハイ君は生きて欲しいな。個人的に」

「センパイと別れたのに、ですか?」

「私と別れても、君には生きていて欲しいよ」



だって、それが愛の本質だと悟ったからだ。


私が普段から抱いている独占欲とは全く違う、利他的な欲望。



「君が幸せになって欲しいから」

「……………………………」

「もちろん、私の傍でずっと幸せでいて欲しいと願っているけど、君がいなくなったら私はたぶん死ぬけど……でも、最後まで私はたぶん、コウハイ君の幸せを願うと思うよ」



私にしては酷く異質的な言葉だった。私の感情と私の気分より、コウハイ君を優先しちゃっているわけだから。


でも、夫婦は似ると言葉があるくらいだから、当たり前だと思う。コウハイ君を愛してしまったから、当たり前だと思う。


この質感を持つ愛は、コウハイ君が最初から抱いていた愛だから。



「センパイ」

「うん」

「俺は、センパイがいないと幸せにはなれませんよ」

「……うん、知ってる」

「だから、いつまでもセンパイに感謝するつもりです。幸せをもたらしてくれたのは他でもない、センパイですから」



そう言いながら、コウハイ君はまた私を抱きしめる。暑いと言ったくせに、私が抱きしめた倍以上の力を込めて、私を抱き留める。


私は、コウハイ君の背中に腕を回してから言う。



「……変になったかもね、私」

「あはっ、確かにそうですね。俺に幸せになって欲しいなんて、確かにセンパイ言うセリフじゃない気がします」

「まあ、どっかの誰かさんにうつっちゃったから、しょうがないよ」



感謝……感謝か。


そっか。それが特別感を与える魔法の単語だったのか。感謝すること。


コウハイ君の存在を当たり前だと思わずに、彼を一生傍に留めておくために、必要だった言葉……。



「コウハイ君」

「はい」

「私も、頑張るね。コウハイ君が一生を誓ってくれるまで、ずっと」

「………………」



答えは返ってこない。その代わり、コウハイ君は私の首筋に顔をうずめて、腕に力をもっと入れる。


苦しいほど抱きしめられて、気持ちがいい。


私はちゃんとこの人を愛しているんだと、感じ取ることができた。

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